個別面談
「はい、魔導士のハルさん、診察室にどうぞ~」
私、医師免許ないから、一回この呼び方もしてみたかったのよね~。
地球に居た時は、そう言って呼び出される側だったから。
心療内科にはよくお世話になったわ~。
入室したハルは、自信喪失したような表情だ。
私は彼に問いかける。
「あの高レベル呪文、独学で習得したの?」
ゴーレム戦で披露した呪文、「滅却の業火」の事だ。
彼は頷くと、
「何か間違いでもありましたか?」
と真剣な表情で聞いてきた。
呪文そのものは見事なものだった。
私は呪文は分からないけど、スキル「世界の真理」によると、ミスしてない模様。
呪文としては間違いはない。
しかし、それを使った事は間違いと言えた。
「貴方の呪文は正しく発動しました。しかし、あの呪文を使う必要はありませんでした」
「どういう事でしょう?」
簡単に言うと、あの呪文は広域の敵を一気に薙ぎ払う呪文。
威力も強いが、一体の敵と戦うにはオーバースペック過ぎるのだ。
「ちょっとこちらを見て欲しいんだけど」
ハルに見せたのは、油の入った皿。私はこれに火をつける。
「これが初歩、私たちが勝手にレベル1の呪文と呼ぶ火炎呪文ね」
そして次は、大きい皿に油と酸化剤の入ったものに火をつける。
巨大な炎が、離れていても熱を感じる程に燃え上がる。
「これが上位魔法と思ってくれたら良いわ」
最後に、最初と同じくらいの皿に、特別な油と金属を入れたもの着火する。
他の揺らめきながら燃える炎に比べ、激しい燃焼をすると、高熱で皿が割れてしまった。
「分かるかしら?
一体の怪物と戦うにあたり、高レベル魔法をあえて使う必要はないって事よ。
このように小さい器でも、燃やし方を激しくすれば、威力はずっと大きくなる。
大皿に比べて、使う油は少なくて済む。これを魔力に置き換えると……」
「初級魔法の効率を上げた方が、少ない魔力で効果的に攻撃出来る」
私は頷く。
高レベル魔法を否定するつもりはない。
使い方ひとつだ。
私はそう言った上で、次の戦いまでには間に合わない事も伝えた。
魔力の圧縮と、効率の良い点火は、一朝一夕では身につかない。
この優等生ならたどり着くが、明日までには無理だ。
だから私は、彼には別の策を伝えておく。
続いて入室したのは戦士のローグである。
こちらは、最初こそ大ダメージを負ったものの、あの猛攻をしのぎ切った事で自信も滲ませている。
彼は次の戦闘では要となる。
「ここに油まみれの豆があります。これを、この針で刺して下さい」
私は最初、やたら長い針を渡した。
案の定、ツルツル滑って苦戦する。それでも何とか刺す事に成功した。
「同じ事を、今度はこの針を使ってみて下さい」
次に渡したのは、随分と短い針だ。
これはすぐに刺し貫く事に成功する。
と同時に言わんとしている事を飲み込めたような表情になっている。
「最後です。この指先に針のついた手袋を使ってみて下さい」
他の指で押さえる事も出来るから、あっさりと成功した。
最後に私は、このアイテムを渡す。
「この棘付拳鍔を使って、相手の装甲に傷をつけて下さい。
それが貴方の仕事です」
「傷をつけるだけで良いのですか?」
ローグの問いに私は、
「傷をつけられたら上等です。あれは、攻撃を受け流す周囲の歪みを除いても、十分な装甲で守られています」
「なるほど、俺にしか出来ん役割だ。やりますぜ、マッスル〜!」
と答えた。彼は納得して吠えながら引き下がる。
三番目に勇者ハインツが入って来た。
二人きりになったけど、私がかつての婚約者マリア・ド・ブルジアとは気づいていない。
声も顔も目の色も変えたのだから、無理もない。
