瞳子②
起点は文芸部だった。
大学で何かサークルに入るとしたら文芸部しか考えられなかった。
高校時代からほそぼそと短歌を詠んでいたけれど、自己流だったし語りあえるような仲間がほしいなと思っていたからだ。でも、大学の文芸部は新入生のわたしが期待していたような特別な胸踊る空間ではまるでなく、正直、居心地の悪い場所だった。雪乃先輩以外、誰とも仲良くなれないような気すらしたし実際一応四年間所属してもそんな感じのままだった。
その年の文芸部の新入生は数人いて、その一人が彼だった。
第一印象は苦手だなって思った。
なんといっても彼女連れで文芸部に入ろうとする男ってなんなんだろうっていうのがまずあった。彼女は雰囲気からしても発言からみても何かを書きたいとか読みたいとかそのどちらもなさそうで、彼が入るっていうから私も文芸部に入ろうと思ったと悪びれずに言えるような子で、正直辟易したし連れて来る彼も彼だと思った。彼は小説を書いていると言っていたけれどジャンルはSFだと言うので、わたしは彼らカップルにあっさりと興味を失った。
そのままでいられたらよかったのに、新歓が行われた文芸部行きつけの居酒屋さんで、別に彼を意識していたわけでもないのに気がついたら彼を目で追っていた。
多分、きっかけはわたしの隣の子、これも新入生の男の子だったんだけどその子が気持ち悪そうにしながらお手洗いに立って、ちょっと気になって見ていたら、すっと付き添っていこうとした姿を見たからかな。あ、この人よく周囲が見える人なんだなと思った。多分、わたしと彼以外誰もその子のことに気づいてもなかったと思う。この40人くらいの集団の中で、この喧騒の中で、二人だけが気づいてるっていうのは何かの共有みたいだなって、ちらっとそんなことを感じた気がする。
最初の出会いの印象が悪い意味で強かったせいで、その時点では、だからといって大した気持ちでもなかった。わたしは隣の先輩と雑談し、ある程度愛想よくしたりしながらも居心地が悪くて早く帰りたいなとか文芸部合わないかもなとか考えながら、なんとなく彼を少し意識していたっていうくらい。足りなくなれば飲み物を頼み、誰かがビールをこぼせばおしぼりをもらいという、歓迎される側というよりもお世話係に徹している様子をぼんやりと眺めていた。
と、彼がグラスを持って隣に来た。
「何?彼女さんのところ行きなよ、彼女つまんなさそうだよ」
最初の彼との会話はこんなひどいものだった。
「いや、だってそれ以上に、一番楽しくなさそうな顔してるから」
見透かされているみたいでムカッとした。
「わたしにはキミがここで一番楽しくなさそうに見えるんだけど」
彼は言った。
「うん。それは確かに正しいね。こういう場は円滑にいけばいいと思っていて自分が楽しもうとはあまり考えてなかった。この時間が楽しい時間になるとはそもそも思わないしね」
「クールなんだね」
「クール?いや、だって…」
彼が言いかけたとき、彼女が大きな声で彼を呼び寄せた。
彼とわたしの大学時代の会話はそれが最初で最後だった。
彼はそれからすぐ文芸部をやめた。
最初で最後の彼の作品が載った文芸部発行の部誌をわたしは今でもまだ、たまに引っ張り出して読んでしまう。SFを書いていると言っていたのに載せられていたのはエッセイだった。
「門」というタイトルのエッセイ。
多分、わたしが彼に惹かれたのはあの文章のせいだと思う。




