日時計カレンダー
いつもとは違う朝日が瞼を照らす。
おかしい。僕の室は巫女さまの住まいのすぐ下にあるから、こんなに眩しく日は差さないはずなのに……。
ここまでを理解して僕は飛び起きた。
そして辺りを見回し、
「やってしまった!」
大失態だと頭を抱えるハメに。
「んん……もぉう朝っぱらからぁ……」
僕の声に、巫女さまは目を覚ました。
「なぁにぃ、やってしまったってぇ」
そしてコシコシ目を擦りながら身体を起こし、ややあって——
「ややや、やってしまったですとぉおおおーッ!」
絶叫するなり掛け布を捲ると、巫女さまは頭を突っ込むようにしてなかを覗いた。しばらくのあいだ布はもそもそ蠢く。
それを横目に、僕は恐る恐る側付きの様子を確かめた。
ふぅ……。どうやらまだ寝ているようだ。
「セェ〜フ!」
巫女さまがあげた安堵の声にヒヤリとさせられたが、側付きは未だに寝息を立てている。
しかしホッとできたのも束の間。
「もう! オヒトくんが『やってしまった』なんて言うから、あたしてっきり——」
「お、お静かに」
こうヒソヒソ声でお願いしても、巫女さまは黙ってくれない。
「いろんな意味でヤバいことしちゃったかもって、めちゃくちゃ焦ったんだからね!」
「で、ですから、僕がここにいるのを見られてはそのような誤解を招くので」
お互いに早口で捲し立てる。これがいけなかった。念のため口裏合わせをしておこうなんて欲をかかずに、さっさと立ち去ればよかったんだ。
「んん、っ、いっつつ……。頭いたっ……」
ついに側付きが目を覚ましてしまった。
ここでようやく僕の言い分を聞き入れてくれた巫女さまは、あろうことか寝起きの側付きに、
「おりゃあー!」
「み、巫女さま⁉︎ なにを——」
掛け布を被せ、
『いまだ、逃げろ』
と目配せ。
もちろんこの機に、僕は五〇段を転がり落ちるように逃げ出した。最近こんなのばっかりだ。
◇
いけない、早く巫女さまに昼食を届けなければ!
これに気づいたのはとっくに日が真上を過ぎたころで、それまで僕は自分の室にこもり、悶々と悶えていた。昨夜の己の迂闊さを悔いに悔いていたんだ。
とにかく急がねばと慌てて室を飛び出した。すると、
「……なんですか、それ?」
「オヒトくんお先ぃ」
広場に巫女さまがいた。彦や媛らと同じように地面に腰を下ろし、童らにまとわりつかれて。
ここまでは昨日の宴とさして変わらない光景で、驚きはしない。たとえ食を共にしていても。
もっといえば——
「まずは日時計カレンダーを作ろうと思って。フィールドノートをつけるのに日付は必須だもん」
またもや言っていることはさっぱりだが、そんなこともどうだっていい。
とにかく僕がおかしいと思ったのは、巫女さまの装いだ。
「てへへ、いいでしょう?」
よくない。いいわけがない。
いったい側付きはなにをやっている……って、そうか、まだ二日酔いで横になってるんだな。
「動きやすい格好にしてみたんだぁ」
だとしてもだ、飾りという飾りをすべて外し、長い髪は布で雑に束ねて、あまつさえ——
「し、下穿きを履くだなんて!」
おまけに膝から下は脛巾までぐるぐる巻き。まるで狩りに向かう彦じゃないか。
「フィールドワークするって言ったじゃん。その前のちょっとした公共事業に、軽く土木作業しなきゃだから」
「待ってください。どうして巫女さま自ら——」
「ダァメ。あたしがお願いしたことなんだから、まずあたしが手を動かさないと。それにこういうの、前から作って見たかったんだよねぇ」
……。その楽しげな口ぶりから、最後のが本音だということだけはよくわかった。
「まぁまぁ男弟どの、そんなに目くじら立てるなって。手順さえ教えてくれれば、あとはワシらでやっとくから」
火守ノ彦が宥めてくる。その傍らに立つ媛も、
「常世の知恵ってスゴイのよ。紐と棒だけで、簡単にキレイな丸が描けちゃうんだもの」
面白がって巫女さまの味方を。
というか、キレイな丸が描けるのと彦みたいな装いは関係ないと思うけど。
「お姉さん、これに興味あるならやってみる?」
「ワタシも丸を描いてみていいんですか!」
「そうじゃなくって、これを使った日時の記録」
それから巫女さまは、まず描いた丸の内側に土を盛りはじめた。
「溝でもいいんだけど、埋もれちゃうから」
と言って。
土塗れになる巫女さまの姿を目の当たりにした僕も彦らも、呆ける。だがすぐに我を取り戻し、せっせと土を手を動かした。
そして皆で盛り土を踏み固めたら、
「あとは真ん中に棒を立てて、できあがり」
さすがに残りは彦たちに任せてくれた。
もし巫女さまがケガでもされたら一大事なので、誰もがホッとした様子だ。
彦らがせっせと長い棒を引き立て、カンカン叩いて打ちつけていく。
そのさまを僕は巫女さまといっしょに眺めていた。
そしたら、さっきの媛が寄ってきて、
「これでなにがわかるんです?」
と、僕も気になっていたことを聞くんだ。
たしか巫女さまは『ひどけいかれんだあ』と言っていたけど……。
「日付けと時間だよ。とりあえず時任ノ媛の仕事は、朝昼夕、毎日この円に目印をつけること。それをつづけていくと、だいたい何月何日何時かがわかるようになるから」
「ん?」
これには媛と同じく僕も首を傾げてしまう。
「目印はなんでもいいよ。スズ竹の串が見やすいかも」
「いえ……、いまの『トキトウ』とは」
「あれぇ? ニュアンス違ってた? なんとなく他の人の役名からインスピレーション受けて『時のことは任せた』的な意味で呼んでみたんだけど」
「……とき、ですか⁇」
「そう。季節や朝昼夕の移ろい、みたいな」
「わかりました! 日の移ろいを常世では『とき』と呼ぶのですね」
「だいたい合ってる。あとで詳しく話すね。まずは一日のなかで『いつ棒の影が一番短くなるか』かを記録してってくれれば、それで他はだいたいわかるし」
ここまでを聞いて、僕は唖然とさせられた。いきなりとんでもないモノを作ったものだ、と。
でも当の巫女さまは、
「次行くよ、次。ほらオヒトくん、ボサッとしない。急がないとすぐ日が暮れちゃうんだから」
なんでもないふうに僕の手を引くんだ。
いったいこれからどこへ連れていかれるのか?
時の先、移ろいの先にはなにが待っているのか?
こんなことを考えて僕はワクワクしてしまった。
そうして次に向かった先は——
「……捨て場」
「そう。貝塚!」
屑を捨てる場所だった。




