宴
「——宴っ⁉︎ 出る出る、出るに決まってる! 古代メシめちゃくちゃ気になるし、もちろん参加で」
これから宴があるのですが、と僕が切り出した途端、巫女さまは返事を被せる勢い。
「あっ、あとあとあたし中身二〇歳だから。呑んでも平気だからお酒も振る舞ってねっ。ソバツキさんも参加でいいでしょ?」
いちおうの了承を求められた側付きの応えは、短く控えめなため息のみだ。
「んん〜。でもやっぱり、急に様子が変わったら悪いモノが憑いたみたく思われちゃうかなぁ?」
「そこまでわかっておられるのなら——」
「やだ、行く」
「ハァ〜……」
こんどは露骨に。
しかし驚いた。あの冷淡な側付きがたじたじだなんて。
いったい巫女さまが目を覚まされてから僕が室を訪れるまでにどんなやり取りがあったのやら……。
「どうしたのです? 男弟どの」
側付きから投げかけられた不機嫌な声の正体が、不躾な視線を咎めるものなのか巫女さまの説得を手伝えと促されたものなのか、僕には判別できない。
だからか考えなしに、
「よろしいのではないでしょうか」
僕らしくないことを言ってしまった。
童たちとは『巫女さまを連れてくる』なんて約束はしていない。だから聞くだけでよかったのに。
「巫女さまには、くれぐれも言動に注意していただくということで。もしものときは側付きが口添えしたらよいのでは?」
「あれれ、もしかしてあたしってぜんぜん信頼されてない?」
信頼どころか……。
「ふぅん。あたしとオヒトくんはそういう関係性だったのかぁ」
ドキリとさせられた。
「なぁるほど。これは考察しがいがありますなぁ」
「巫女さま。それです、それ」
「どれ?」
「心の内を見透かしたような発言は、相手を不安にさせます」
「そう? けっこう巫女っぽいと思うけど。それにソバツキさんとも、こういうコミュニケーションをしたからこそ仲良くなれたんでしょ」
よくわかった。おそらく巫女さまは、こうやって一夜のうちに側付きを懐柔したんだ。
「そんなに警戒しないでよ。ていうか、ここの人はほぼ嘘のない言語コミュニケーションばっかりなのかな? それは穏やかでいいことなんだけど、二人とも顔に出すぎ。わかりやすすぎるって。見た感じ、身分高めなあたしの部屋にも鏡がないし、みんな自分の顔も見たことないんじゃない?」
「ありますよ。水面に映りますから」
なんだかバカにされたような気がして、つい、強い口調で言ってしまった。
「——ごめん、そういうつもりはなかったの。でも、さっきの言い方はよくなかったね。反省」
詫びてなお、しゅんと項垂れる巫女さまを見て、僕はすごく悪いことをした気分になった。
「あの、そのええと……そこまでではない! と思うので、ですから気になさらずに」
「てへへっ。オヒトくんは優しいなぁ」
「違っ、僕はただっ。……いえ、なにも。では巫女さまが宴にいらっしゃると伝えてきます」
早口に言って、また逃げるように室をあとにした。
◇
広場の中央には、石と薪を交互に重ね合わせた小山があった。それは煌々と燃え、あたりを淡く照らしている。
同じ火なのに昨夜の篝火とはまったく違って、こちらに厳かさはない。
だんだん赤くなっていく焼き石を見ていたら、その上でジュウジュウと煙をあげる肉を想像してしまい、腹が鳴った。
炎の小山を囲うかたちでいくつもの土器が焚き火にかけられ、そこからふわりと漂ってくる甘い香りは、余計に僕をそわそわさせる。
それらを見下ろす位置——祀りの祭壇があった場所に、巫女さまの席は設けられていた。
「想像以上にワイルドだね!」
さっそくというか思ったとおりというか、巫女さまは高杯に並ぶ肉や魚を前にして興奮を露わに。
「あっちのはスープ? いや、蒸し料理か。深鉢土器から湯気がたってるし。——あれ⁉︎ ていうか上に乗ってるのって籠ッ⁇」
「こほんっ」
「うっは! 重要文化財レベルの注口土器で一杯勧められるなんてホント贅沢ぅ。それにこっちの器! もう『縄目模様の土器にドッキドキィ』なんつって〜」
……。飲む前から酔っ払っているのだろうか。
どうやら隣からの咳払いくらいでは止まらないようで、巫女さまは構わず常世の言葉を捲し立てる。
だからか側付きは酒を注ぎつつ、
「巫女さま」
強めの口調で嗜めた。
しかし巫女さまも考えなしではないようで、
