巫女さまレポート③
推定「憑依転生現象」当該地における年代確定および今後の方針策定ノート
調査対象:
由比における伝聞情報、御坂山地・古関周辺崖地における地層調査
調査目的:
由比滞在時に得られた証言と、御坂山地における地層調査の結果を統合し、当地における年代を確定する。
あわせて、確定した年代を踏まえた今後の対応方針を記す。
調査者:
巫女/私立F大学 文学部考古学専攻2年 柵山さくら
調査期間:
由比滞在から御坂山地調査完了まで
調査地:
由比(駿河湾沿岸)/御坂山地(古関周辺崖地、および周辺山中複数地点)
1.証言記録(由比にて)
日向出身の男性からの聞き取りにより、当地が「地揺れの多い土地」であること、また「海が屁をこく」現象がたびたび起こることを確認。
当人はこれを笑い話として語っており、危険性への自覚は一切ない様子だった。
当該証言は、カルデラ噴火に先行する群発地震および海底からの脱ガス現象と、地質学的に矛盾しない内容である。
また、過去の大規模噴火や津波に関する伝承は一切確認できなかった。
これは当地における巨大噴火が「まだ起こっていない」ことの、間接的だが重要な傍証となる。
2.地層調査(御坂山地にて)
露頭した地層の複数箇所を対象に色調変化を確認したが、アカホヤ層の特徴である、鬼界カルデラ噴火に由来する火山灰層やガラス質を含む淡黄褐色または橙色の層は一切確認できず。
崖地以外の山中複数地点でも試掘を実施したが、結果は同様。複数地点複数手法による確認であり、見落としの可能性は低いと判断する。
3.年代確定
検証:
レポート①にて示した「致命的な、ねじれ」について。
物質文化からは縄文後期から弥生相当(仮説A)と、地形・地質からは前期相当(仮説B)という矛盾は以下のとおり更新する。
アカホヤ層が未検出であるという事実は、当地が地質学的に「鬼界カルデラ噴火以前」であることを強く裏付ける。
すなわち仮説B(およそBC5000年代)が支持される。
したがって、仮説Aが示していた「縄文後期から弥生相当の高度な物質文化」は、年代の誤認ではなく、この年代にしては明らかに不自然な水準の文明が存在している。または存在していたという考古学的新発見として再解釈しなければならない。
結論:
当地は、地質学的にはBC5300年前後でありながら、物質文化・ヒメヒコ制・繊維技術等において、本来この年代には存在し得ない域に達している。
前回レポートでは「とりあえず縄文中期ってことで」と締めた。
訂正する。中期どころではない。前期の終わりに後期以上のものが紛れ込んだ、誤差では済まされない異常そのものだ。
これが推定憑依転生当該地に起因するものか、未発見ゆえの考古学的定説のズレなのか。調査者自身が確かめる方法は、おそらくない。
4.火山活動の見通しについて
鬼界カルデラの正確な噴火時期は特定できず。これは調査者の専門が考古学であり、地質学ではないためである。加えて技術的な困難もある。
由比で得た証言(地揺れ、海からの脱ガス)が前兆現象である可能性は高いと考えるが、あと何年後かの確定は困難。
しかし小規模な噴火や海水温の上昇などの証言はなかったので、少なくとも来年いきなりとは考えづらい。
とはいえ悠長に構える余裕はなし、というのが調査者の判断である。
5.全体所感
新たな方針は『鬼界カルデラ噴火の被災者を避難させる』となった。
しかし、一つの集落内における「乳児・幼児の生存率向上」という比較的穏やかな介入とは、あまりに規模が違う。間違いなく人類史を狂わせる。
その業を今更ながら自覚した。そもそも大それた話なのだ。
推定人口はかなり議論の分かれるところではあるが、仮に現在の日本列島に10万の住人がいるとして、そのうちの何割と関われば事を成せるのか。
被災者を避難させて済む話ではない。
移住地を用意しなくてはならず、かつ鬼界カルデラ噴火後は多くの地域で植生に影響が出る。
半定住の狩猟採取では賄いきれないのは明らかだ。
かといって、明日から農耕をはじめても間に合うかどうか。
回を重ねるたびに、レポートの体裁を保てなくなってきている。
遠い未来、もし本書を発掘された研究者がいたなら、ぜひとも調査者の苦悩に想いを馳せていただきたい。
[巫女メモ]
まずは集落の全員が冬を越すことに注力する。これに変わりはない。
そして春には、甲府から諏訪を経由して糸魚川まで。そこから日本海を南下して、九州を目指す!
太平洋側は難所が多すぎるので却下した。
たとえ日向の人たちが鬼界カルデラ噴火の警告を受けても「はいそうですか」と頷くとは思えない。
でも絶対ないとは言い切れないし、一刻も早く危険を知らせたい。もしかしたら、予兆が現れた段階で避難してくれる可能性だってある。
由比まで交易に来ていた日向の人は、ここから北上して、おそらく函館に寄ってから日本海側を帰るはず。来年中に九州に戻るのかも微妙なところ。
途中どこかに住み着くかもしれないし、万が一が起こることもあり得る。
となると、彼を計算に入れない方がいい。
でも今後も南方から交易にきた人に、噴火の警告だけは継続しよう。
では、日本海沿岸を南下するとして具体的にどうするのかだけど、途中の島や海岸伝いに進むしかない。
海流に乗れない丸木舟では、これが限界。
いっそのこと船をつくってみるか? とも考えたけど、技術の蓄積がない当地では、いたずらに時間を浪費して終わるだろう。
もし作れるとしたら小早船くらいか。
大きめに作り、帆をしっかりしたものにすれば、もしかしたら。
海難を考えなくていい陸路もあるが、それはそれで半年、いや一年とみるのも楽観的すぎる。
とてもじゃないけど、あたしの知識では算出できない。できたとしても、イレギュラーがありすぎて計算が合う気がしない。
糸魚川までの道のりを確保するのと、舟を作れるようになって、のちのちの食料生産まで含めて考えると、300人から500人は必須。
もっといえば大勢の避難を考えたとき、陸路は欠かせず、それを強制的にさせるとなると途方もない人手が必要になる。
もうめげそう。だけど、打てる手はぜんぶ打たなければ。
思いつく範囲で試算した結果、少なくとも富士山近郊を治めないと必要最低限の人数にすら届かない、となった。
だから春には動く。中つ海に残る集落、ウツ海の集落すべて、あとは富士山南麓から駿河湾沿岸まで。静岡と山梨を足して二で割ったくらいの支配地域にすることにした。
そうなれば、避難してきた人が落ち着くまでお世話もできる。
となるとやっぱり国ってカタチになるのかな。
共同体としての認識と象徴がないと、短期間でまとまるなんてできない。
大義名分は、フシの地に常世の知恵をもたらすこと。その統治は巫女が行う。よってフシノイツキの国とする、みたいな感じで。
以上を成すための方針は『犠牲は極力ゼロ』これ絶対!
これが叶うんなら、後世の歴史家にどれほど性悪な為政者がいたと書かれることになっても気にしない。なんだってやってやるんだ。
ていうか残らないか。だってここは場所が場所だし、7300年も昔なんだから。
とにかく焦っちゃダメ。今は力を蓄えないと。
その手始めとして、まずは冬のあいだに例のアレの開発しよう。人類の脳をドーパミンドパドパにする究極の侵略兵器を。




