瞳子④
わたしたちはわたしの職場の近くの居酒屋で待ち合わせた。
店はわたしが予約した。職場の同僚とも使うような気楽な店で、少し早めに店に着いて彼を待った。
久しぶりに会った彼は、昔のままとはいかないというか、こざっぱりしたザ・リーマンという感じだった。お互い仕事帰りという風情で、どこかくすぐったかった。
「元気でしたか」
「ぼちぼちです。何か頼んだ?」
「まだ。飲み物、生でいいですか?」
彼が店員さんに声をかけてくれて、つまめそうなものをお互いに見繕って注文し、軽くジョッキを合わせ、そして一息ついた。
大学卒業してからどうしていたとかの軽い近況報告をしあって、そして彼が言う。
「いきなりでびっくりした?」
「それはそう。ほとんど会話したこともないのによくわたしのことなんて覚えてたね」
彼はぐっと目尻をさげて微笑む。
「文芸部はすぐ辞めたけど卒業するまでずっと、ラピスラズリは買ってたんだよ」
ラピスラズリは部誌の名前だった。彼の唯一のエッセイが載っていたのもそれ。
「そうなんだ。そんな人いるんだ。毎号買うくらいなら何か書いたらよかったのに」
「あの時期スランプだったから何にも書けなくなっていて、それもあって部も辞めたんだ。だけど檜山さんの短歌はずっと読んでた。ファンだったからそのために買ってたようなものでね」
びっくり。思いがけないことを言われたせいでどう反応したらいいかわからない。
彼は続けて言う。
「その後も、筆名は知ってたからSNSも見ていたんだ、ずっとね。気持ち悪かったらごめん」
脳がパニクる。わたしの短歌の中には彼のことをイメージして詠んだものがいくつもあるから。
多分、彼に気づかれるほど露骨に詠んだものはなかったはずだけど。
「筆名はあの頃から変えてないから知ってる人は知ってるし、全然いいよ。大丈夫。ただキミはすぐ辞めたからわたしのことなんて覚えてるなんて思わなくてびっくりしただけ」
彼は、ジョッキに少し残っていたビールを飲み干して、言う。
「言ったでしょ、ファンだったって」
そして立ち上がって、店員を呼び止める。




