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辺土名真理のプロファイル

 どこかで目覚まし時計が鳴っている。

 スヌーズ機能で、繰り返されているから、早く止めたいのに体が動かない。

 なんかやたら疲れが溜まっている。

 手が届いた。


 そして私、辺土名真理は目を覚ます。

 なんか、変な長い夢を見ていたような気分だ。

 そうだ! 今日はゼミがあるから大学に顔を出す日だった。

 私は急いで理学部のある北部キャンパスに向かった。


 論文の輪読会が終わって、遅い昼食を取ろうと思い、スマホを見ると友人からのメールと、もう一通嫌なメールが届いていた。

 友人のメールは、今日は西部講堂のカフェテリアで食事をしたいから、終わったら返事をよこせというものだった。

 北部キャンパスや時計台下の学食より高くつくが、気分も滅入っていたから、今から行くと返信する。


「真理~、就活どう?」

 文学部に通う友人、彼女は同じ高校から合格した貴重な知り合いだ。

 ブラジリアン柔術同好会でも一緒で、まさに腐れ縁である。

 さっさと出版社に就職を決めやがって、もう今年は悠々自適な生活をしている。

「それを聞かないでくりゃれ……」

 私はさっき見たメールを思い出し、溜息を吐く。

『今回はご縁がありませんでした。辺土名様の今後のご活躍をお祈り申し上げます』

 定型文も、何度も見ていれば、嫌になる。

「真理さあ、何回も言うけどさあ、進学とかどこかの研究所とか目指せば良いじゃん。

 もったいないって」

 何度も言われる「もったいない」という言葉。

 自慢じゃないが……いや、はっきりいってやろう、自慢だが、私は頭だけは良い。

 宇宙物理、量子物理、数学は得意中の得意だ。

 プログラミングもかなりいける。

 たまにゼロで割るような計算式を突っ込んで、コアダンプを出しまくって怒られるのは愛嬌と思って欲しい。

 ゼロに近い変数を使うのに、桁設定がシビアで、ある値未満なら勝手にゼロ扱いされる古いプログラムが今でも生きているのが全て悪い!

 まあ、それは置いといて、私は周囲からは大学院に行ったら? とか研究職に進もうとかと言われる。

 だけど私の心の中は、特撮が占めている。

 私は特撮の仕事がしたい!

 ここ、京都の太秦映画村での特撮ヒーローの撮影なんかは、よく見ていた。

 もったいないとか言われても、私の人生なんだから勝手でしょ!


 だけど、そう上手くはいかないもので、気分が滅入っている。

「どうせ履歴書と一緒に、下手くそな企画書を送ったんでしょ」

 友人のツッコミに、私は頷く。

「それ、見せてもらえる?

 うん、『トクリュー戦隊サギバスター』……って、これは警察に出す方が採用される企画ね!

 なに、これ。こんなにウケると思ってるわけ?」

 私的には、設定を練りに練って、詳細まで詰めて書いた案だよ。

 特撮素人に批判される筋合いはないわ!

「いやいや、内容的にヤバいでしょ。

 素人でも分かるって。

 そして、このセンスの無さが絶対にマイナスに働いている。

 うちらの学歴なら興味持たれると思うけど、その企画書で全部パー。

 前から言ってるけど、そういうの添付して送らない方が良いよ!

 入ってからにしなよ」

 それじゃ熱意が伝わらないじゃないか。


 まあ、言いたいことは分かるよ。

 噂で言われているけど、特撮系の製作会社とかは、オタクは採用しないって話がある。

 理由は、自分の趣味を全開にしてしまい、売れる作品を作らないから。

 オタク趣味が高じてしまうと、子供が見て楽しいものより、自分が見たいものを作ろうとしてしまう。

 デザインも合理性やら追加武装やら、詳細にこだわって話を進めない。

 だから特撮に熱心だとアピールすればする程、お祈りメールが返ってくるという噂だ。

 真偽のほどは定かじゃないけどね。


「あんたさあ、『就職無理学部』なんだから、そろそろちゃんと就職した方が良いよ」

 ええい、就職無理学部とか、ア法学部とか、無農(むのう)学部とか、宇治へ行工(いこう)学部とか、悪口言ってんじゃねえよ、このお気楽遊学部が!

 まあ、何を言っても、既に就職決めた人に対しては負け犬の遠吠えにしかならない。

 この子、在学中にライトノベルで作家デビューしたのに、卒業後は一転して出版する為に審査する方に回るとの事。

 本当、そつがないわよ、我が友人は。

「で、どう? バイトは楽しい?」

 それは花屋のバイトの事である。

 私がお祈りメールを同時に五通受け取って落ち込んで、餃子チェーン店本店で酔い潰れていた時に、

「どうせなら、物理学とも特撮とも、全く関係がない所で体動かしてみない?

 もう週一でゼミに顔出して、卒論出すだけなんでしょ?

 だったらバイトして、気分転換しなよ」

 と勧められたものだ。

 ゼミの他にも何個か研究室に顔を出す用事があるから、週六でというわけにはいかないが、最低週に四回は終日バイトをしている。

 数字とヒーローのマスクしか見て来なかった私には、中々刺激的な職場だ。

 あれ? 今朝の異様な疲労はそのせいだったかな? なんか違うような……。

「就職決まらなかったらさあ、そのまま花屋に勤めたら?