私に恥をかかせたかった馬鹿王子だが、ここは司令官と勇者という関係で接するわ。
「まず、私の命令を無視した事は不問にします。
あれで皆が、あのゴーレムの危険性はハッキリ認識出来たのですからね。
むしろ好判断だったと思います。受け身を取っていたから、見た目よりダメージは無かったようですしね」
王子はフンと鼻を鳴らす。
そして目を背けた。
どうも怒られなかったのが意外だったのと、面と向かって評価されてテレくさいらしい。
私は戦術の話に切り替える。
一通り説明をした後、
「明日重用なのは、貴方の目と頭です。
私は貴方の父、シュナイデル国王陛下から、考えなしの息子を矯正してくれと言われています。
貴方は普段は馬鹿で、傲慢で、世の中を舐めくさった、脳味噌お花畑のパープリンですが……」
「おい!」
「こと戦闘になると、中々頭が冴えます。
今日の戦闘の判断も、良かったと思います。
咄嗟だったから何も言わずにやったので、次からは出来る限りは注意しましょう」
「出来る限りは、で良いのか?」
「『将を陣においては王命たりとも聞かず』と言います。
瞬時の判断が必要な場面もありますから、その時は躊躇せずに実行して下さい。
それをする為にも、普段は報告・連絡・相談をしっかりして、信用を勝ち取りましょう。
普段信用されていればこそ、いざという時に皆もついてきます。
今回も、敵の怪人を倒す実力を皆が信用していたからこそ、攻撃を受け流す能力があるという報告を皆が信じたのですから」
「…………」
「どうしました?」
「いや、長官、あんた少し俺の知ってる女に似ているな、と思って」
「へえ……、それは誰ですか?」
「ブルジア公爵令嬢マリアっていう元婚約者なんだけど、実に生意気な女でね。
俺のやる事なす事にダメ出ししまくって、改善点を書簡にして送りつけて来やがるんだ。
本当に嫌な女だったんだけど、たまに褒めるんだよ。
その時の言い方に、なんか似ている気がしたんだ。
いい、忘れろ! どこかに逃げて、悪の大首領なんて言っているイカレた女だ。
比較されても、あんたには迷惑だろうよ」
……なんか無茶苦茶悪口言われたけど、聞き流すとしよう。
馬鹿だ脳筋だと批判しているのは、こちらも同じなので。
最後に入室したのは、聖女リリーである。
この女性も、恋愛脳で平和大好き、非常時向きではない、使えない子ではあるが、そもそも乙女ゲームの主人公ならそれは仕方ない。
私が勝手にゲームチェンジをしたのだから。
ピンク色の思考をする、ナチュラルサークルクラッシャーな部分はさておいて、基本的には善良な人間だ。
悪の組織と正義の長官の二つの顔でマッチポンプをしている私より、よほどまともな人間と言える。
そんな彼女に私は、
「分かっていると思うけど、直接の戦闘において、聖女というのはクソの役……ゴホンゴホン……トイレでの排泄補助にもならない存在です」
「……全然言い換えになっていませんよ」
「まあ、私が下品な例えをした事はさておきましょう。
聖女は戦闘で直接何かできるわけではない。しかし、居ないとパーティは弱くなる」
「能力向上という事ですか?」
「スキルで言えばそうなる。でも、私が言いたいのは違う。
あんた、ハインツとはどこまでいったんだい?」
リリーがその言葉を理解すると、赤くなって、顔を逸らしてしまった。
こりゃかなり進展してるな。大人しそうな顔をして、中々お盛んな事で。
悪気なく私の婚約者を奪ったと思ったけど、案外能動的だったかもしれないね。
まあ、話を戻そう。
「ハインツの最後のふんばりを引き出せるのは、貴女の愛情です。分かりますね?」
「はい!」
良い返事だ。乙女ゲームの主人公なら、こう言われる事こそ本望であろう。
