常世の知恵
だいぶ腹も膨れたころ——
「うわわ〜、めっちゃ可愛い! 手首につけてるそれって、貝輪?」
遠巻きで、ずっと近寄りたそうにしていた童らに、巫女さまは声をかけた。
「んと……、かかさまがくれたー」
「へえ、そうなんだぁ。こっちにきて見せてくれる?」
「「「うん!」」」
なぜか声をかけられた童の他も元気に応え、巫女さまのもとへ。それはもう飛びつく勢いで。
「っとと。みんなヤンチャだなぁ」
それを巫女さまは嫌な顔ひとつせず受け止め、膝に乗られたり背をよじ登ろうとされたり、されるがまま。
すぐ側付きが引き剥がそうとするも、そっと「大丈夫」と断り、
「あたしも作ってみたことあるけど、かなり大変だったぁ。コツコツやってもイイ感じにできたところで割れちゃったりしてさ」
童たちそれぞれに話しかける。
「ねっ、みんなのお名前を教えて」
「「「おなまえ⁇ ……ってなぁに?」」」
童に呼び名がないなんて当たり前のことなのに、
「名前がない、か。たしかに子供の生存率も低そうだもんね……」
巫女さまはひどく痛ましい顔をした。だがそれも一瞬だけ。
「でっ、キミはいくつ?」
「いくつぅ⁇」
「え、自分の年齢もあやふや⁉︎ ってことは!」
バッと顔をあげるなり僕の方を見て——
「オヒトくん、いまいくつ! 歳っ、生まれてから何年経った?」
問われているところがわからない。
「……なんてこったい。身長的にあたしの方が年上っぽいけど、成長期の女子と男子だとそれだけじゃ比べられないからなぁ」
「そこまで驚くことですか?」
「まぁ、こっちの事情だけどね。とっても倫理的なやつ」
深刻な顔をしたり恥ずかしそうにしたり、巫女さまの表情はコロコロ変わる。ますますもって謎だ。
「それはそれとして」
気持ちの切り替えも早いようで、
「みんなには貝輪を見せてもらったお礼をしなくっちゃ」
「「「なになに〜!」」」
「では、巫女のチカラをご覧あれ」
こんなふうに勿体つけると、一人の童の両手首を持つ。
「もう少し高く。そうそう、そこ。そのまま伸ばしといてね」
「……ん?」
首を傾げる童の手の位置をなんども整え、肩の高さに。
「右と左、じゃわかんないかな。ええと、こっちの手とこっちの手、どっちがいい?」
「んと、こっちぃ」
童は右手を選ぶ。
すると巫女さまはその手を開くように言い、つづけて指先で焼き石に残った肉の焦げに触れると、童の開いた右手のひらに塗りつけた。
「ぬりぬりぬりっと。さぁ握って。これからお肉の焦げ焦げを、こっちから反対側に移しまぁす。みんなは、あたしがズルしないようよっく見張っててね」
なにを言い出すのかと思えば……。そんなことできっこない。
「グッと、もっと強く」
「ふぬぬぬぬぅ」
「おお! すっごく固そうなグー。これでもう、あたしはなぁんにもできませぇん。できないよね?」
「「「できなーい」」」
「でもね」
こう一つ間をおき、童の小さな握り拳の端をツンと突つく。するとなんたることか——
「え、うそ」
「「「うわぁああ、なんでなんでなんでー‼︎」
右手につけたはずの焦げが、左手に移っていたんだ。
「「「みこさま、すっごーい!」」」
「「「もっかいもっかーい」」」
童たちの騒ぎっぷりにつられて、彦や媛らも寄ってきた。もちろんズケズケと間近まで来ることはしないが。
「じゃあもう一回だけだよ。あたしの巫女パワーも無限じゃないから、次で最後。だから絶対に見逃さないように」
嘘だ。必ずなにか仕掛けがあるはず。
いったいいつだ。両手の高さを整えたときか? いいや違う。そのときはまだ右か左かは決まってない。そもそも左右を決めたのは童だ。
となると、握り拳に触れたとき……というのもおかしい話になってしまうか。
うんうん唸る僕に気づいたのか、巫女さまはクスリとイタズラっぽい笑みを向けてきた。
不思議とイヤな気はしない。でもこれで、なにかしているのはハッキリした。
「むむむっ、富士山パワーを集めて集めてぇ……。ほらほら、みんなもお祈りして。もっともっと、ぜんぜんパワーが足りなぁい」
なんだか、だんだんと胡散臭さが増していってるぞ。さっきは『巫女ぱわあ』と言っていなかったか?
