男弟
はしゃぎ疲れた童たちを嫗が室へ連れていく。
すると宴は雰囲気は一変。彦と媛は手を取り合い、
「うっは! いったいった行った〜! オヒトくんオヒトくん、ほら、またカップルが茂みに。めちゃくちゃエッチぃよ」
それぞれ広場から離れていく。
それを見るたび巫女さまは大興奮で騒ぐ。だいぶ酔っているのかも。
これを嗜めるべき側付きはといえば、ここにはいない。酔い潰れてしまったので室へ運んでおいた。
おそらくこの失態は、夜通し巫女さまの質問責めと飲ませ上手な酒の勧めに遭ったせいだ。
もしかしたら、役目を果たそうと気を張っていたのかもしれない。
というわけで、いま僕は巫女さまと二人きり。
「ここの家族観は事前レクチャー受けてたけど、それでもこの母系社会っぷりにはカルチャーショック受けちゃうな」
「……なにかに驚かれた、ということですか?」
「ごめん。わかりづらかったね」
ところどころ独特な言い回しや知らない言葉があるが、状況と表情からなんとなくの察しはつく。
「あたしがびっくりしたのは、みんな自分の父親が誰かわからないってこと。えっと、お母さんを『母さま』って言ってたから……」
「父さまですか? でも、巫女さまの父さまはわかりますよ」
「え⁉︎ どこどこ? 娘のあたしが倒れたのにお見舞いにも来ないって、いくらなんでも薄情じゃない。まさか、いまも茂みのなかで女の子とイチャコラしてるんじゃ?」
「いえ、それはないかと」
「…………あ。そういうこと」
「はい」
もう亡くなって久しい。それは巫女さまの母さまもだ。
「儚いね」
寂しげな顔で、ポツリと。
これは孤独を感じたゆえの陰りではなく、僕には、もっと広い意味を含んでいるように見えた。しかしそれも束の間。
「まぁ、あたしはオヒトくんと、いずれはそのぉ……結婚する関係だもんね。そういうのを考えたら巫女だけ両親がハッキリしてるのも当然と言えば当然か。でもさ、聞いたよ、あたしたちは義理とはいえ幼いころから姉弟みたいに育ったって」
それは違う。ずっと僕と巫女さまには明確な境があり、役目のうえでの関わりしかなかった。
「なのにゆくゆくは夫婦って考えると、けっこう背徳感あるかも——って、違うからね。勘違いしないで。べつにオヒトくんがイヤって言ってるわけじゃないよ。ただ、そういうのはもっとお互いをよく知ってからって思ってるだけで。それとも、オヒトくんはあたしとじゃイヤ? 他に好きなコがいたり?」
少なくとも僕が口にしていいことではないか。
「場所を変えましょう」
「えっ……」
少しここに居づらいから言っただけなんだけど、どういうわけか巫女さまは腕で身を庇いつつ後退り。
かと思えば、しきりに髪を整えている。なぜそんな態度を?
「——オ、オヒトくんがそういうのに興味あるお年頃っていうのは、わからなくもないよ。あたしだって思春期男子のことはよぉ〜く理解してるつもり。だ、け、ど! だけどだけど、ちょ〜っと早くなぁい? あたしになる前のあたしとどうだったかは知らないけど、あたしからすると実質出会ったばかりなわけで……」
「涼しいので、セノ海のほとりへと思ったのですが」
なにかいけなかったのか⁇
「…………。へ、変なことしない?」
「変なこととは?」
チラリと、巫女さまの視線が僕から茂みの方へ。
「ああ。そういうことですか。まったく興味ありません」
「——ちょ! それはそれで魅力ないって言われたみたいでショック受けちゃうから!」
だったらどう応えろと……。
それから僕らは宴の席を離れ、セノ海のほとりへ。
歩いていくあいだ、ずっと巫女さまは僕の腕を掴んだり慌てて離れたりを繰り返した。
さっきまであれほど茂みの気配を面白がっていたのに、いまはそこからガサガサと音を鳴るたびビクリビクリして。
それでも巫女さまは湖畔につくなり、元の調子を取り戻した。
「キレ〜! 今夜は十六夜かな。やっぱり空気が澄んでると月がデッカい!」
「まるで汚れた空を見てきたような仰りようですね。常世ではそうなのですか?」
「どうだろ。あたしの住んでたところは、緑いっぱいのいいところだったよ」
……緑?