 案外全くのジャンル違いで、イノベーションとか起こすかもよ」

 いのべえしょん、何だそれは、興味はないぞ。


 こんな感じで午後は就職について、先に行っている友人から一方的に言われる中々精神的に厳しい時間を過ごして、私はアパートに戻った。

 明日はそのバイトがあるから、早く寝よう。

 ゼロカロリーと言いながら、中々ストロングな酒を三本寝酒として飲むと、私は深い眠りに落ちた。


 翌日、朝早くから花屋にバイトに行く。

 花屋って、結構過酷なのよ。

 バケツ洗いから始まり、鉢植えを店頭に並べたり、水揚げと呼ばれる仕入れた花の茎を斜めに切る作業なんかを、朝の内にやっておく必要がある。

 頭でっかちで、肉体労働をして来なかった私には、中々過酷な労働だった。

 でも、今は慣れたから、結構力仕事もいけるようになった。

 これはこれで、スーツアクターに転じた時に役に立つかな? と思っている。

 それが終わったら接客に入るが、私の仕事は雑用に近い。

 勉強中ではあるが、私は花についてお客さんへのおススメが出来ない。

 言われた花を用意する事は出来るが、

「こういう用途に使いたいから、二万円分見繕って」

 と言われたら、コアダンプを貯めまくったサーバのように、頭の回転が遅くなる。

 だからまだ接客はせず、言われた作業をこなす日々だ。

 でも、そうそう頻繁に人が来る事もなく、暇な日は一日何もせず、定期的に花に霧吹きで水をかけるくらいだったりする。

 今日も暇な日な感じだ。

 午前中、お客さんは来なくて、電話で注文があったからアレンジメントとラッピングを手伝った後は、店主が配送に行って私は店番をしているだけ。

 電話も鳴らず、中々暇。

 ふと、引き出しの中を除く。

 店の業務で使うハサミやリボンなどと並んで、携帯ゲーム機が入っている。

 以前、店主兼オーナーの女性と、このゲームについて話をした事がある。

「辺土名ちゃん、ゲームとかする?」

「まあ、たまには(巨大ヒーローが怪獣倒すやつとか)……」

「乙女ゲームってした事ある?」

「いいえ」(即答)

「一回やってみない? ハマるかもよ~」

「はあ……」

「辺土名ちゃん、理系で恋愛経験とか少ないでしょ」

「まあ、そうですね」(そうだけど、決めつけんじゃねえよ!)

「だから、こういうので一気に恋愛にハマるかもね」

「アハハハハハ……」(ねえよ、絶対に)

 こんなやり取りで、乙女ゲームとやらをしたのだが、案の定ハマらなかった。

 私は金髪で、目が大きくて瞳がキラキラした優男が、

「君を待っていた……」

 なんて言うシーンよりも、眉毛が太く炎の宿った顔面がいかつい男が、友の危機に駆けつけ、

「お前を待っていたぞ! よぉし、俺も寝ちゃいられねえぞ!」

 というシーンの方が燃えるんだよ!


 という事で、返却してからは一回も触っていない。

 店主ももう、おススメして来なくなった。


 そうこうしている内に、お昼になった。

 ちょっと気取った男が店にやって来た。

 私が嫌いな優男とは違い、端正な顔立ちながら、ちょっとアウトローな雰囲気がある。

「花を選んでくれないか? 今日はめでたい日なんだ。親友が結婚する」

 私は何を選んだら良いか分からないと伝える。

 するとその男は、

「いいんだよ、お嬢さん。こういうのは気持ちなんだからさ」

 と言って来た。

 その笑顔を見て、私は思い出した。

 あの伝説の特撮ヒーローの一人に似ている、と。

 そして無難に赤いバラやシクラメンなどをラッピングして渡す。


 その直後、店先でひったくり事件が起きた。

(え? これって……)

 私は思わず店を飛び出した。

 さっき、花を買った人がひったくり犯を追いかけ、足を引っかけて転ばせた。

 そして盗んだものを取り上げると、持ち主に返す。

 靴を脱いで、ひったくり犯の頭を叩くと、

「……ったく、めでたい時にケチつけやがって。くだらない真似するんじゃねえ。分かったか?」

 と言って立ち去ろうとした。

 直後、怒りの気配を滲ませていたひったくり犯が、何か光るものを抜いた。


 私は思わず駆け出していた。

 なんとなく、次の展開が分かったような気がしたからだ。

 そして、自分でも信じられない速さで走った私の身体は、その男とひったくり犯の間に入る。

 直後、背中に熱いものが走った。

「おい、姉ちゃん!」

 その男が私を支える。

 ひったくり犯は、私に誤爆した事を知ると、逃げ出していった。

「おい、しっかりしろ! 今、救急車を呼ぶ! 誰か、電話して!」

 その声が何か遠くに聞こえる。

(あれ? おかしいな? 痛みで目が冴えるんじゃないのかな?

 ああ、もしかして失血かな? なら分かる。気が遠くなっていくよ)

 我ながら、死を前にして変なところで冷静だ。

 しっかりしろ! という声が遠くなっていく。


 私は死んだ。


 そして、思い出した。

 これは私が乙女ゲーム世界に転生する前の記憶。

 私はこうして死んだんだった。

 そしてあちらの世界に転生した……けど、その前に何があったかを思い出した!

 ここは元いた世界でも、転生した先の世界でもない場所。

 不思議な空間に、肉体の無い、私の意識だけが彷徨っている。


『お願い、私を助けて』

 どこからか声が聞こえる。

 そうだ、私はここで「世界の真理」を知る事になる。

 そして、これから転生する世界についても。

 これからの事は、私もすっかり忘れてしまった事だ。

 今度こそ覚えて目覚めよう。

19時にも更新します。

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