乙女ゲーム世界・裏
「マリア様! 何故ここまで私を嫌うんですか?」
身体が崩壊しつつある「虚無の魔女」マリアに、聖女リリーが問いかけている。
この世界の神話「光」と「闇」。
その闇の王と思われた魔王が、聖女たちの味方になった今、ラスボスはマリアに代わっていた。
聖女リリーは、光と闇の対立構造そのものに疑問を感じていた。
闇が悪の存在ならば、何故魔王の治める魔界に秩序があるのか?
確かに弱肉強食、法よりも暴力、正しい者が勝つのではなく勝った者が正しいという価値観、魔人や魔獣の世界とはそういうものだと納得できる。
しかし、それは人間の国にだって、軍事国家ではそういう社会は起こり得る。
つまり「混沌」を好まないという点で、光も闇も大して違っていないのだ。
その事を聖女リリーは、魔王と直接談判して問いただす。
そして魔界が人間界を征服したがるのは、彼らの神話が「世界を人間たちに追われた」流離譚であって、彼らの方が人間を恐れていた事も分かった。
ならば人と魔は手を取り合える、そういう流れとなった。
その結果、人と魔の仲を裂き、戦乱による世界の破滅を願った「虚無の魔女」が共通の敵となる。
「またしても、私一人が世界の敵なのか? 人間も、魔王も、皆大嫌いだ!
皆滅んでしまえ! この世など醜く砕けて、塵となれば良いのだ」
虚無の魔女は猛威を振るう。
だが、聖女の祈りの力と、勇者の光、魔王の闇の力が協力して放たれ、ついに魔女は身を砕かれる。
身体が黒い灰となって崩壊しつつある中、目だけは憎々しげに聖女を睨んでいた。
「マリア様、どうして?」
「うるさいよ! 私は昔からあんたが大嫌いだったんだ!
私を裏切ったイスカリオ王国も、魔界も、皆大嫌いだ!
こんな世界、無に帰せば良いのだ」
「可哀想なマリア様」
「なんだと?」
「私は愛を知らずに育ちました。そして学園で愛を知り、人々を愛する心を持ち、闇とも分かり合えました。
貴女は逆です。あの時、世界の敵と呼ばれ、全ての愛を信じられなくなりました。
ですが、今からでも遅くはありません。人間らしい心に、愛を信じる心に戻って下さい」
虚無の魔女マリアは、その言を笑い飛ばす。
「はん! 愛情ですって? 馬鹿馬鹿しい。そんなの幻想よ。
私が姿を変えて様々な男を誑かした時、偽証をもって人を陥れた時、外交文書を書き換えた時、人々は相手を詰り、戦いや制裁を選んだ。
人間なんてそんなもの、人の心など一皮むけば、野獣のそれと大して変わらぬもの。
そんな幻想を信じろですって? 死んでも嫌よ。
そこの元婚約者の馬鹿王子! なんで魔王なんかと手を組んでいるのよ?
私を倒すまでの一時的なものよね? なんせ、あんたの父の死は、その魔王を封じようとしてのもの。
私が魔界と人間界を繋ぐトンネルを拡大した事で、魔王は王都に攻め寄せた。
国王シュナイデル三世は人間界最強の戦士ではあるが、勇者ではない。
魔王の不死を破る事は出来ない。
だから、命と引き換えに一年間の短い封印を行った。
その一年間、あんたは死に物狂いで自らを強くした。魔王を倒す為にね。
どうなの? その成果を見せる時じゃないの? 父の仇がそこにいるのよ?
さあ、戦ったらどうなの? さあ! さあ!」
勇者は動かない。
マリアは更に続ける。
「魔王よ、お前の下には人類を恨む多数の魔族がいるのだろう?