「みんな揃っていただきますって雰囲気でもないし、平気へいき。誰も聞いてないって。ぜんぜん近寄ってくる気配ないし」
周りをよく見たうえでの言動とのこと。
彦らは火起こしの傍ら酒を飲んでは炒った木の実を齧り、媛らも煮炊きの合間に果実を摘む。
そこへ童らも手伝う素振りで近寄り、どちらもせしめていく。
宴は支度からこんな様子。だから気にする必要ないと巫女さまは言っているわけだ。
「僕が思うに、皆は、どう接していいのかわからないのではないかと」
「それあるかも。ねぇソバツキさん、そもそもあたしって、これまでこういう宴会には参加してなかったんでしょ?」
「はい。祭祀を司ることこそ御身の本分ですので」
当たり前の確認をした巫女さまは、すぐ別のことに興味を向けたようだ。そして、なぜか難しい顔をみせる。
僕が「なにか?」と訊ねたら、
「ちょっといろいろな辻褄が合わなくなっちゃって……」
と、浮かれる彦や媛らを見渡したり、器に盛られた肉や魚に目を向けたり、フシの大山を遠く眺めたり。
巫女さまの視線はさんざん彷徨った末に、最後は僕——というか僕の衣をジーっと。
「……うん。ちゃんとしたフィールドワークもまだだし、とりあえずは後回しでもいっか。そんなことより古代メシがさきさき〜っ♪」
ここで、熱々の石が運ばれてきた。
「触れてはなりませんよ」
「それくらいわかってますってば。このヘラっぽいので焼いたらいいの? おお、これ鹿角じゃん! ていうかスズ竹の串もあるのかぁ」
「そこの媛、巫女さまに肉を焼いてさしあげて」
「はい」
「お魚もねぇ」
焼け石を運んできた媛は、好き勝手に喋る巫女さまを不思議がることなく、優しげに頬を綻ばせた。
よくよく考えてみれば、皆は祀りのときの巫女さましか知らないんだ。だったらどんな言動をしていても不思議には思わないか。変わる前を知らないんだから。
なまじ関わりがある僕や常に世話している側付きとは、見え方が違うんだろう。
それに加えて『神降しをなされた』と伝えておいたのも利いているのかもしれない。
巫女さまはこんがりと焼けていく肉を見つめ、
「まだ?」
「もう少しですよ」
パラリパラリと塩が振られるのを見ては、
「すごっ、大粒っ。けっこうコッテリいくねぇ」
爛々と瞳を輝かせる。まるで童だ。
「もういいでしょ?」
「はい。どうぞ」
「ではでは遠慮なく。古代メシ、実食っ!」
焼けた鹿肉に串を刺し、口許へ運ぶなり一気にガブリと。
「——んんん〜〜〜〜ッ‼︎」
なんどもハフハフしながら飲み込んだ。
「あっつつ。でも美味っ! けど熱っ! 舌ちょっと火傷しちゃったぁ。でも、ぐわわぁ〜ってジビエ感が襲ってきて、歯向かってくる噛みごたえも最っ高!」
「他もお持ちしてよろしいですか?」
「うん! お願いしまぁす」
次を待つあいだ側付きがヘラを握るも、巫女さまはすぐさまそれを取り上げ、
「網奉行のあたしを差し置くなんて、そりゃあないってば。たとえ網焼きじゃなく石焼きでも譲るつもりないから」
謎の主張をしてテキパキと肉を焼いていく。
「こんなふうにね、片面カリッカリに焼けてて、でも内側ジューシーなのがポイント。これでこその焼き肉だから。はいどうぞ」
と、串に刺してよこされた肉に、僕も側付きも齧りつく。すると、
「美味しい? 美味しいよねぇ? めっちゃ自信あるんだけど、……どう?」
まだ飲み込んでもいないのに、巫女さまは急かしてくるんだ。
そんなに不安と期待を混ぜた目で見つめられると食べづらい、というか、味がわからなくなっちゃうよ。
そんな僕より先んじて、側付きが「——これは!」と感嘆の声をあげ、
「美味しい?」
「はい。焼いただけなのに、まるきりの別物です。なにが違うのか……、不思議です。これが常世の知恵なのですね」
ひとり納得した。
その様子に巫女さまは満更でもない表情を浮かべ、でもそれだけでは飽き足らず僕にも応えを求めた。
「お、美味しかったですよ」
「なにそれぇ。微妙なときのやつじゃん」
と言われても……。
困る僕に巫女さまは、
「はい、やり直しっ」
また焼きたて肉の串を渡してきた。
これってもしや僕が巫女を納得させるまでつづくのでは?
そんな予感は、次々と運ばれてきた蒸した貝や栗、トチの団子などによりなかったことに。
ただ、巫女さまは並ぶ品々をひととおり眺めて、
「やっぱり米は……ないっぽいね」
ポツリとつぶやいた。




