魔王とのコネクション
「お目覚めかい?」
目を開けると、そこには荒野の魔女が見下ろしていた。
私はアジトの中で目を覚ます。
この世界の歪みとでも言うべき怪異との戦闘後、私は全力を使い果たして眠りについてしまった。
そこまでは憶えている。
そして、随分と長い夢を見ていたようだ。
こちらの時間ではどれくらい経ったのだろう?
「あれから何日眠っていたの?」
「まる三日さね」
「そう。そう聞いたらお腹が空いて来ちゃった。
サラちゃん、ご飯をお願い。胃に優しいものをね」
そう呼ぶが、魔女はやれやれと言った表情で、
「サラならあそこで寝ているよ。あんたの看病でフラフラになっていたから、私が眠らせたんだ。
もうそろそろ目覚める予感があったからね。
あとは私が、ただ見守っていれば良いと思ったんだよ」
見ると、女官長のサラだけでなく、執事のヤンも椅子に沈み込んで寝息を立てている。
私は魔女に向かって言った。
「看病してもらっておいてなんだけど、私、隙があれば寝首を掻いて良いと言ったよね。
皆、それでも私を守っていたの? おかしいな、私、そんなに皆から忠誠厚かったっけ?」
魔女は目を丸く見開くと、
「あんた、自分がやった事、全く覚えていないんだ。恐ろしいねえ~……」
と呆れながら言い、奥を指さした。
そこには戦闘員が何人も死んでいた。
「えーっと、あれは?」
「あんたさあ、眠る直前にこう言ったのさ。
『私が寝ているとき、近づいてはならない。近づけば、斬るぞ。寝ている時の事は、自分でも覚えていないんだ』とね。
それでも汗を拭こうと近づいた戦闘員は、あのザマさ。
結局、サラとヤンが全部をこなす事になったんだよ」
そうだ! 自分はずっと前に、寝ている時を襲われないように、自分に「曹操の呪い」というのをかけたんだ。
寝ている時に近づく者は無差別に攻撃する、ってものを。
よくよく見てみると、サラもヤンも生傷だらけだ。
そりゃ、私以上に疲労して、魔女から強制睡眠させられるわけだ。
まあこいつは、そろそろ目覚めそうで攻撃されない時に、一番美味しい役を持っていったようだが。
どうやら苦労をかけてしまったようね。後で甘い物でも御馳走しないと。
「他に変わった事は?」
魔女は水晶を見せると、
「魔王軍がまた攻めて来たよ」
といって、その時の事を投射する。
私が倒した怪異に対し、各陣営の優れた者は察知が出来たようだ。
英雄「人間界不敗」シュナイデル三世も、何か背中に氷を突っ込まれたような恐ろしさを感じたという。
魔王は、場所的に私が何かとんでもない事を仕出かしたと考えたようで、軍勢を差し向けて来た。
それを迎え撃ったのは、三悪人の生き残り・イカデーモン。
相手は魔界の四天王とか名乗っていた。
だけど、戦いはあっという間に終わる。
魔王は、私が作った「第一話用」の怪人・怪奇スパイダー男と互角程度。
三悪人はそれよりもずっと強い改造人間。
先日やって来た「アレ」が異常だっただけで、普通に戦えば三悪人は強かった。
イカデーモンが吐いた墨と、その墨が影武者となっての幻惑攻撃に、魔王軍は翻弄される。
射程の外から打撃を加える、伸びる触腕でダメージを与える。
相手の攻撃は軟体によって吸収されてノーダメージ。魔法は粘液が弾く。
そして単純な力でも相手を圧倒。