「んと、森のこと」
ますますわからなくなってきた。森なんてどこにでも広がっていて、多いも少ないもないのに。
「オヒトくんが聞きたいのは、それ?」
「とくにそういうのは……」
「ウソ。オヒトくんはずっと遠慮してると思う。あたしじゃなくって、前のあたしでもなくて、たぶん『巫女さま』っていう存在に」
それはそうだ。僕はそういうふうに生きてきたんだから。この集落にきてからずっと……。
それを巫女さまは悪いことのように言う。
「べつに責めてるわけじゃないの。ただ、すごく縛られてるなって」
僕は憐れまれているのか?
「ごめん。いまのは無神経だったかも。謝るから怖い顔しないで、ねっ」
「……そこまで顔に出てますか」
「ふふっ。わかりやすすぎるくらい。ウソだと思うんなら見てみたら」
言われたとおり水面を覗き込むと、そこには見慣れた僕が映っていた。だからつい、
「いつもとなにも変わりませんが」
言わなくてもいいことを。
「——ほらほらいまいま、いまの顔! あー、ここにスマホがないのが悔やまれるっ」
「……。常世の言葉は難しいです」
「スマホは……、オヒトくんが知らなくてもいいモノかな。作れるようになるまで何千年もかかるだろうし」
こう勝手に納得した巫女さまは、隣にきて膝を畳んだ。
僕も水面を覗く姿勢から、そのまま腰を下ろす。
こんなふうに並んで居るなんて、これまでなかった。だからか深く考えることもなく、
「どうして、やり方を明かしたのですか?」
疑問を口にできた。
「手品のこと? はは〜ん。その顔は『黙っておけばオカルト的な信仰を集められて支配に便利だぜ』とか考えてるやつでしょ。オヒトくん悪い子だぁ」
半分もわからない。でも揶揄われているのだけはわかった。
「これからね、あたしはみんなが知らないこと、きっと理解に時間がかかったり、もしかしたらずっと納得してもらえないことをすると思うの。だから、あたしにしかできないことをするんじゃなくて『みんなにもできることなんだよ』って伝えたかった、のかなぁ? 上手く言えないや」
フワッとしているな。その割に、巫女さまには確信めいたものがあるようにも見えるから不思議だ。
「巫女さまは、なにをなさりたいのですか?」
「とりあえずはフィールドワークかなぁ。あとのことはまだ決めてない。ここがどこで、いつなのかも不明なんだもん。それどころか、もしかしたら私の知らない異世界ってオチもあり得るし。でも、目が覚めてから割るのを失敗した土偶を見てね……、その可能性はだいぶ薄くなっちゃった」
土偶で? あんなものでなにが?
首を傾げる僕に、巫女さまは顔だけを向けた。膝に頬を預けて僕を見ている。
目が合うと、
「オヒトくんはここの人と少し違う気がする」
ここまでの話とは沿わない感想を言うんだ。
「べつにイジワルで言ったんじゃないよ。ここの人たちを貶してるわけでもなくて……、ただ、少し違うなって」
慌ててつけ添えられた言葉は、おそらくそのままの意味だろう。
「僕はこの集落の生まれではないので」
「イヤじゃなければ、聞かせて」
「以前の巫女さまは知っていたことなので」
聞かれて困ることでもない、こう断りを入れて、僕は自分の生い立ちを語った。
面白くもなんともない、ただ何者にもなれなかった童が未だに童のままでいるだけの話だ……。
「そっか。オヒトくんが住んでた集落は、大熊にやられちゃったんだね」
「もう昔のことなので。母さまの顔も父さまの顔も覚えていません。ですが、大きな影をおとす大熊の姿だけは……、いまでも忘れられずにいます」
一度でも口を開くと、あとからあとから言葉は止め処なく。
ずっと閉ざしていたから、どうやって閉ざせばいいのやらだ。
おそらく明日になれば後悔をするんだろうとわかっていても、それでもなお——
「オヒトくんは将来なにになりたいの? したいこととかある?」
「どういう意味です⁇ 僕には男弟という役目がありますよ」
「それは大事なことかもだけど、オヒトくんが決めたことじゃない。なんかないの? これだけはやってみたいとか、食べてみたい見てみたい調べてみたい、なんでもいいよ。興味あることとか、ない?」
ない。が……、
「…………強い、彦になりたい」
つい、あとから考えたら耳が熱くなるようなことまで喋ってしまった。
もしかしたら僕は、自分のことを知ってもらえたのが嬉しかったのかもしれない。とすると、ますますもって童じみているな。
話は二人して大あくびをするまでつづいた。
ただ結局、
『いつまで神降しがつづくのか?』
これだけは聞けなかった。




