人類強化計画
イスカリオ王国王都にて。
「だからお前は馬鹿王子なのだ~!」
かつてマリアとの婚約を解消した王子が、国王から制裁を受けていた。
この国の王族は、「光の魔法を操る数少ない存在」使徒、「世界に十振りしかない聖剣を扱える天命を持つ」聖騎士、「光の闘気を身に纏い戦う」神闘士、「そこに居るだけで皆を鼓舞しこの世に奇跡を起こす」聖人、そして「不死属性を無効化して魔王を倒せる存在」勇者、これらいずれかの資質を有する存在だ。
ハインツ王子は、「勇者」と「聖騎士」二つの資質を有する。
それゆえに、頭の方が多少問題あっても、誰もが王国の後継者として認めていた。
という事はつまり、現国王も何らかの奇跡の存在であり、単に加齢によって引退しているだけで、戦闘能力では王子にひけを取らない。
「父上、私は……何も……間違っては……おりめふぇ……グォハ!」
「黙れ、このアホゥが! その性根、叩き直してやるわ!」
国王シュナイデル三世は「神闘士」と「使徒」を併せ持つ。
そして、その権能を極めていた。
「上下左右斜めと刺突の九つの斬撃を同時に放つ剣技!
自分初めて見ました!」
「光の闘気を手に集中し、頭部を破壊する技!
うわあ、ハインツ様、よく生きてますねえ」
「『勇者』は相手の不死属性無効化と同時に、同じ勇者か魔王以外では戦闘では殺せないからなあ。
病気と寿命では死ぬけど、後は毒殺無効、状態異常無効、精神攻撃も無効という凄い存在。
だからといって、光魔法で剣を作り、そのまま突き刺して体内に光を送って内部から破壊する技とか、ちょっと見ている方が辛くなる。
いくらそれでは死なないからって、痛みまで無効じゃないのに、酷いですよね」
王子の側近の戦士たちが呆れている。
彼らはこう思っている。
「ぶっちゃけ、シュナイデル陛下が前線に立てば、一発で勝てるのじゃないだろうか……」
だが、国王シュナイデルには、戦士としては引退せざるを得ない事情があった。
「ぐはっ」
「ち……父上!」
「触るでない、この馬鹿息子が!
ああ、病に冒されたこの身が呪わしい。
我が身が健康でありさえすれば、三分という制限時間無しで戦えたものを……」
それを聞いた全員が、
(いや、三分あれば十分じゃね?)
と思ってしまったが、口には出していない。
「とにかくだ、ハインツよ、よく聞け!
お前は『勇者』の資質も『聖騎士』の技術も、まるで開花させておらん。
その上、戦闘はともかく馬鹿だ!
肉体も頭脳も鍛え直さねば、死んでも死にきれんわ」
皆が内心で、
(いや、貴方あと百年くらい死なない感じですが?)
と思っている。
「確かに戦闘において、未熟なのは認めます。
自分でも覚醒勇者に成れていないし、聖剣に認められず、いまだ手にしてすらおりません。
しかし、馬鹿はないでしょう、馬鹿は?
何をもって私を馬鹿だと言うのですか? 私がしている事は全て正しいのですよ!」
「だからお前は馬鹿なのだ!
戦闘においては馬鹿ではない。おのれの未熟さを理解し、何をしたら良いか朧気に掴んでいるからな。
だが、その他については、何が悪いのか分からないだけでなく、自分が正しいと思い込んでいる。
自分の悪い部分を気づかない、というかそう思いもしないっていうのは、深刻な馬鹿なんじゃぞ!」
「ですから、私の何が悪いのですか?」
「なんで、ブルジア公爵令嬢マリアとの婚約を破棄した?」
「あれが私に生意気な事ばかり言うからです」
「わしは後から知ったが、マリア嬢に『もっとまともな理由を考えろ』と言われたそうではないか!」
「ですから、私に盾突いたのが最大の悪事です」
「盾突くのと諫言との区別のつかぬか!
まあ、マリア嬢もおかしな事を言ったと聞くから、そこは一旦置いておく。
次に、民に鉄製品の供出を命じようとしたな? 何故だ?」
「そりゃ、敵と戦う武器を作る為です」
「戦士としてのそなたに聞こう。
敵は、鉄の武器で倒せる相手か?」
「いいえ? あれはミスリルとかオリハルコンの武器でないと歯が立ちません!」
「ではなぜ、武器を作る為に民から、農機具や包丁を取り上げて武器に作り直そうと考えた?」
「そりゃ戦う為に……あ! 鉄の武器をいくら作っても意味ないんだ!」
「今気づいたって表情をするな、馬鹿者が!
まだまだあるぞ。
ブルジア公に財産没収を命じようとしたな?」
「そりゃあ、大悪人のマリアを出した家ですからな」
「そのマリアが脱走した事を報告したのは誰だ?」
「ブルジア公です」
「父のブルジア公とマリアが結託しているように見えたか?」
「いいえ、公爵は何が何だか分からない感じでした」
「更に、マリア嬢がこの国に悪を働いたか?」
「私を侮辱しました」
「それは悪事じゃないじゃろうが、この馬鹿息子があ!」
思わず馬鹿王子の胃に、秒間百発の拳打を一点集中で打ち込む国王。
胃液を吐いて倒れる王子に、国王は荒い息のままで言葉を続けた。
「お前たちが、マリア嬢との婚約を破棄する事で、わしが公爵に与えた結納時の所領を返還させようとしていた事は調べがついている。
百歩譲って、それは良しとしようか。本来なら身内の反乱を招く浅慮だが、ツッコミが渋滞している今、細かい事は置いておく。
どちらかというと被害者である貴族に、全財産没収とか、シナリオに無い事を言い出したから、お前と一緒にブルジア公の権勢を削ごうとした貴族たちすらドン引きしておるわい!