三分もしない内に制圧が完了してしまった。
「殺したの?」
その問いに魔女は、
「全員生かして牢に放り込んでいるわ。その方があんたの役に立つと思ったからね」
と答えた。
「貴女が魔王と繋がっているのはもう分かっているけど、その情も有った?」
ズバリ聞くが、魔女は気にしていない。
「まあ、無いと言ったら嘘になるね。
でも私は、その方が良いと判断したからそうしたまで。
あ、あんたの代理のサラからは、ちゃんと許可を取ったから、越権行為ではないからね」
私が思うに、この荒野の魔女は「悪」ではない。「正義」でもない。
彼女は演劇で言えば「狂言回し」、ゲームでいえばナビの役回りなのだろう。
そして、彼女は知っている事を誰にでも教えるし、得になる事もそうだ。
しかしスパイ行為をするわけでもないし、騙して対価を支払わせる事もない。
この「乙女ゲームの世界」で、マリアが魔女にならないと話が進まない、だから命を助け、後押しをした。
この時間軸でのマリア、つまり私が世界を見渡す目を欲した時に、ふらっと現れた。
ムイハナア商会が私の情報を欲したら、有益な情報を差し出した。
話を進めるのに、手っ取り早い。
要は「ゲーム世界の理の一部」である。
だから信用出来ない部分もあるが、彼女がそう言うならば話が手っ取り早く進む道筋でもあるだろう。
私は寝床から身を起こすと、自分で着替えをして、牢に向かっていった。
「魔王軍の皆さま、ご機嫌よう。私は悪の秘密結社アクジャネカ大首領マリエル。
名前を聞かせてもらってもよろしいかしら?」
私がそう名乗ると、下っ端らしいのがギャアギャア騒ぎ出す。
それをひと睨みで鎮めると、三人が名乗り出た。
「私は魔王軍四天王の一人、魔界の大公爵ルケファロス」
「お初にお目にかかる。同じく四天王の一人、サリガダス元帥」
「私は四天王の一人、ベルファー。宰相を勤めておる。
で、マリエル殿、わざわざのお越しの理由を伺いたい」
なるほど、魔族でもこの三人はかなりの格上のようだ。
殺していたら、魔界との全面戦争は免れなかっただろう。
負ける事は有り得ないが、私の目論見では彼らにも活躍してもらわないとね。
「本題に入る前に、軽い質問いい?
四天王のあと一人は?
まさか、うちらが殺したりしてないよね?」
その問いに対し、今回は五人の内、三人しか来てないから、残り二人は魔界にいるそうだ。
え? 四天王なのに五人? どこの龍造寺家?
まあ内心で吹き荒れるツッコミの嵐は鎮めて、本題の質問。
「貴方たちが大挙してやってきた理由は、この地に凄まじい脅威を感じたからね?」
「そうです」
即答される。ただ、視線を見るに、こちらへの警戒は解いていない。
「その脅威は私が作り出したものと思っているの?」
「そうです。以前、魔王陛下を暗殺しようと送ってきた魔物。
我々の情報網から聞くと、あれは小手調べに過ぎない魔物だったとか」
「ああ、荒野の魔女パドリラでしょ?
隠さなくて良いよ。あの人があらゆる勢力と通じている事は、知ってて認めているから」
「ほお……」
魔界の宰相が考え込んだ。何を考えているか、大体予想はつくけどね。
「でも、荒野の魔女から情報を貰えるのなら、なんで『アレ』が私の作ったモノじゃないって分からなかったの?
