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BC5xxx年、超古代文明は富士の地にあった……てか興した  作者: 枝垂みかん
第一章

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裏返り


 ショウジの集落へ駆け込む彦たち。

 すぐに弓を手にして、来た方へ矢を(つが)える。


「なるべく引きつけてからだ!」


 山辺(やまのべ)ノ彦が叫ぶ。

 皆からの返事は、無言。まもなく大熊がやってくる方から誰も目を離せないんだ。


「男弟どの!」


 周防(すおう)ノ彦ですら、僕に怒鳴りつけるのが精一杯。

 しかしその怒声も、いまの僕には遠いところの出来事で……。

 立っているのか腰を抜かしているのかさえアヤフヤ。ただ細かい手足の震えだけが、まだ身体があるのだと、まだ喰われてないのだとわからせてくれる。


 思い出すたびに大きくなっていく影。

 いつまで経っても僕と大熊との差は変わらず。それどころか見下ろす影は膨らむ一方で、僕は自分の身体が縮んでいく錯覚に陥った。


「御坂山地を使わなかった理由は、熊……」

「いいかヌシら。射かけたあとは、ワシが引きつける。このなかで一番の翁に近いのはワシだで」

「——それどういうこと⁉︎」

「巫女さま。どうか童らを、集落の皆をよろしくお願いします」

「だから勝手に決めないで!」


 巫女さまは本当になにも知らないんだな。

 こういうときは、長く生きてきた者が残るもの。そうやって追い払えない獣から、多くを逃す。

 こんなの兎でもやってることだ。一匹が食われているあいだにって……。


 そうだ、僕がその役を買うのはどうだろう?

 などと、心にもない思いつきが頭をよぎり、


「ダメ! 全員で逃げるの!」


 巫女さまの声にホッとする。

 こんな情けなさを恥じる余裕さえ、いまの僕には残っていない。


「しかし巫女さまになにかあっては!」

「——同胞を見捨てるなんて絶対やっちゃいけないことなの‼︎ そんなことしたヤツらは近い将来必ず滅びる。そう歴史が証明してる! だから、全員で助かることだけを考えて」

「「「…………」」」

「火を。そうだよ熊に火を向ければいいんだよ! きっと怖がるはずだから!」


 皆、巫女さまの言葉に覚悟を決めてしまった。

 本当なら僕が諌めて、連れて逃さなければならないところなのに。

 それすら僕ができないでいるから、皆は……。でも怖くて……。


 ——ガサガサッ。


 茂みを掻き分ける音に僕の肝は凍てつく。


「来たぞ!」


 つづいて丸太みたいな熊の前足が見え、それが僕に考えることをやめさせた。


「まだだ! のそのそ近寄って一気にくる。その出鼻を挫くんだ」


 のっそりと現した姿が、僕に刻まれた恐怖を——


「……あれが? 嘘だろ」


 裏返らせる。


 大きな影を見ては大熊を思い出した。

 いつも心のどこかでずっと怯えていた。

 だというのに、だというのになんなのだあれは! 

 背丈なんかたったの彦二人分ほど。たしかに肉厚だが、それだけだ。僕はこんなのを怖がっていたのか。

 絶望的な隔たりだって? ハハッ。


「——ふざけるなッ‼︎」


 体温を失っていた身体がガッと熱を帯びる。

 それを自覚したときには、もう僕は駆け出していた。 


 ほらやっぱり。これだけ近寄っても大したことないぞ。大熊? どこがだ。僕が恐れた影の半分もないくせに。


 巫女さまの叫び声が追ってくる。

 だが、それを置き去りにする速さで僕の足は前へと行きたがる。

 そういえば『速さ』も強さだったか。


「グァガァアアァアーッ‼︎」


 どうりで大熊が立ち上がるわけだ。

 迫ってくる僕がイヤなんだろ? だから体を大きく見せようとする。そんなもの、僕にはなんの威嚇にもならないぞ。


 全身を駆け巡る熱とは逆に、冷えた頭は剛腕による振り下ろしを予想し、それを誘う位置に僕を踏み込ませた。

 すると——かかった。


「グアァアアッ‼︎」


 腹の底まで響く唸りをあげ、僕がいた(・・)場所を大熊の爪は切り裂く。

 そこに僕の想う像は残っていない。もう二つ先、腹をヒヒイロカネの剣で斬ったあとにいる。

 だが実際はその手前で、獣臭を感じるほど際々の頭上を掠め——いままさに剣を振るったところ!


 手応えは、


「固い」


 僕の期待を裏切った。

 ズシリとした重たさに刃は止まり、手が痺れる。

 皮の下までは届いたようで切り口から血が滲んではいるが、決着とは程遠い。


 だが、


「届くぞ」


 僕の剣は届く!

 これを知り、さっきまでは開けていた視界が一気に狭まった。キンキンに冷えきった頭が、いまは冷たすぎてカッカと熱いくらいだ。


 ここには自分と大熊だけ。他になにもない。

 だからよく見える。先の先までぜんぶ見通せる。

 

 誘い、躱し、斬る。これを淡々と繰り返した。

 せめて大熊が事切れるまで誰も邪魔しないでくれ。なんならずっと終わらなくてもいい。でないと昂りが抑えられない!


 しかし僕の火照りとは裏腹に、いつまでもつづくと思えた時は、


「——ッ」


 ちっぽけな躓きで景色を変えた。

 地面から覗く木の根に踵を取られ、転んでしまったんだ。


「グルルゥゥ……」


 勝ちを確信したようにのっそりと前足をつき、迫りくる大熊。滴る涎。

 次第に僕を覆う影が、乗り越えたはず恐怖を蘇られせる。いや、新たに刻んでいく。

 だ、大丈夫だ。まだ剣は手にしている。足は? 挫いていない。ならここさえ凌げば!

 こんなふうに心を立て直そうするも、影だった恐怖はハッキリとした姿と獣臭さまで持ち、いままさに僕を終わらそうと——

 

「オヒトくん! 伏せててッ‼︎」


 巫女さまの叫び声。

 その直後、


「グガッ、グアアァアアッ‼︎」


 僕の真上を通りすぎた矢が大熊を射抜いた。それも一本二本ではなく、何本も。

 狙いが逸れている矢もあったけど、僕には当たらなかった。そうならないよう彦たちが射てくれたんだろう。


 矢は当たった、けど浅い。これでは仕留められない。

 ものともせず大熊は勢いよく立ちあがった。

 これは矢に対しての威嚇じゃなく、射かけた者らを探すためだ。

 それが済むと巫女さまの方を向く。狙いが僕から逸れたということ。


 進みが緩やかになった時のなか、再びグルグルと頭は巡りはじめた。

 しかし考えるより先に身体が動く。僕は、屈んで前足をつこうした大熊の顔へ——


「行かせるかぁあああーッ‼︎」


 ヒヒイロカネの剣を突き出していた。

 切先は深く刺さり、大熊の片目から光を奪う。


「ッ、グガァアアァアーッッ、ガッ‼︎」


 仰け反りかえる大熊。

 その際、暴れる後ろ足に蹴り飛ばされ、僕は宙を舞った。


「——ぐはっ」


 息ができたときには、木の幹にしたたか身体を打ちつけられていた。


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