流石にやり過ぎだし、マリア嬢が言ったように、展開が変わった以上臨機応変に対応せんか!」
「なにを言っているのです!
私が言った事は正しい、私の命令は絶対、だから貴族は私に従うのが筋です」
「ほお? ではなにか? お前はわしより偉いのか?」
「誰がそのような事を言いました?」
「そうだよな、わしの方が偉いよな。
ならば馬鹿息子よ、わしが後継者の座から下りろと命じたら、従うのだな?」
「いやいや、私は『勇者』と『聖騎士』、王国の後継者の座からは下りられませんよ」
「その思い上がりが一番良くない!
精神攻撃無効、洗脳も思考誘導も効かないはずなのに、どうしてこうも思考が偏った?」
「凄いでしょう!」
「呆れておるのじゃ、クソバカ息子が!
いいか、話を戻すとな、一族全てで反乱を起こしたなら全財産没収はアリじゃが、マリア嬢は父をも愚弄する形で出奔し、降りかかる火の粉は払ったかもしれないが、具体的に我々に悪事を行っておらん。
だから、婚約破棄になったから結納分を返せ、ならまだしも、全財産没収はやり過ぎだ。
他の貴族も、次は我が身かもと恐れておるぞ。
国を継ぐと言いながら、それも分からんか?」
「いやあ、勇者で聖戦士は、敵から国を守ったら良いだけですから。
正義の味方が王になるのだから、皆は感謝して私の命令に従うでしょ?」
「本当に……本当に……とんでもない馬鹿者が!
その脳を一回焼いて、再生したらマシになるかのお?」
側近たちは、時には戦闘訓練で、時には馬鹿さに呆れて、王子をしばき倒す国王を見て来た。
(散々頭部に打撃を与え続けたから、こんな残念思考になったのでは?)
と思わなくもない。
王は息を鎮めると、厳かな雰囲気を醸し出して告げる。
「ハインツよ、わしはもう長くはない。
いつこの身が病魔に敗れ、この世を去るか分からぬ身じゃ。
じゃから、お前を鍛えるべく指導者を招いた。
紹介しよう」
その声によって、一人の女性が招き入れられる。
「オーダ・ギリアム殿だ。
お前を一人前の戦士に鍛えてくれるだろう。
それだけでなく、頭の足りないお前に代わって部隊の指揮も任せようと思う」
その女性は、軍服に身を包んで凛々しいが、杖をついて足を引きずっていた。
「ああ、これは魔物との戦闘での名誉の傷だそうだ」
それを聞いたハインツが吠える。
「魔物ごときに遅れを取る女に、私を鍛える事など出来ましょうや?
そんな女、不要です。私には聖女リリーが居れば事足ります」
「今のお前では、この女性には勝てぬ。
許すゆえ、立ち合ってみよ」
王が手を上げると、群臣は左右に分かれて、スペースを作り出した。
「身の程を思い知らせてやりますよ!
おい、女! 痛い目に遭っても、しゃしゃり出た自分の責任と思え!」
そう言うと、剣を振りかぶってオーダに一撃を加えようとした。
しかし次の瞬間、持っていた剣はオーダの手にあり、王子は床に転がされていた。
「これは、とある国の剣技の一つ、無刀取りというものです。
そのような無駄な動きの技は、魔物相手ならまだしも、人相手には対処されますよ」
そう言って投げ返された剣を拾うと、王子は、
「今のは油断しただけだ。次は俺の本気を見せてやる!
死んでも後悔するなよ!」
と国王の前での言葉遣いすら忘れ、剣にエネルギーを充填し始める。
「食らえ! 四元素魔法剣!」
地・水・風・火、それぞれの魔力がこめられ、虹色に光る剣。
その剣を叩きつけようとしたその刹那、オーダの杖が軽く王子の身体を突く。
何てことはない、軽い一打。
それでも王子は膝から崩れ落ちた。
「これもとある国の武術の応用です。
必殺技は、時には自分にすら牙を剥く諸刃の剣。
その一撃の為に力を貯めたその瞬間、一点を軽く刺激すれば力が抜けて腰砕けとなる。
先ほども言いましたが、王子殿下の技は、魔物相手には良くても、人間相手には通じません。
まあ、凡百の人間なら勝てますが、相手が達人であった場合は」
座り込みながら、信じられないものを見ている表情の王子。
国王が告げた。
「分かったな?
お前は、魔王ではなく、悪の秘密結社とやらを作ったマリア嬢と戦う事になった。
相手はお前のような馬鹿ではなく、賢女と謳われたマリア嬢じゃ。
今のお前では勝てん。
この者に師事し、鍛え直すのだな!」
そう告げると、国王は退出していった。
オーダも王の後を追って下がる。
広間には、屈辱に震える王子とその部下たちだけが残された。
廊下を歩きながら、シュナイデル王はオーダと名乗る女性に話しかけた。
「これで良いかな、マリア嬢」
「ええ、ありがとうございます。
これであの馬鹿たちを、合法的に鍛える事が出来ますわ。
私の野望的に、馬鹿王子が弱いのは問題があります。
だから、敵である私の手で強化します!」
凛々しい表情の中年女性の擬態が解除され、悪の秘密結社の大首領となったはずのマリアが王と並んで歩いていた。
王はため息を吐く。
「その方も酔狂な事じゃ」
そして遠く離れたダンジョンの中で、女官長のサラが叫んでいた。
「『しばらく馬鹿のトレーニングをしてきます、探さないで下さい』って、何ですかこれは?
お嬢様、勝手にどこかに行かないで下さいよ!」
19時にも更新します。