聞けば本当の事を教えてくれるよ」
すると大公爵とかが鼻を鳴らした。
「悪の大首領とやらも甘いな。アレは全面的には信用できん。
まあ、生かしてくれた礼に、こちらからも教えてやろう。
アレは絶対に嘘をつけない縛り、呪いとも言ってよい、それがかけられている。
だが、生涯に一度だけ嘘をつく事が許されている。
その一回が、いつになるのか分からないのだ。
だから、今回は信じなかったのだ」
「それは魔王の判断?」
「我々の総意だ。魔王陛下は、人間界・魔界・天界問わず、その存在は全てを制圧できる脅威と見た。
だから、その正体を聞いて、嘘なら世界は終わる、本当でも絶望しかない。
ならば、それを生み出した貴女を殺すか捕らえ、それを消し去らせるようお命じになった。
我らもその判断に異存はない」
完全に把握できた。
これなら問題はない。
彼らを釈放して、魔界との関係を構築しよう。
その前に誤解は解いておかないとね。
「アレは私が作ったモノではない。むしろ、私を抹殺しに来た存在よ。
いや、存在とはいえないかもしれない」
目的とする存在を抹消する、この世界の歪みが生んだ免疫機構のようなモノ。
それをどう説明しても、分かってくれるモノは少ない。
必要なのは、アレが私の敵で、既に倒したという事実である。
言葉で語るより、私は魔女の記録水晶を使って投射を行った。
「なんと……」
「想像以上に禍々しい」
「我ら、ここに来るまで、そのようなモノの存在を感知出来なかった。
魔王陛下の仰る事だから従ったが、ここの到着して時には何も感じるものはなかった。
だが、こうして見てみると、確かに異常な存在だ。
魔王陛下の見立ては正しかったのだ。誰が作ったのかは間違われていたが」
三者三様の反応。
配下の魔族たちも静まりかえっている。
「で、私から貴方たちに頼みたい事があります」
「誤解とはいえ、叩きのめされたとはいえ、戦いを仕掛けたのは我ら。
謝罪も込めて、何なりと聞きましょう」
「まあ、魔王陛下を殺せとか、同朋を売り渡せという願いは聞けませんがな」
魔族、下っ端はともかく、上の方は話が通じそうね。
「魔王と話し合いたいの。
そして、魔王軍の強さを増強してあげたいのよ」
その声に、下っ端どもがざわつく。
サリガダス元帥がそれを鎮めると、
「我々が弱いと言いたいのか?」
と、激昂するでもなく、穏やかに聞いてきた。
私は率直に、
「弱過ぎます。今の貴方たちでは、私はおろか、人間たちにも勝てませんよ」
と答えて、また水晶に記録された勇者ハインツの戦闘シーンを投影した。
「馬鹿な、あの小僧は確かに勇者の印を持つが、ここまで強くはなかったはずだ」
「あれの父親は、魔王陛下と互角ではあったが、魔王陛下を滅する事は出来ん。
だから魔王陛下とあの小僧が戦うのはもっと先の話。
だが、今の小僧は魔王陛下よりも強いのではないか?」
「いやあ、今の見立てだと、馬鹿王子の強さは国王にわずかに及ばない。
それも聖剣を使っての強化あってのものだから、まだまだ弱いよ。
でも、今の貴方たちでアレに勝てるのはいない。
魔王さんくらいじゃないのかな?」
この指摘に、魔族たちは悔しそうに黙る。
「その見立ての根拠は?」
サリガダス元帥はその称号を冠するだけに、流石に軍人らしい疑問を投げかけてきた。
「あの馬鹿を鍛えたのは私だから、大体のレベルは分かる。
国王シュナイデル陛下は、多分貴方たちの想像の数段上のレベルだよ。
多分魔王さんよりもずっと上、だけど魔王さんの不死の能力を押し切るだけの能力がない。
病気だって言ってたから、数年後にはもっと弱ると思うけど」
「待て、勇者を鍛えたのは自分だと言われたか?」
「そうですけど」
「では、貴女は我々の敵ではないか」
「善悪の二元論で考えないように。
私は悪の秘密結社の大首領ですよ。
鍛えているのは、私の配下と戦うに相応しい実力にするため」
「何の為に?」
「戦いとは拮抗した実力でやらないと、単なる弱いものイジメになっちゃいじゃない。
だから、せめて怪奇スパイダー男くらいは軽く倒せる強さが欲しいのよ」
「あれを軽く倒すだと?
それでは魔王陛下よりも強くなるではないか!」
「そう。だから魔王軍も底上げが必要という事です」
最後に大公爵ルケファロスが尋ねてきた。
「大首領殿、貴女は人間族ですよね?
貴女は一体誰の味方なのですか?
我らの敵かと思ったが、そうでもないようだ。
正直、測りかねている」
その言葉への返答は決まっている。
「それを説明する為に、魔王と会いたいのです」




