貝殻チョーク
「……ここには道具にできる貝なんてありませんよ」
「大丈夫。目的はアクセサリーとか鱗取りの貝刃を作ることじゃないから」
と言って、巫女さまは捨て場へズンズンと入っていってしまうんだ。ザクザク勢いよく貝を踏み割りながら。
もちろん僕も慌ててあとを追った。
「もっとゆっくり! 転んではケガをしてしまいますよ。割れた貝はとても鋭いのです」
「わかってるって——って、ふおッ‼︎」
「どうされました⁉︎」
「めっ……ちゃ磯の匂いが濃縮されてて……」
ああ、臭いのか。
「なさりたいことを仰ってくだされば、僕がやりますので」
「だから大人しくしてろって? 言ったでしょ、そういうのはダメッて。ていうか、あたしこう見えて発掘調査には慣れてるから。高校生の頃からやってたし。講義ほっぽりだして掘りまくってたし」
「わかりました。わかりましたから」
なにか自負があるのだけは伝わった。でもいまにも転びそうで……。
「ぜんぜんわかってなぁい!」
「わかりましたって。お願いですから足元には気をつけてください」
「それだよ、それっ。いってもオヒトくんの方が年下なんだからね。お姉さんであるあたしの面倒をみてるみたいな態度って、どうなのって——キャ!」
——ええい、言ったそばから! こっちを向いて歩いてるからだ。
巫女さまはズルリと足を滑らせ、後ろ倒れに。
もちろん僕が咄嗟に回り込んで支えたので、大事には至らなかったけど。
「ふぅ〜。あっぶな。助かったよオヒトくん。ありがとう」
「ケガはありませんか? 足を切ったりとか」
「うん、平気……」
いつまでも巫女さまを後ろ抱きにしているわけにもいかない。だからそっと背を押して離れてもらった。
すると向き直るなり頭を下げ、詫びてくるんだ。
「ホントごめんなさい! ずっと気をつけるように言ってくれたのに」
「いえ」
役目ですから。以前ならこのように応えていたんだろう。
でもこのとき僕は、
「これからは、あらかじめなにをされるおつもりか教えておいてもらえませんか? ご様子から、ここに心惹かれるモノがあるというのは察せています。ですが巫女さまになにかあれば、……皆が困りますので」
などと、立場を弁えないことを言ってしまったんだ。
「そうだね、言うとおりかも。あたしの考古学的な興味っていうのもあるけど、とにかくなにかしてないとソワソワしちゃって……。でもすごく反省した。これからは、ちゃんとオヒトくんに話してからにするねっ」
たぶん、似た感覚を僕は知っている。
「やはり客人として現世にいらしたばかりでは、落ち着きませんか?」
「そっか。オヒトくんも移住したんだもんね」
「ええ。だからなんとなくですが、巫女さまの気持ちもわかるつもりです。といっても中つ海の集落から来たのと、常世からではだいぶ違うでしょうけど」
いくらなんでも、さっきから僕はズケズケものを言いすぎだ。
しかしそれを巫女さまは咎めることはなく、
「だからかぁ」
なぜか納得された。
「あたしが元いた場所はね、だふん、ずっと先。貝塚に来る前に作った日時計カレンダーが何周も何周も回った先……。あたしにもどうしてこの時代にいるのかわからないの。なにか大事な理由があるのか、それとも常世の神様のお茶目なイタズラなのか、実は特別な使命でもあるのか……、ぜんぜんなの」
わからないことは不安なはずなのに、巫女さまはさっぱりした笑みをみせた。話はここまでとばかりに、迷いのない笑みを。
それから僕は言われるがまま瓶いっぱいに貝殻を集めて、運んだ。
◇
「できたー!」
まずは貝殻に延々と石を打ちつけて粉々に。
それから少しばかりの粘土と水を混ぜ、捏ねに捏ねる。
だんだんと粘りがでたところで棒状にして適当な長さに切り、最後は焼く。
そうして、
「貝殻チョークの完成!」
となった。
「この白い棒が『ちょうく』ですか?」
「そう。これ便利なんだよっ」
と巫女さまは一本を手にして、いっしょに焼いた薄くて真っ平な土器に擦りつけた。するとなるたることか——
「白い線が⁉︎」
「「「おお〜!」」」
これには、遠巻きに珍妙な目を向けていた者らもどよめく。
「う〜ん。書き心地はまぁまぁかな。ノート代わりの土器黒版だけど、別案を思いつくまではこれでいいや。いまのところ一番コスパいいし」
見物人のなかから、
「巫女さま巫女さま、これ、ワシらも作っていいですか?」
こんな声があがった。
たしかに白い線が現れたのには驚いたけど、なにに使うつもりだ?
「いいよいいよ、どんどん作って。で、なにに使うのかは……、まだ聞かないどこっ。思ったとおりになったら教えてね。ついでに土器黒板もたくさん焼いておいてもらえると助かるかも」
どちらも作り方は、僕がやったのを見ていたから大丈夫だろう。
そこまでコツがいるような難しいものでもない。童でも作れるほど簡単だ。
これで巫女さまの『ふぃいるどわあく』とやらも済み、やっと落ち着く——のかと思いきや、
「ようやく本格的人フィールドワークをはじめられるよ!」
とのこと。
この日から、巫女さまは貝殻チョークと土器黒板を手に集落の隅々まで見て聞いて、歩きまわるようになる。
その歩みはセノ海周辺に留まらず、対岸の山々を越えるまで、そう時はかからなかった。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
あと、少し読書カロリー高めになってしまい、すみません。読んでくれてめちゃくちゃ嬉しいです。
第8話へ進む前に、1話だけ転生巫女の調査ノートを閑話として挟みます。
こちら若干ハイカロリーでして、ラーメンで喩えると二郎系くらい。
ですので手軽に読みたいという方は、後半の[結論]と[巫女メモ]だけでもご覧いただけますと幸いです。
少しでも「つづきが気になる」「おもしろい」など興味をもっていただけたのなら、ぜひとも【ブクマ】【★★★★★】【レビュー】を!
ひきつづき、よろしくお願いします。




