瞳子⑥
二度目の時、軽く飲んだ後、うちに寄る?とわたしから誘った。
彼の左手のことは、彼が言い出さなかったのでわたしも特に聞くことはしなかった。
わたしたちは一緒にテレビで総裁選の投票を見て、数年後、次の総裁選にまつわる騒動やニュースも共に眺めた。会うのを繰り返すうちに共通の記憶をあれこれと刻んだ。
けして頻繁に会うことはなかったけれど、わたしはもっと会いたいとは思わなかった。
ただこの時間がいつまでも続けばいいのにとぼんやりと願っていた。
わたしは自分の短歌に彼が登場することを隠さなくなった。たまに彼が言う。
「これ、俺?」
わたしはそういう時、大抵こう答えた。
「違うよ。キミじゃない。だけど、ちょっとだけキミ」
彼はそれを聞くとやけに嬉しそうな顔になる。
「ねえ、もう何にも書いていないの?」
「実は書いてる。短いものばかりだけどね。本当は悪魔的で天才的なものを書きたいんだけどな、ヴォネガットのような。それともコニー・ウィリスのような完璧な物語とかね。でも、今は全然その足元にも及ばないようなささやかな、よく言えば可愛らしい、我ながらちょっと拙いものしか書けない」
「書いてるの?!読ませてよ。メールで送って欲しいな」
わたしが頼むと、彼は困った顔をした。
「メールは無理。手書きでしか書けないんだ。原稿用紙に手書きっていうレトロタイプでね」
「嘘、今どき手書きなんて、びっくりなんだけど。なんで?」
「書く前に全て頭の中で完成させているんだ。じゃないと一言も書き出せなくてね。でもキーボードで打つとどうも完成させてたものを弄りたくなっておかしくなってしまう。そこが、手書きだと、そこにあるのに形になっていなかった嘘と本当の混ざったものを、ただ丁寧に実体化させる儀式みたいな感覚があって、それが好きなんだ。紙に万年筆で書いて、ぼんやりとしていたものを形にする儀式みたいな感覚」
「キミの頭の中には完璧な物語がつくられてるってことか、すごいね。それを形にするのが一種の儀式なわけね」
「こだわりを抱いている物事に対して、人にはそれぞれのやり方が、それぞれの儀式があるんだと思うよ。わかる?」
「それぞれの儀式、ね。なんとなくわかる。ね、次の時でいいから書いた作品持ってきてくれるかな。読みたい。自信作だけでいいから」
「自信作なんてないよ。それに、そういくつも書いてない」
彼は約束通り、次の時に原稿を持ってきてくれた。




