瞳子⑤
彼に疑問をぶつける。
「でも、なんで今?」
彼は照れくさそうに笑いながら言った。
「前から会えたらなとは漠然と思ってた。どこに住んでるかもよく知らないままだったし具体的ではなかったんだけどね。でも、この四月くらいに、蝶の短歌を投稿してたでしょ、あれが凄く好きで、やっぱり一度会えたらなって」
蝶の短歌……。
あれはわたしのお気に入りだった。
ふっと降りてきたような不思議な感覚で詠むことができたやつ。
わたしにしては珍しい、大人っぽい艶かしさのある短歌。
正直、そこから何を話したかあまり覚えてない。
他愛ない話題がいろいろと出てたのはなんとなく記憶にあるのだけど、わたしの頭は彼の言葉を噛み締めたくてたまらなくなっていて、早く一人になりたかった。
あの頃のわたしが勝手にこだわっていた相手が今ここにいて、わたしの短歌のファンだったと言っている現実は、不器用なわたしには分を超えていた。
びっくりするくらい会話も弾んだし楽しい時間だったのは確かだった。
初めて聞く事実にも今の彼の生身の姿にも興奮していたし、少しでも長くこの時間が続けばいいのにと思う一方で、早く一人になりたいとも思っていた。
彼と店を出る時に彼が言った「また、東京に来ることがあったら連絡してもいいかな」という言葉に出来うる限り気楽な雰囲気とあっさりとした調子で「勿論。楽しみにしてる」と答えて、彼と解散し、望み通り一人になれた。
家でわたしは彼の言葉を反芻した。何度も。




