乙女ゲーム世界・表
私の目の前に、不思議な球体が存在している。
動いてあらゆる方向から覗いてみるが、一度として同じ景色が見えない。
水晶球を通して覗くように、何かの風景が見えてはいる。
そこはまるで地球のような自然と、中世ヨーロッパのような城、そしてファンタジー世界で見るような魔物が見えていた。
面白い事に、その魔物について、スライドして見ると死に様が見えたり、誕生の瞬間が見えたりする。
私は何となく「私は左右に動いているが、向こうの世界は時間を進めたり戻したりしているようだ」と直感した。
この球体の外側からは、縦横高さ時間を自由に移動して見られるようだ。
私はその球体に手を伸ばしてみる。
すると私の意識は、その球体に吸い込まれていった。
(これはワームホールなんだ)
私は自分の知識からそう直感する。
私たちが知っている穴というのは、二次元の概念だ。
三次元に開いて、違う次元に繋がる穴とは、全方位で見ても穴となって見える、すなわち球体なんだ。
私はそこに落ちていく内に、これが私がイメージするワームホールとも少し違うと認識する。
私の意識に対し、宇宙の情報が大量に流れ込んできた。
私たちが存在する宇宙は、総エネルギー量は多いが、密度的には極めて希薄になった大きな宇宙。
そこに付属する子宇宙が異世界の正体だ。
この子宇宙は、数秒から長くても数百年で消滅する。
インフレーションが起こらない。
私はその世界に落ちたというわけだ。
エネルギーは、高い方から低い方に移り、その逆は無い。
私は高エネルギー宇宙から、総エネルギー量の低い子宇宙へと落ちた。
その逆は出来ない。
実際に私は、元の世界では死んだ事により、精神だけの存在となってしまった。
精神が別の世界に行く事はあっても、そこにいた精神が元の世界で肉体を構築する事は出来ない。
これがこの宇宙における「世界の真理」であった。
私は転生して、子宇宙の住人となる。
子宇宙は、親宇宙から見れば短時間で消滅するが、その中の住人にとっては数百億年の時間を体験する事になる。
私という違い世界からの転生者は、そこが子宇宙であると認識できる。
しかし、子宇宙の住民が私のいた宇宙を認識するのは出来ない。
世界が変わるというのはそういう事なのだ。
私は出口付近にたどり着く。
そこまでに数十年かかったような気もするし、一瞬だった気もする。
ありとあらゆる情報が詰め込まれ、気が狂いそうだった。
出口付近では、私が生前「甘ったるい思考で、見るに堪えない」と切ったゲーム世界の始めから終わりまでが頭の中に映像として入ってきた。
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その子、リリーは幼くして両親と死に別れた。
神殿に預けられ、神の為に働く小女として育てられるも、リリーは素直で良い子に育つ。
それでも彼女は、愛情に飢えていた。
スキンシップはなく、同年代の友人もなく、厳格だが優しい神官たちによる扶育は、良い子の中に少し欠けたものを作り出していた。
リリーが十歳になった時、奇跡が起こる。
リリーに神聖魔法が発現したのだ。
彼女は、もう少し早い時期から、怪我をした子犬を治癒したり、命尽きようとしているセミに対してしばしの時間を与えたりしていたのだが、それを屋根の修理から落ちた神官に対して行った事で、神聖魔法持ちであると発覚したのである。
神殿での扱いは変わる。
彼女は「聖女」候補と位置づけられた。
リリーは日々の雑務から解放され、この世界についてのあらましを教わる。
『この世界は、光と闇の二つの勢力によって分かたれた。
二つの勢力は戦い、光が勝利を収めたが、闇は光の中に入ってこれを汚染する。
そして、より光に近い天使、精霊、人間、魔物、魔人という種族に分かれる。
魔の住人は、その性質から何度も人間たちに争いを挑んだが、何度も負け、やがて魔界という闇の濃い世界を作って移住した。
一番中庸ゆえに、もっとも特徴のない人間が勝てたのは、精神に強力な光を宿した存在が混ざっているからだ。
それが勇者であり聖女である。
聖女は天使の指令を受け取り、精霊たちの声を聞き、人間を守護し、魔物を浄化し、魔界の者を防ぐ存在なのだ』
やがて十三歳になったリリーは、改めて神託を受けて「聖女」である事が確定する。
それも村の守り手ではなく、世界の守り手レベルという託宣であった。
彼女は王都の神殿に移り、そこでイスカリオ王国の司祭長の後見を受けた。
神殿で日々祈りを捧げる聖女リリー。
そこに、魔界より召喚された魔人との戦いに際し、加護を求める祈りをしに来た者がいる。
国王シュナイデル三世と、その王子であるハインツであった。
リリーはハインツを見て一目惚れしてしまう。
それは、優しく育てられながらも、愛情というものを受けずに育ったリリーにとって、初めての感情であった。
ハインツも、修行中の聖女リリーを見て、恋に落ちてしまう。
それでも王家と神殿は別の社会に属するもので、この恋は成就しないはずであった。
ここでまた奇跡が起こる。
現在の聖女に神託が下り、見習い聖女リリーを貴族たちが通う学園に通わせろという事になった。
(なんだ、そのご都合主義は! ※私の心の声)
晴れて、聖女を正式に襲名するまでは、王都の学園に通える事になったリリー。
そこに、私がいた。
ハインツ王子の許婚、王国内きっての名門貴族ブルジア公爵の令嬢であるマリアだ。
七歳の時にハインツとの婚約をさせられ、以降は次期王妃としての待遇を受けていた。
少女の性格が高慢な方に傾くのは無理もない。
