特訓開始!
この世界には、いくつかの戦闘職がある。
大きく分けると、魔法を使える者、物理で戦う者、両方を使える者だ。
魔法を使える者の内、攻撃寄りの魔法を使える者は魔法使い、神聖魔法や光魔法を使うものを僧侶、闇魔法や傀儡系の魔法や呪術を使う者を呪術師、複数を使える者は組み合わせによらず賢者と呼ばれる。
物理系の内、武器の扱いに長けた者を戦士、素手で戦う者を武闘家と言う。
ここは区分が曖昧で、武闘家でも武器を使う場合があるし、戦士も武器を失えば徒手格闘をこなす。
だから耐久力を基準に、敵の攻撃に耐えながら戦う者を戦士、かわしながら戦う者を武闘家とする場合もある。
両方を使える者は、魔法剣士なり魔法弓士なりと呼ぶ。
勇者とは、魔王を倒せる権能を持つ者であり、職業には因らない。
でも、勇者は往々にして魔法と物理の両方を使える者に資格が宿っている。
と解説してみたけど、世の中そんなものじゃないよね!
戦場では大体、全部出来ないと生き残れない。
戦士が防壁となって魔法攻撃に耐える? 馬鹿じゃないの? 魔法くらい打ち返しなさい!
魔法使いの魔力が切れたら戦力外? 甘えた事言うんじゃないよ! その杖で敵をぶん殴りなさい!
そして、この区分の他に中々定義が難解な存在がいる。
「聖女」と呼ばれる存在だ。
これは狭義の意味では、女性の「聖人」、つまり「そこに居るだけで皆を鼓舞しこの世に奇跡を起こす」存在の事になる。
だから、村の聖女と呼ばれる、村人の為に祈り、豊穣や神罰回避をする存在もいる。
私の婚約破棄・追放(出ていったのは私だけど)に関わったリリーの場合は、もっと上の聖女になる。
つまり、愛情をもって魔を改心させたり、死者の無念を救済したり、瘴気を払ったりする存在。
それは光魔法とかではなく、まさしく神の加護、聖なる波動とも言うべきものを備えている。
性格は問わない、その能力が備わっていればそれで良い。
リリーは、馬鹿王子に相応しい女性だ。
決して悪人ではない。
思考が徹底的にお花畑なのだ。
人も魔も話し合えば理解し合える、仲間になれる。
祈りの力が天に届けば、人々は皆幸せになれる。
じっくり話し合えば、憎しみや怒りといった負の感情は消し去る事が出来る。
うん、何なんだろうね?
そういう事を言ったロボットアニメのパイロットにも、私は虫唾が走ったものだよ。
私はどちらかというと、敵の文明を滅亡させた後で、
「俺たちは戦う必要はなかったんだ! 俺たちに必要だったのは愛だったんだ!」
と言った宇宙戦艦アニメの方が好きなものでしてね。
といった具合に、聖女リリーは徹底的に「乙女ゲーム」の主人公な性格。
そして、甘ったるさで脳の血管が詰まるような設定は、この女、誰と交際しても、王子が恋人として最終的には許すし、恋仇同士が奪い合って殺し合いもしないって事。
何が攻略対象だ、攻略して良いのは敵の要塞だけじゃ、ボケ!
……ハア、ハア、取り乱してしまいました。
とにかくこんな感じで、私には合わない。
繰り返しになるけど、悪い部分はないのよ。
プレイヤーが彼女をそう操作するだけで、彼女自身には悪意も邪心もない。
だから私も、別に嫌いじゃない。
ただ、戦闘になるとクソの役にも立たないから、そこは鍛えてやらないとね。
え? 味方を強化するバフがかかるって?
バフがかかっても、ハインツ王子はシュナイデル国王にタコ殴りにされる程度でしたが、何か?
なので、彼女にも戦えるだけの力をつけてもらいますわ。
これは決定事項です。
戦隊のピンクやホワイトだって、立派な戦力なんだから!
こうして始まった初回の訓練、サポートメンバー選抜も兼ねたものだったけど、九割九分が脱落してしまった。
別に大した事は求めなかった。
廃城に連れていって、城壁をパンチだけで、貫通するまで殴り続けろと言っただけ。
私とシュナイデル国王なら、デコピン一発で出来る程度のものよ。
空気との摩擦で「俺のこの手が真っ赤に燃える」くらいの出力で十分なはずなのに。
まあ、千人の部隊から十人も残ったから、この人たちを鍛えるとしましょうか。
続いては防御の練習。
私と国王のパンチの連打を、十秒間だけ耐え抜けば良い。
国王は病気で弱っている為、三分以上の連続した運動は出来ないので、交代で担当したわ。
防御と言ったけど、ガードする必要はない。
盾で防いでも、防御魔法を展開しても、全部かわしても、どれでも良い。
十秒後に私たちの前に立っていれば良い、実に分かりやすいルール。
その後は、基礎体力の向上。
体に四百キロの重りを背負って、廃城から王都までマラソン。
ついでに私お手製の、一定の間隔で呼吸しないと空気が入って来ないマスクをつけてもらいます。
呼吸は人間の持っているエネルギーを活かす根源。
肺活量を鍛えれば、内なる力を限界を超えて出せるようになるからね。
途中で、低レベルのモンスターが出るけど、ついでに蹴散らしながら行きましょう。
国王なんかは、全身に闘気を纏い、回転しながら敵を粉砕しつつ走り去っているし、あれを真似たら良いだけよ。
あと、途中に川があるけど、そこも橋を使わずに渡ってね。
人食い魔魚がいるけど、それは倒して良いので。
そして、全員が脱落してしまった……、根性が無いわね。
ただ、試練はクリアー出来ていないけど、戦士職の者が一人、魔導士職の者が一人、再試験を求めて来た。
国王は、
「その根性を気に入ったわい!