この戦いで多くの部下が失われたねえ。
その敵がそこでボーっと突っ立っているよ。
今が好機だ。さあ、その爪を生っちろい首筋に突き立ててやりなよ。
今ならやれるよ、なあ、なあってば!」
魔王が首を振りながら答える。
「もう良いのだ。神話に踊らされる時代は終わるのだ」
「はあ? 何だよそれは?」
「マリア……、俺はお前に謝らないといけない。
父を失った以上、俺は国王にならないといけない。
即位は戦いが終わってからと延び延びになっているが、勉強を続けている。
今になって、お前の諫言は正しかったって思う。
お前は俺の事を真剣に考えてくれていたんだな」
「今更なによ! もう全てが遅いわよ。
今の私は、イスカリオ王国なんて滅ぼしたい魔女よ。
支配したいんじゃない、粉みじんにしたかった……。
それなのに、今更謝られたって何になるのよ」
「マリア様、確かに何にもなりません。
でも、貴女の魂の救済は出来ます。
ハインツ様の真摯な謝罪をお受け下さい。そして来世では……」
その言葉を言い終わらない内に、マリアは吠えた。
「来世で良い人生をなんて言うの? ちゃんちゃらおかしいわ!
私は生まれ変わった次の人生でも、人間と魔族を恨んで生きるわ。
次こそはこの世を滅ぼしてやる! 次こそは……」
崩壊が頭部にも及んだ。
全ての怨嗟を吐き出しきれぬまま、虚無の魔女は黒い灰となり、風に吹かれて消えてしまった。
~~~~~
「というわけで、私はここに来ました」
精神体となっている私の前で、マリアが呟く。
先ほどの映像で見た、怨念をまき散らす姿はどこにもない。
服装こそ黒のゴスロリ、如何にも魔女といったものだが、その目には理性的な光がある。
「お疲れ様でした。
見ていて貴女の方にこそ同情したわよ。
なに、あのご都合主義な展開は!
父が命と引き換えに封じた相手と簡単に手を組む?
その前に、そうせざるを得なくした自分の弱さを総括しなさいよね!」
私の発言に、マリアはか弱く笑った。
これが次期王妃でも、虚無の魔女でもない、素のマリアなのかもしれない。
私はそんなマリアにもツッコミを入れる。
「魔女として人間界に入り込み、信頼や愛情を崩壊させるって、アリはアリだけど、まだるっこしい!
人間同士の信頼なんて、タバコの中に宇宙ケシを仕込んで、自動販売機を置けば、簡単に崩れるから。
私、いくつも悪辣な宇宙人のやり方を知っているから、教えようか?」
それに対する答えは、
「もう疲れたの」
であった。
「私は今、あの世界を一回退場し、ここに来られている。
でも、この閉じた世界は何度もやり直しをさせられるの。
その都度私は、人を恨み、ハインツを恨み、リリーを憎むのよ。
私、もうそんな役回りは嫌なの」
彼女は話を続ける。
「何度も繰り返されるやり直しの中で、私が勝つ世界もあるの。
でも、勝ったからって何も得られない。
崩壊していく世界を見ながら、私もまた滅亡し、こうしてここにやって来ては今までの事を思い出す。
もうたくさんなの……」
最初こそ興奮していたが、最後の方は涙目になっている。
「貴女に頼みがあるの」
彼女は、精神体である私にそう話しかける。
「私に代わって、このやり直し地獄をどうにかして欲しいの」
嫌なこった!
マリアという人物の一生だけでも、追体験する気は無いのに、あの思考が甘ったるい世界で暮らす事なんて怖気がするわ。
しかしマリアは諦めない。
「貴女には特別な力を感じる。世界をぶっ壊すような力をね。
私はもう誰も恨んではいないけど、それでもこの世界はぶっ壊して欲しいって思ってるの。
でも、私では力が足りないの。だから、お願い」
謹んでお断りさせていただきます。
確かに、エネルギー勾配が下のこの世界、精神体となってはいても、多分魔王くらいなら瞬殺できるくらいのエネルギーを纏っているように思える。
それに、私が学んだ宇宙論を組み合わせれば、無双可能じゃないかな。
それでもお断りだ!
好んで修羅場に首を突っ込む趣味はないんです!