そんなマリアの前に、いつの間にか王子と両想いっぽいリリーが現れる。
最初は「痩せた子犬にミルクをあげたくなるのは、人間の情ってものよ」と意に介さないようつとめていたマリアだったが、次第にリリーの事が目障りになって来る。
愛情不足で育ったリリーは、異性との距離感がおかしい。
男女分けた教育がなされているが、趣味のサークル活動というものでは男女が一緒に活動する。
これは貴族社会において、異性への接し方や、人脈広げ、さらには結婚相手を探す目的もあるものだった。
そこに入ったリリーは、ナチュラルに異性(ゲームでは攻略相手というらしい、ケッ(私の心の声))と近づき過ぎ、相手をこじらせてしまい、サークルを壊してします。
その壊されたサークルに属していた女性たちが、マリアに泣きつく。
マリアは、このサークルクラッシャーを置いておくと学園の治安が乱れると思い、嫌がらせに近いやり方で「分をわきまえろ」「男に思わせぶりな態度を取るな」「神殿の者なら、それらしくふるまえ」と指導をする。
(うん、至極当然だね。 ※私の心の声)
だが、男たちからの擁護や、肝心のハインツが浮気されているのに寛大に許しまくり、王子の意向であやふやにされてしまい。
(おい、恋人候補! ちゃんと責任持って管理しろ! 野放しにすんな! ※私の心の声)
やがて十八歳になり、卒業が近づく。
マリアは、リリーを甘やかすなと王子に詰め寄り、ついでにハインツの至らない部分を「五箇条の条書」という形で糾弾する。
曰く、
「王子の名義で指示を出す時は、ちゃんと国王の許可と署名をもらえ」
「これまでの命令や許可は、一度白紙に戻し、道理に合うかどうか改めて考え直せ」
「取り巻きに領地を与えるとか言ってるが、それは王家ではなく自分の領地から出すように」
「あんた馬鹿だから、善悪・処罰の判断は、道理に基づいて国王、結婚後は私が行う」
「勇者だからといって国王や大臣を軽視せず、敬うこと」
こんなもの。
(至極当然だね。ちょっと言葉はキツイけど。 ※私の心の声)
だが、何度も指導している内に、完全にハインツの心は離れてしまった。
そしてついに、本来なら貴族たちの前での正式な婚約と、実際の婚儀の予定が発表される場において、マリアは婚約破棄を言い渡された。
それは「五箇条の条書」のような形で、リリーを甘やかす貴族令息の所業を告げ口した為、マリア自身が恨まれ、それゆえに裏で「反ブルジア公爵連合」が結成された為でもあった。
父のブルジア公爵も、やはりマリアの父だけあって口うるさく、贅沢を戒め、軍隊を減らして精鋭化し、税の公平化という貴族の利権に手を突っ込む政治をしていた為、反発されていたのだ。
(えーっと、政治的に何か間違ってるかしら? ※私の心の声)
こうして貴族たちに根回しの後で、婚約破棄されたマリアは、持参金代わりの荘園を没収された父と共に、領地に戻って逼塞する。
かつてサークルクラッシャーを発揮されら時に、マリアに助けてもらった女生徒の家は、ブルジア公爵復権とマリアの名誉回復運動を行ったが、次に起きた事件で一転して聖女派に鞍替えしてしまった。
それは、何者かによって召喚された、魔界の貴族アドローズ子爵襲来である。
この脅威に対し、聖女の祈りは王都を守り続けた。
そして聖女の加護を受けたハインツは、その力をもってアドローズ子爵を倒したのだ。
この功績で、婚約破棄という他人に恥をかかせる行為も帳消しとされ、さらにアドローズを召喚したのは王子に恨みを抱くマリアと噂される。
かつて助けた者からも裏切られ、人間界の敵とまで罵られたマリアは、衝動的に領地を飛び出してしまう。
その目には狂気が宿っていた。
「なによ、なんなのよ! 私が何をしたって言うの?
分かったわ、私が人間界の敵だと言うのなら、本当にそうなってあげるわ!
もう何もかも、どうでも良くなった。
皆、死んでしまえ! この世なんて滅んでしまえ!」
だが、華奢な公爵令嬢が飛び出した所で、何か出来るわけではない。
錬金術の使い手ではあるが、これまでの彼女は人の役に立つ、小規模な錬成しかして来なかった。
マリアは魔の森で魔物に襲われ、生きたまま喰われる。
魔狼に腸を食われ、死が近づく中で声が聞こえた。
「生きたいのかい?」
時間が止まる。痛みも感じない。
魔狼どもは血を啜っている状態で静止していた。
「どうだい? 生きたいのかい?」
それは荒野の魔女と呼ばれたパドリラという女だった。
マリアは目、鼻、口から血を流しながら、
「当たり前じゃない!」
と答える。
魔女は続けて、
「生きて、どうしたいんだい?」
と聞いてきた。マリアは殺気を放出しながら、
「分かり切ったこと、この世に復讐してやるのよ!」
と叫ぶ。魔女は頷くと、
「希望や夢を持った女性が、一転して恨みや呪いに支配される。
その感情の相転移、素晴らしいよ! 光と闇の双方を活発化させ、宇宙を延命させられる。
どうだい、私と契約しないかい? 魔女となって、この世に災禍を振り撒かないかい」
と手を差し伸べた。マリアは静止した時間の中だが、その手を握った。
ここに「虚無の魔女マリア」が誕生した。
彼女の目的は、世界から愛情だの信頼だのを幻想だと分からせ、人間社会を破壊する事。
噂で「世界の敵」とされた女性は、本物となってしまったのだ。
ここまで「乙女ゲーム世界」の正史を見て来た私。
その前に、「虚無の魔女マリア」が立っている。
ワームホールの中に、彼女はいた。
その目に狂気はない。
私を縋るように見ている。
「貴女に頼みがあるの」
虚無の魔女は、精神体である私にそう話しかけてきた。