私は更に続ける。
「私はさっきまで、あの強敵を倒す為には、力であれ魔力であれ、一点集中して高める事を教えました。
しかし、貴女には違う。
聖女が祝福をもたらすのは広域。
貴女が愛する人、恋人でなくて、友人や家族。
それを守る為に、幅広く、それでいて強く、長く効果を発揮しないといけません」
「大変ですね……」
「そうね。でも、それが貴女の使命。
貴女を強化する術はない。でも、貴女の心を励ます事は出来る。
明日は、直接何かは出来ないでしょうが、皆を励まし、支えて下さい」
「はい」
これにて面談は終了。明日の戦いに備えよう。
翌日の昼過ぎ、城門近く。
落とし穴に落ちて動かなくなったゴーレムが復活した。
封じる為に投げ入れた岩石やレンガを弾き飛ばして、穴を這い上がってくる。
そして土魔法士が追加で掘った落とし穴を回避しながら、町の中心に向かって歩き出す。
……私がそういう風に操ってるのだけどね。
「よし、皆いくぞ! 作戦通りにな!」
今日は遅刻する事もなく、勇者パーティが立ちはだかった。
「ハインツ殿下、ここはもう王都の中です。
いつもの考えなしの強力な攻撃は無しですよ」
「うるせーな、ハル。お前も馬鹿でかい呪文使うんじゃねえぞ」
「分かってますって、土魔法プラス水魔法初級で、泥濘作成」
ゴーレムの足元がぬかるむ。
「うっしゃ! 俺の番だ! 行くぜ俺の筋肉ぅ!」
戦士ローグが、棘付のナックルを嵌めてゴーレムと組み合った。
攻撃を滑らす特殊技能、それに対抗する為に、相手を掴んだ上での密着戦闘を仕掛ける。
当然ゴーレムからの反撃もあり、血を吐きながらの戦闘となった。
「長官の言った通り、固えなあ、本当に。
でも、当たってはいるって分かるさ」
そんなローグに、聖女リリーが、
「負けないで! 頑張って!」
と声援を送る。すると周囲の市民や応援の兵士たちも、
「頑張れ!」
「もうちょっとだ!」
と応援をし始めた。
「中々、力が漲るよな、こういう声を聞くと!」
ダメージを忘れたかのように、ローグは立ち続け、殴り続ける。
そしてついに、ゴーレムの装甲にヒビが入った。
「俺はここまでだ。ハル、王子、頼むぜ!」
ローグがゴーレムから十分に離れたのを確認すると、ハルが、
「大火炎呪文!」
と巨大な火炎を打ち込んだ。
この火炎でゴーレムを倒せないのは百も承知。
しかし、装甲に傷が出来たゴーレムの周囲では、わずかな乱れが生じていた。
「王子、見ましたね?」
「ああ、後は任せろ!」
ハインツは昨日の面談を思い出す。
「魔法剣が何故強いか?
それは剣に威力を集中する、闘気でもって魔法力を底上げする。
それを合理的に出来ているからだ、ってか。
深く考えていなかったが、そういう事なんだな!」
ハルの放った火炎を聖剣に纏わせながら、ハインツは場の乱れた箇所から、ローグのつけた傷に向かって刺突を繰り出す。
今度の攻撃は滑らない。ゴーレムの体内に深々と突き刺さった。
「中から燃えてしまえよ、でくの坊」
魔法剣の威力を内側から食らったゴーレムは、しばらく苦しむ様子を見せた後、その場に崩れ落ちた。
これは私の芝居じゃないわよ。
接続は切れ、ゴーレムの存在を維持出来なくなった。
やがてゴーレムは黒い煙を吹きながら、土塊に還っていった。
周囲から巻き起こる大歓声。
雄たけびを挙げる勇者、ボロボロの戦士を治す聖女、治療されながらも手を突き上げる戦士、そしてかっこつけながら髪を直す魔導士。
中々良いパーティになって来たじゃないか。
一人足りないけど、これなら戦隊として使えるわ。
そして私は聞こえないように、
「もう一段階上の怪人やゴーレムを送っても良さそうね」
と呟くのだった。




