強さの証
いっそのこと、このまま気を失ってしまうのもいいのではないかと考えてしまうほどの痛み。思うように息もできない。
腹と背のどちらも痛くて、右肩もおかしなことになっている。
たぶん肩は剣を突いたときに痛めてしまった——剣っ、剣は⁉︎ 僕の剣はどこだ?
まだ大熊の顔に突き刺さったままだ。
返せと手を伸ばしても、もう届かないところへ。
ぐったりと動かない僕ではなく、巫女さまの方に向かっていた。
クッ、そちらではなく僕のもとへ来い。
大熊の行く先を見れば、
「射かけろ!」
山辺ノ彦が鋭く叫び、矢が飛び交う。
……ん、飛び交う⁇ というかなぜ叫んだ?
不思議に思って見回すと、巫女さまのそばにいるのは周防ノ彦だけ。他の彦らは離れていた。
それぞれのあいだを広く空け、遠くから半円に、取り囲むようにして矢を射ているんだ。
これには大熊も嫌がった。どちらへ狙いを定めればいいのか迷うのだろう。
右を向けば左から左を向けば右から、これでは常に背中を向けているようなものだ。
そしてもう一つ。
巫女さまの近くには、火の粉を散らす火種壺があった。それもいくつも。
燃え方からして、炭を増やして火をつけたんだ。
巫女さまは、本当に大熊が火を怖がると思っているのか? あの巨体なら壺を蹴散らすくらいしそうなものだが。
チクチクと矢を受け、大熊の傷は増えていく。その数より多くの怒りを蓄えていく。
だが、よく見てもいる。誰が一番喰い殺しやすいのかと。
その見極めが済むと、大熊は彦らを無視して——
「巫女さま‼︎」
突進した。
こうするのが最も矢を受けずに済むと判断したんだろう。
だというのに周防ノ彦は腰の剣鉈を抜かず、なぜか器に手を入れて、……濡らしているのか?
それも束の間。
間近に迫る大熊に対して、周防ノ彦は火の粉を散らす壺を投げつけた。
当たった壺は砕け——真っ赤な炭が爆ぜ散る。
「グガァアアァアッ‼︎」
一気に燃え上がるなんてことはない。
それでも毛に燃え移ればすぐには消えず、大熊が知らない火傷という痛みを教えていく。
効果ありと見るなり、周防ノ彦はありったけの火種壺を投げては投げた。
それが尽きると、巫女さまを庇い後ろへ下がる。
すぐさま彦らは、巫女さまと大熊とのあいだにできた間を埋めるかたちで立ちはだかった。矢を番えては射る、射る、射る。
弓の間合いが狭まったからか、矢の食い込みは先ほどより深い。
とうとう後退りをはじめた大熊に、トドメとばかりに剣鉈を抜いた周防ノ彦が、
「ぬぅおおおおおーッ‼︎」
怒声をあげ、迫る。
さらに山辺ノ彦もつづくと、他の彦らも石斧を手に続々と。
これには恐れをなしたのか、大熊は形振り構わず背を向けた。もちろん逃げるのは山側で、僕がいる方だ。
やっとこちらに来た。
痛みがないところを探す方が難しいが、それでも僕は立ち上がる。ゆらりゆらりと逃げ道を塞いでやった。
べつに恨んではいない。もうあのときの記憶に怯えることもないだろう。
父さまや母さまを奪ったのが、この大熊かどうかもわからない。
たとえそうだったとしても、ほとんど忘れてしまったことで、いまの僕にとってはどうでもいいこと。
だけど、このまま逃すわけにはいかない——
「返してもらうぞ!」
それは、なにもできずにいた童が、なににもなれなかった童が、やっと手に入れた己なのだから。
叫ぶなり僅かに踏み込んでみせた。誘いたい方へ。
僕如き、その大きな身体で当たれば吹き飛ばせると思っているんだろう?
だからなんどでも釣れる。向きを変えてやれば自ずと勢いは削がれる。
じわじわ盗むようにして、一歩ぶん。そこで大熊との距離はなくなった。
額から突っ込んできたところへ逆に飛びつき、爪を立てて大きな頭にしがみつく。
それでも大熊はお構いなしに突き進んだ。
木々の影が後ろ向きに流れていく。
その間に僕は大熊の顔をよじ登り、身体を屈ませ、未だ刺さったままの剣の柄底に足をかけ終えた。
間をおかず背後に幹の気配——直後、衝撃が全身を苛む。
それでも僕は柄を蹴り込んだ。
足りない重さは、ぶつかる幹に背を預けて補う!
速さは、大熊の走りと僕の蹴りを合わせたら、たぶん足りる!
激痛を贖いに通した意地は、
「ガッ……ァァ……ァ……」
大熊を貫いた。
だが、まだ終わってない。
「……こ、これは強さの証。くれてやるわけにはいかない。……ッ、返してもらうぞ」
柄を縋りつき、身体を仰け反らせて引っぱった。
すると食い込んだヒヒイロカネの剣は途中からスルリと抜けて、ドスンと僕は地面に。
力尽きたのは大熊の方が先なのに、倒れ伏したのは僕の方が先だった。