それでもマリアは食い下がる。
「もしやってくれるなら、良い事を教えたいと思います」
私は、何度もループを繰り返す中で知り得た情報を聞く。
なるほど、それなら私と利害が一致している。
お願いは聞かないけど、取引になら乗ってあげるわよ。
でも、言っておきたい事がある。
「世界をぶっ壊すって事だけど、私流のやり方で良い?」
「お任せします」
「言っとくけど、かなりぶっ飛んだやり方になるわよ。
多分、貴女もどこかでその様子を見るのだと思うけど、はっきりいって着いていけないと思う」
それに対し、マリアは口元を抑えて、
「それは楽しみですわ、うふふふふ」
と笑った。
「この世界はどうやら『乙女ゲーム』の世界なのよ」
「乙女ゲーム……ですか?」
「そう、決まりきったコースをたどって、分岐をいくつか踏む事でフラグを立て、イケメンを落としておく腐れゲーム」
「はあ、そんなんですね。でも、言われてみれば。
私たちはそのゲームの中の住人って事なんですね」
「住人なんて生ぬるいものじゃない、単なる駒よ。
で、私はそんなのにはなりたくない。だから、私なりのやり方で世界を壊す」
「素晴らしい!」
「乙女ゲーム世界に、特撮を持ち込むわよ!」
「とく……さつ?」
「そう! 凶悪な宇宙人がやって来たり、頭が三つの金色の龍が出現したり、悪の秘密結社が改造人間を使って、付近の子供を誘拐したり、そういうやり方よ」
「まあ、怖い」
「まあ怖いって、それだけ?」
「お忘れですか? 私は虚無の魔女と呼ばれ、世界を壊そうとした女ですよ」
「確かにね。ラスボスとなった貴女だけはガチだったもんね。
他は、弱いわ生温いわ、見ていてイライラするくらいだったから」
「貴女様の世界は、随分と物騒なんですね」
「まあね。因果地平の彼方に吹っ飛ばされたり、人類が全て謎の液体となって彼我の境界を失ったり、一兆度の火の玉を炸裂されそうになったり、色々あったのよ」
(特撮の世界では、ね)
話を聞いていたマリアだったが、改めて私の手を取って頼み込む。
「この世界をぶっ壊して下さい。
貴女なら、誰も恨まず、ゲームの理屈とかに囚われる事もなく、やり遂げると信じています」
「あんまり期待しないで。
私は趣味も兼ねて、好き勝手にやるだけだよ。
それが結果として世界を壊し、世界を創る事に繋がると思う」
「はい」
すると私自身が何か光に変わっていく。
マリアも同様だ。
「どうやら、また私が生まれるようです」
マリアがそう告げる。何回も経験しているから慣れてるっぽい。
こちとら初めてだから緊張してるんだけどね!
「私も魂の片隅にくっついて、協力しようと思っています。
私が身に着けた錬金術の技術は全て差し出します。
困った時は助言もいたします。
ですが、主な人格は貴女様です。
どうか、私、マリア・ド・ブルジアとしての人生を素晴らしいものにして下さい」
そうして私の意識は薄れていく。
辛うじて、暗い場所から明るい場所に引き出され、周囲では色んな人の喜ぶ顔が並んでいた。
どうやらこの世界に誕生したようだ。
そして私の意識は十八年間眠り続ける。
ある日私の中で、
(今日が運命の日です! 約束を果たして下さい!
お目覚めになって世界を変えて下さい)
という声が鳴り響いた。
そして私は覚醒する。
全てを思い出した。
「ブルジア公爵令嬢、いかがされましたか?」
王家の者が、控え室で眠りに落ちたかと思ったら、荒い息を吐きながら、血走った目で立ち上がる私に声をかけて来た。
「いいえ、何でもありませんわ」
私はどうにかそう答える。
今日が「あの日」なんだ。
もう一時間もしない内に、馬鹿王子にあの台詞を吐かれる。
忌々しい!
こっちから、相手が唖然として二の句を継げないようにしてやるわ!
さて、悪の組織の名前はどんなのあったかなあ。
十年以上眠っていたから、なんか記憶が曖昧になっているのよね。
まあ、テキトーに繋いでみようか。
そしてパーティ会場にて。
「マリア、お前が聖女でもあるリリィに事あるごとに嫌がらせをしていた事は分かっている!
お前のような女を王家に入れるわけにはいかない。
お前との婚約を破棄する! そして……」
という馬鹿王子の糾弾の声が鳴り響く。
さあ、言ってやるわ!
「フハハハハハ……、流石は王子である共にイスカリオ王国騎士団長でもあるハインツ様。
よくぞ私が悪の秘密結社『ゲルトロン十字一族ガミランティス』の大首領である事を見破った!」
とね。