オーダ司令、この者たちを存分に鍛えて、強くしてやって下され!」
と大声で笑いながら言って来た。
私も、自信なくした、辞めますという軟弱者に比べたら、鍛えがいがあって良いと思うの。
そうしている間に、国王は辞退を許されていない王子の所に歩み寄っていた。
「勇者」であるハインツと、「聖女」リリーは、どんな事態に陥っても離脱出来ない。
特訓の最中で死んだら、蘇生呪文をかけて引き戻して特訓を続ける事に決まっている。
まあ、勇者は魔王との戦いまでは死なない属性だから、何やっても死ねないけどね。
何やっても死ねないから、思う存分強化可能。
そんな王子と聖女に、国王は優しく慈悲深い言葉をかけていた。
「その顔は何だ? その目は何だ? その涙はなんだ? お前のその涙でこの世界が救えるのか?」
うん、私も言ってみたかった、実に師匠としての愛情が籠った台詞!
「みんな必死にやっているのに、挫けるとは情けないと思わないのか?」
まあ、二人しか残ってませんけどね。
「分かった、父上。俺は負けねえ! この特訓の先にある奥義に、たどり着いてみせる!」
王子が立ち上がって来た。
見ると、ぶっ倒れている聖女リリーから、神聖な気が送られていた。
それで最後の気力が振り絞れたのか、納得。
戦場でクソの役にも立たないとか、失礼な事を思ってごめんなさいね。
筋肉痛の日のトイレで、脇腹と腕がピキって肛門括約筋に力を入れたり、用を足した後の処理をする時に、ピキって上手く出来ないのを何とか出来るくらいは、クソの役に立つ事が分かって良かったわ。
でも、まだまだその力は強化してもらわないと。
「どうだ、俺は、お前の、試練に、耐え抜いたぞ……」
息も絶え絶えながら、王子が私に話しかけて来た。
馬鹿王子だけど、本当に戦闘に関しては馬鹿ではないのよねえ。
脳筋王子にしようかしら。
まあ、頑張ったご褒美を与えましょう。
「今残っている四人には、特別サービスです!
次の特訓である、岩を握り潰し、圧縮してダイヤモンドを作る事をしてもらいます!」
「は?」
「え?」
「どういう……了見だ?」
「…………(声が出ない)」
四人それぞれの反応。
「次は握力の特訓ですよ」
「待て、奥義を授けてくれるのではないのか?」
王子が抗議してくるが、私はそんな事は一言も言っていない。
「何を勘違いしているかは分かりませんが、これって基礎練習ですよ。
余りにも体力がないから、これを楽々クリアできるようにならないと先に進めません。
奥義? あるにはありますよ。
でも、貴方たちはその前に、通常火力で敵を倒すくらいにはなってもらわないといけません。
国王陛下とタイマンで互角くらいで、やっと基礎トレーニングは終了です」
その言葉を聞いた四人は、どうやら意識を失ったようだ。
聖女から発せられていた神聖な気も、ぷつっと切れてしまった。
「特訓は中止だな」
「ですね、仕方ありません」
「オーダ司令……いや、マリア嬢、ちょっと甘くないか?
やはり元婚約者だから、気を使っているのか?
そんな事はしなくても良いぞ」
「いえ、そんなつもりは毛頭ございません。
恨みも未練もなく、ただ勇者を強くしたいだけですよ。
国王陛下こそ、優しい言葉をかけてましたね。
やはり父子なのですね」
「ふん、馬鹿な息子だが、あそこで突き放すわけにもいかんじゃろうが」
こうして廃城からこちら、微動だに出来ず倒れている者たちの足に縄をかけ、王城まで引きずって帰る人外二人。
その様子を、ダンジョン内の一室で水晶で見ていた荒野の魔女が、
「これ、本人にその意図は全くないだろうけど、婚約破棄して恥をかかせた相手たちへの復讐を果たしてないかい?」
と呟いていたのを、私は後から聞くのであった。
19時にも更新します。




