大熊
今日の巫女さまは、時任ノ媛のところで日時計カレンダーについて、あれやこれやするとのこと。
こうなると僕は呼ばれることがなければ、自分の室で待機となる。
久しぶりにすることもないので、ひたすら剣を振っていた。
ちなみに場所は、誰かに当たらないよう自分の室のそば。巫女さまの室へとつづく階段の傍らで。
巫女さまよりヒヒイロカネの剣を授かられて以降、暇を見つけては剣を振るようになったんだ。
これはいまの僕には過分、だから少しでも見合う彦にならなくてならない。
剣の習いをしていると側付きの声が聞こえてくる。
「よいでしょう。一つ惜しいのは『カカサマ』の『マ』が『ア』になっていることです」
「はーい」
「これっ、指で擦ってはなりませんよ。白くなり、新たに書けなくなってしまうではありませんか。このように古布で拭くのです」
「はーい」
近ごろはこんなふうに、童たちをはじめ興味ある者は、気の向いたときにカタカナの習いに訪れるようになっていた。
そういえば、しばらく五〇の階段を登っていない。
以前は、意見が割れたときなど調停が済むまで行ったり来たりしたものだけど。
こうなったのも巫女さまがお休みのとき以外を室の外で過ごすようになったから。でもそれより、
「側付きどの。ちといいか?」
「伺いましょう」
側付きが持ち込まれた訴えを次々と仲裁してしまう方が大きな理由か。
分を弁えていないようでいて、実はこれ、巫女さまの発した案なのだ。
「さっき器が焼けたんだけども、ワシらのどちらが作ったものかわからなくなってなぁ」
「ワシはヌシだと思うがの」
「いんや、ここを見てみぃ。ワシならもっと歪みなく作るぞ」
失敗作の押し付けあいみたいな些細なことも、これまでは答えが出るまで意見を行ったり来たりさせていたんだ。
その伝言は僕の役目だった。
側付きの対応は、
「両者とも不要とのこと。では前例に照らしまして……。件の器は巫女さまが預かります」
こんな具合だ。
巫女さまは、調停した内容を土器黒板に書き付けておくようにした。おかげで似たような話なら、側付きが対応できてしまう。
もちろん例外もあるが、そのときは巫女さまが戻られるまで待てばいいだけ。
「お忙しいのはわかりますけれど、巫女さまのお役目を私などが為してしまってもよいものなのでしょうか」
これ、僕に言ってる?
こちらを見ているような気もするが、あの側付きが? 僕に⁇ いままでそんなこと……
「私が男弟どのに話しかけるのは、そこまでおかしいことです?」
「——い、いえけっしてそんなことは!」
「ハァ……」
ため息をつかれてしまった。
「もう結構です。剣の習いを邪魔してしまい、申し訳ありません」
「いえ、そのようなことは……」
なんだか悪いことをしてしまった気分だ。
巫女さまが変わったのはいまさらだけど、側付きも変わった。たぶん僕も。
◇
炭を焼くにもレンガを焼くにも、銅を精錬するのにも木は欠かせない。
加えて新たに、冬の備えとして室の床や壁に板を貼るとのことで、もっと多くの木が必要になった。
というわけで僕らはショウジまで。ミサカの山々に入り、材木を集めるためだ。
「三人一組で行動してね。最初は、お願いした範囲内で倒木を探してもらって、手頃なのが見つからない場合は銅の斧の出番ってことで」
「日が真上になったころ戻ればいいんですかい?」
巫女さまの指示を聞き、山辺ノ彦が確認をとる。
「そうして。発見した倒木を運ぶのは午後から。みんなで運んだ方が早いし、手が空っぱなしの人もいなくなる」
彦らは目を見合わせて頷き、それぞれ組に分かれて山に入っていった。
僕は巫女さまはショウジで待つことに。
しかしただ待っているだけでなくて、巫女さまは地図を描き、そこへ必要なことを記していく。それが済めば、昼食の支度もするんだ。
もちろん僕も手伝った。
火を起こして石を焼き、肉を切り、山の菜からアクを抜き、湯も沸かす。どれもやり慣れないことばかり。
「そういえばオヒトくん、剣の練習してるんだって?」
「少しでも扱いに慣れておきたいので」
「強くなりたいんだもんね」
「強く……。たしかにそう言いましたけど、いまは強さに含まれる意味が増えすぎて、自分でもよくわからなくなっています」
「そっか」
「はい」
たまの会話もお互いに手を止めず、背中越しで。
やがて昼となると、ショウジに戻った彦らは腹を満たし、再び目星をつけた倒木を運びにミサカの山々へ向かった。
巫女さまは、食のあいだに聞き取りした覚え書きを、丁寧に地図に記している。
手持ち無沙汰になった僕は、腰に下げた剣の柄を触り、抜いて振る想像をして過ごした。
そうしていたら、ふと疑問が浮かんだ。
ヒヒイロカネの剣は、いったいなにを斬るためのものなのか?
猪か、鹿か、いいや違う。獣ではない。それなら槍の方が向いている。
となると、おそらく人だ。巫女さまは『対人特化』と言っていた。
だとしたら、僕はもっともっと強くならなければならない。
「ん、なに? すごい見てくるじゃん」
冬を越えられない童を減らそうとされる巫女さまが、僕に人を殺す道具を持たせるだろうか?
それが必要なときもあるかもしれない。だもしても、主な目的ではないはず。
これは握ってみてわかったことだけど、剣は槍よりも狙ったところに当てやすく、加減がしやすい。
となると答えは——
「大熊が出た!」
「すまん、振り切れなかった!」
「すぐ来るぞ!」
「こら男弟どのなにやってる‼︎」
「早く巫女さまを連れて逃げろ! おい、聞いてるのか!」
恐怖の記憶が蘇り、僕の頭は真っ白になった。