なんていう僕の疑いの眼差しなんて巫女さまは気にもせず、
「はい、反対側の手に移った」
と宣言。
そして力いっぱい握っていた童の手はゆっくりと開かれ、その小さな手のひらの真ん中には、やはり黒い焦げが塗られていた。
「威だ、これは霊威だ!」
「「「うぉおおおーう!」」」
未だにどうやったのかわからないのが悔しい。だけど、こんなふうに思うのは僕だけみたいで——
「いんや。巫女さまな神降しされたんだから、神威だろがい!」
「ヌシの言うとおりだな!」
「喜べ! ワシらの集落に、神降しの巫女さまがおわすぞぉおおおお〜い!」
「よっしゃ酒だ酒っ。祝うぞ!」
「「「おおーう!」」」
他の彦や媛らにとっては『巫女さまスゴイ』で済ましてしまえることらしい。皆、ここぞとばかりに新たな酒のサカナで一杯やろうとしている。
それを巫女さまは、
「——待って待って、みんな待ってってば!」
止めた。
「「「ん?」」」
「こんなの手品だから。えっと『かむいつ』だっけ? そういう不思議パワーじゃないし」
「「「てじな……、とは?」」」
神威のままにしておいてもいいのに……。
巫女さまが司るのは祭祀だけだなく、政において大きく意見が割れたときの調停。
だから、いまの『てじな』とやらを神威だと偽っても誰も困らない。むしろお役目にはその方が好都合だ。
「先にタネ明かしをしちゃうと『なぁんだ』で終わっちゃうから、その前に重要なことを話しておくね」
誰もが次の言葉を待つなか、巫女さまは声を張りつつも、伝えたい一つ一つを丁寧に紡いでいく。
「まず、いまの手品はやり方さえ知っていれば誰でもできること。だって種も仕掛けもあるんだから。ここまではいいかな?」
ゆっくりと広場を見渡して皆の理解を確かめ、つづけた。
「あたしが伝える『常世の知恵』も同じ。だからね、世の中には説明できない不思議もいっぱいあるけど、それでもあたしが話すことは、ほとんどが誰でもマネできることなんだって思ってほしいの。たとえばさっきの手品だって」
と、ここで、
「オヒトくん、ちょっときて」
お呼びがかかる。
手招きされたので言われるがまま前に立つと、
「耳貸して」
巫女さまは僕の肩に触れ、耳元へ口を寄せた。
「あのね」
コソコソっと耳打ちされたのが、くすぐったい。
「あれれ、もしかしてオヒトくん耳弱い?」
「……べつに。つづけてください」
聞いてみれば、たしかに『なぁんだ』となるような仕掛けだった。
僕になにをさせたいのかは、ここまでの流れからもだいたい想像がつく。
「ではこれよりっ、世紀の奇術師オヒトくんによるスペシャルイリュ〜ジョン!」
ほらやっぱりだ。
なにを言ってるのかはさっぱりなのに、なんとなく巫女さまの意図がわかってしまうのはなぜなんだろう。
このあと、僕は集落の全員が納得するまで手品をつづけるハメに……。
なぜかといえば、みんな自力で解きたいと言い出したからだ。耳打ちされただけの僕にでできたんだから見ていればわかるはず、と。
なかにはすぐ解き明かす勘のいい者もいた。彦にも媛にも童にも。しかし誰もが黙っている。
タネに気づいたのなら喋ってしまえばいいものを。せめて、てじな役を僕と代わってくれ。
もしや、はじめからこうなるとわかっていて僕に手品のタネを教えたのでは?
そんな恨みがましい目を向けると、巫女さまは片目をパチリと瞑り、僕の不満を消し去った。




