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BC5xxx年、超古代文明は富士の地にあった……てか興した  作者: 枝垂みかん
第一章

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27/31

アカホヤ


 翌朝、僕らはユヒの津を出た。

 あまり交易はできず、運んできた品をほとんど持ち帰るかたちで。


 行きは流れを利用できた川も、遡るときは舟を川岸から引かなくてはならない。

 もちろん僕も手伝ったけど、巫女さまが余裕のない顔で縄を引く姿は見ていられなかった。

 どれだけ止めてもムダで、


「いまはなにかしてないと、ちょっとムリかも。ごめん。邪魔にならないように気をつけるから、お願い」


 こう言われてしまったら断ることもできず……。

 僕が近くで大きな怪我だけはしないように見ておくことで、彦らを安心させた。


 そうして長い長い川登りの末に集落まで戻った。

 だが、巫女さまが留まることはせず、


「カワタビさん。申し訳ないんだけど」


 いますぐセノ海を渡ると言い出したんだ。

 ダメなら一人でも行きかねない勢いだったので、僕は手を掴み、


「どこへ向かうつもりですか」


 強めに引き止めた。


「古関。その手前の崖まで。悪いけどオヒトくん、一刻を争うの! ぜんぜん手遅れかもしれないし思い違いかもしれない。けど、確かめておかないと! じゃないとあたしは絶対に後悔する。だから……手を」

「わかりました」

「え? だから放してって」


 僕は巫女さまを水辺の舟に乗せた。

 そこで手を放し、力いっぱい舟を押す。本来なら僕一人の力ではびくともしない。でもコロという知恵のおかげで、舟は滑るように、セノ海に浮かんだ。


「今日はショウジまでです。夜の山は危ない。それに『ちそう』でしたか、崖の色の違いを見たいのでしょう? であれば、いまから向かっても大事なことを見落としてしまいますよ」

「……うん。そうかも。オヒトくんの言うとおりだね」


 落ち着いたふうに喋るが、でもまだだ。


「僕が漕ぐので櫓を渡してください」

「あたしも——」

「その手でですか?」


 ようやく自分の手が血塗れだと気づいたようだ。


「怪我をしたらすぐに湯冷しで洗えと教えたのは、巫女さまですよ。そのあと清潔な布を当てろと教えたのも」

「……ごめん」

「いえ。謝ることではありません。ショウジに着いたら『しみるしみる!』と、涙目になってもらいますので」


 こくっと頷いたあと、巫女さまは自分の手とばかりを見ていた。



「眠れませんでしたか?」

「……平気」


 次の日、あとから追いかけてきた山辺ノ彦らも連れて、僕らは巫女さまが気にされている崖へ向かった。


「なにか不便があれば言ってください」

「……うん」


 巫女さまの両手には、布をこれでもかとグルグル巻き。

 調査ができないと言い張っていたけど、こればかりは僕が譲らなかったんだ。


 それぞれに堀り棒と石鍬を持ち、いつもとは違う雰囲気でミサカの山々を進んでいく。


 そして陽が昇りきる前に、崖に着いた。

 しばらく下から眺めていた巫女さまだったが「こんどは上から」とムチャを言い出す。


「いくらなんでも——」

「木に括りつけた縄を降りてくだけだし。あたしじゃないとアカホヤは見分けつかないでしょ」

「アカホヤ?」


 山辺ノ彦が訳してくれと振ってくるんだけど、僕も聞いたことない言葉は理解のしようがない。


「火山灰によってできた地層で、ガラス質を含んだ淡い黄褐色からオレンジ色というのが特徴。ね、ぜんぜん意味わかんないよね。だからお願い!」

「その手でですか?」

「腰に命綱も巻くから!」


 よほど大切なことなのだろう。それはひしひしと伝わってくる。いまだけじゃなく、ユヒの津を出て以降ずっとだ……。


「わかりました。巫女さまが落ちたら僕が下で受け止めます」

「——そんな! いくら女子の体重でも怪我じゃ済まないって」

「でしたら落ちないように気をつけてください」

「……うん。気をつける」


 それから皆は僕を崖下に残し、上まで迂回。

 ややあって、巫女さまが縄を掴んで崖を降りてきた。

 地層——土の色な差を食い入るように見ながら、ゆっくりと。

 力尽きる前に崖上へ戻り、腕を休めたらまた再び。

 なんどもなんども繰り返し……。


「ホント申し訳ないんだけど、まだ付き合ってもらってもいいかな」


 こんどは山中を移動して穴を掘った。

 腰ほどの深さの穴を、いくつもいくつも、あちこちに。

 そのすべてに巫女さまは自ら入り、しばらく調べたのち、まいど深刻な顔をみせた。そのたびに陰りは増していく。


 ここまでくれば、僕らにも『本来あるべきものが見つからない』ということくらいは理解できた。


 そろそろ陽暮れ。


「……帰ろっか」


 そう言ったのに、なおも巫女さまの足は進まず。ただただ赤焼けに染まるフシの大山を悲しげな目で眺めてたまま。

 あまりの様子を見かねた山辺ノ彦らは、


「男弟どの」


 僕に任せて離れた場所へ。


 巫女さまへの気遣いなんだろうけど、僕はいったいどう声をかけていいのやらだ。

 巫女さまの背は拒むでもなく、でも躊躇わせる雰囲気を醸している。


「フシの大山がなにか?」

「ここじゃないの」

「では、ヒムカの州ですか」


 こう聞いて、ようやく僕の方を向いてくれた。


「もう少し南の沖合い」

「そこに『火の柱が立つ』という話でしたね」

「……うん」

「海にはたくさんの水がありますが」

「消えないよ。海の上を噴き出したマグマが流れるの。その溶岩は南九州を壊滅させて、噴火に伴う津波は西日本沿岸を襲う」


 抜け落ちた表情で淡々と、過去の出来事を語るように。

 しかし巫女さまが話しているのは、これから起こることで……ん? ではなぜここを掘った⁉︎


「届くよ、噴煙はここまで届く。んーん、もっともっと北まで。たぶん一〇日くらい太陽が隠れて暗い日がつづく。そのあいだずっと火山灰が降り注ぐ」


 だからか。

 にわかには信じられない話だが、他でもない巫女さまの口から聞かされたのだから……。


「信じられないよね。あたしだって信じたくないよ。はっきりいついつとは言い切れないけど、でもこの先、必ず起こる大災害ってことだけは確か」

「でしたら、逃げる支度をしなければなりませんね——」

「これから被災する人たちを見捨てて⁉︎」


 やはり巫女さまは優しいな。会ったこともないヒムカの州の住人を案じているんだ。


「あ、違くて、ごめんっ。大きな声だしちゃって。オヒトくんは悪くないのに」


 僕らのことも。


「あの、とりあえずは安心して。富士山近郊にも火山灰は振るけど、住めなくなるほどじゃないから」

「……巫女さま」

「はい!」


 いけない。分を弁えないことを言おうとしたから声が強張ってしまった。

 改めて喉を整え、僕は疑問を口にする。


「教えてやればよいのでは?」

「……は⁇」

「ですから、フシの地からヒムカの州までの者らに『海から火柱が立ち大変なことになるぞ』と」

「いやいやいやいや、いくなんでもめちゃくちゃ言いすぎ! どうやって行くの! 歩いて? 丸木舟で? そもそも話してどうなるっていうの。信じてもらえるわけないじゃん。オヒトくんも見たでしょ、由比の港で会った日向のお兄さんの反応を」


 たしかにまるで信じていなかった。だが、それがなんだと言うのだ。


「では、力尽くで連れてくればいいのでは?」

「……あのさぁ、この時代に、縄文前期(・・)にどれだけの人がいると思ってるの? いくつ集落があるか想像つく?」

「僕にわかるわけないじゃないですか」

「だったら——」

「ご存知なのでしょう?」


 だからこそ苛まれているんだ。

 僕が行ったことも見たことない土地を、そこに生きる者らの暮らしぶりを、巫女さまは知っている。だからこそ悩み、苦しんでいる。


「あたし、ただの学生で、説得なんてできそうにないし……」

「巫女さま」

「……なに」

「巫女さまは、どうなさりたいのですか」


 本当に言ってもいいの? そんな顔をされた。

 だから僕は強く頷く。


「……助けられるなら、助けたい」

「ではそうしましょう」

「そんな簡単に言わないで‼︎ わかってるの、それがどういう意味か!」

「もちろんです。巫女さまの『フィールドワーク』がヒムカの州まで広がるのでしょう」

「——ッ。そんな単純な話じゃないってば! オヒトくんだけじゃなくて、集落のみんなも巻き込んで、乱暴なこともしなきゃいけないかもしれなくて、それでも助けられないかもしれなくて!」


 おそらく巫女さまは、無理強いを好まれないのだろう。そのくせ僕にはあれこれ構ってくるけど。


「助けるのは善いことです」

「……だから?」

「無理強いが嫌ならば、喜んで従うようになさればよいかと」

「そんなことあたしに——」

「できます」

「できな——」

「できる! やるのです! この冬に一人の童も死なせないと言ったのは巫女さまで、そのために皆は汗を流しています。ですから、もうできていますよ。あとは、それがセノ海からもっと外へ向かうだけだ」


 と、僕なりにムチャを言った自覚はある。だけど本心だ。正直、慰めのつもりも多少はあった。

 だというのに巫女さまは、すごく恨めしい目つきで、


「恨むからねっ」


 と、本当に恨まれてしまった。


「あぁあ〜、楽しい縄文スローライフもここまでかぁ」

「事のあとにゆっくりされたらよいのでは」

「だねぇ。あとあと後味悪くならないのように、なるべく穏便にやらないと。はぁ〜あ……、さすがに無理ゲーすぎるって」

「ですが巫女さまにしか為し得ません」

「まったくぅ。いつからそんなに口が上手くなったのさ、ホントもう。いぃい、オヒトくんには最後の最後まで付き合ってもらうからねっ」


 この時より、巫女さまは征服者となった。

 そして僕は、巫女さまの剣となった。


 第一章はこれにて。ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。

 次の投稿は「巫女さまレポート③」を挟み、第二章となります。


 少しでも「つづきが気になる」「おもしろい」など興味をもっていただけたのなら、ぜひとも目次下から【ブクマ】【★★★★★】【レビュー】を!


 ひきつづき、よろしくお願いします。

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