瞳子③
雪乃先輩に聞かれて、好きになりかけた人がいたと言ったのは彼のことだった。
はっきり恋だとか愛だとか言えるほどのつながりではないことはわかっていた。
そして、彼女と別れてわたしとつきあわないかと提案するほど彼を知っているつもりもなかった。
わたしの中では漠然とした靄のような恋情もどきがくすぶり、それ以外にたいした出会いもなかったことで、もやもやのまま消えずに残ってしまった。
残ったのは、特に奇跡的な出会いのせいでも、お互いが運命の相手とかでもなく、もっと現実的で、わたしがなかなか他人に興味を持てないせいでしかなかった。
わたしは、彼との唯一の接点というだけで、居心地の悪い文芸部に居座り続けた。
そして卒業して、就職して、うまく行かずにやめて、その後は塾講師をしながら相変わらず我流の短歌を詠み続けていた。
大学を卒業して何年たっただろう、ある日、SMSに1件の通知があった。
携帯会社からくらいしかSMSは来ないので、多分そこからだろうくらいの気持ちで開いてみた。
「突然のメールすみません。大学の文芸部でちょっとだけ一緒だった森崎です。今どちらでしょうか。もしよかったら会えないかと思っているので、返信もらえたら嬉しいです」
寝耳に水以上なんだけど、と思ったのがこのメールを読んだときの最初の気持ちだった。
わたしの中ではいまだに彼は特別な存在だったけれど、こんな風に接点が生じるとはまるで思ってなかった。大学時代の初っ端に部員同士で連絡先の交換をしていたし、わたしはずっと番号を変えていないから、送ろうと思えば確かにこうやって送ってくることは可能だった。
でもいつか来るかもと待つほどおめでたくはなかったので、本当に驚きしかなかった。
わたしは今住んでいるのは東京だということと簡単な近況報告をした。
どう転んでもいいなと思っていた。
返信しない選択肢はなかった。
断る理由もなかった。
彼からは、来月あたり東京に行く予定があるので良かったらその時会えませんかという返事が来た。
わたしは、仕事のスケジュール次第ですが早めに教えてもらえればなるべく都合つけますと返信し、彼から日にちの提案がなされた。
大学生の頃、わずかな会話をしただけのつながりしかないわたしたちは、ほぼ10年ぶりに会おうとしていた。
半ば現実とは思えないなという心持ちだった。




