瞳子⑫
好きという言葉は、言わなくてもいいし、わたしには必要ない言葉だと思ってきた。
それは、相手を振り向かせたい人や引き止めたい人にだけ必要な言葉で、去りたいなら去っていいし求めてくれないならいらないと考える自分には無用だとずっとそう思ってきた。
でも、愛おしいと感じたなら素直に吐き出せばよかったんだ。そんな瞬間は何度もあった。
引き止めるためでもなく縛るためでもない澄んだ綺麗な言葉が浮かんだことは、実はちゃんとあった。
でも、わたしはずっと、一度も彼から感情を伝えてもらってないということに拘って意地をはり、自分から伝えることから逃げた。
わたしは一度も口に出せなかった。
どれだけ言葉を尽くしても、人は完全にわかり合うことはないという気持ちは変わっていない。
人は孤独なものだし、言葉は嘘つきだ。
でも完全さなんてどうでもいいから、素直に、湧き出てきた感情なら臆さず伝えればよかった。
彼から言ってほしかったということのほうよりも、一度も何も伝えてなかったことのほうが今となっては虚しくて、淋しい。
だから、この儀式がわたしには必要だった。
失っても、失わないために。
一緒にいることができなくても何かを形として残すために。
自己満足だとしてもこれはわたしのほうからの、最初で最後の愛情表現の儀式だった。
彼が持ってきてくれた作品はどれも原稿用紙に万年筆で書いたものだった。
わたしはそれを全部打って自分のPCに保存していた。彼には言ってなかったけどわたしが勝手に自分のWordに保存していたこと、気づいていたんじゃないかな。
だけど、最後に届いたレターパックの作品だけは、無理だった。
クール過ぎる内容を突きつけられるのが怖くて、覚悟ができなくて、どうしても読む気持ちになれなかった。だから、あれをWord化するのは雪乃先輩に頼んだのだ。
誰の原稿か特に聞かれなかったけど、雪乃先輩は誰が書いたものかわかってなかったと思う。
彼は三ヶ月くらいしか文芸部に在籍してなかったしね。




