ヒヒイロカネの剣
僕は疑えと言い、ある彦は疑うなと怒った。
結果、ここにいる多くの者は『疑ってはならない』と強く思う。思い込もうとする。
こうなったらすでに疑っているのと同じだ。
となれば以降は、聞いたことをなんでも素直に信じるのは難しくなるだろう。
「これから、あたしが推測した冬場における死因と、その対策を述べてきます。疑問反論なんでもいい、なんかあれば挙手で!」
「み、巫女さま!」
「どうぞ」
「本当に、本当に童が死なずに済むのですか?」
「ごめんだけど約束はできないし、絶対とも言えない。それでも、なるべくそうならないように話を聞いてほしいの」
「……わかりました」
もう大丈夫のようだ。これで、巫女さまの言葉を正しく伝えるという男弟の役目は果たせた。
しかし僕個人の問題はまだ残っている。
ここまで見ないようにしていたけど、側付きが巫女さま越しに僕を睨んでいるんだ。垂れ目の幅はそのまま、瞳にだけ非難の色を濃くして。
あとが怖いなぁ。いざってとき巫女さまは僕を庇ってくれるのだろうか。
「まず結論から言うと、身体が弱ることがだいたいの原因!」
「「「…………」」」
この沈黙は『なにを当たり前のことを』という無言の意思の表れで、いままでの次を待つ雰囲気とはまるで違う。
おそらく大なり小なり不満も感じているはず。
「身体の冷えに加えて、長期間の栄養不足または偏りによる免疫力の著しい低下。そこへ、冬場の閉じられた環境を起因とした不衛生が、循環器系や消化器系などへの病気に繋がる。さらには換気の少なさによる感染拡大。こういう因果があるとしてぇ」
さすがにそれでは伝わらないぞ。常世言葉ばかりで、僕ですらほとんど……。
「むむっ。ぜんぜん伝わってない⁉︎ こうなったらオヒトくん! 出番だよ、巫女リンガルして」
「——うええっ⁉︎」
思わず変な声をあげてしまった。
それに釣られて、僕に注目が集まってしまう。
なんというか慣れない視線ばかりで、小鼻がムズ痒くなる類の見られ方だ。
違ってたら言ってくださいね、と念押しして、僕は僕なりに巫女さまの言葉を訳していく。
「身体が冷えたり腹が減ると、悪い気に抗えなくなる。悪い気は汚くすると増える。つまり穢れです。それは閉じた室に滞りやすくて、だから童が一人寝込むと他の童も寝込む……とのことです」
合ってます? と巫女さまを見たら——
「すごいすごいオヒトくんすごいよ! 信仰と因果を両立させた素晴らしい巫女リンガルだったよ。余裕で『優』をもらえちゃうレベル!」
パチパチなんども手で拍を打つんだ。
それをなぜか媛らがマネをして、さらに彦らも倣った。
「もういちど、オヒトくんに盛大な拍手をお願いしまぁす!」
どういうワケかはわからないけど、その響きは胸の奥をグッとさせ、じわじわと熱さが込み上がってくる。
やがて鳴り止み、訪れた静けさを破り、巫女さまは強く語りだす。
「いまオヒトくんが説明してくれたとおり! 冬は悪い気——病気が広まりやすいの。だからね、あたしは食べ物以外にもその準備をしておきたい!」
やや間を置き、
「絶対とは約束できないけど、それでも協力してくれるかな?」
巫女さまは緊張気味に確かめた。
その応えは、僕のときより大きくバラバラに、隙間なく打ち鳴らされた手の拍。歓声まで混じっていた。
「どうもどうも賛成の拍手をありがとう。じゃあ可決ってことで。けっこう煩いこと言うと思うけど、みんなちゃんとやってね」
「いいですか巫女さま」
ここで、一人の媛が手を挙げた。
「はいどうぞ」
「どんなことをすれば穢れを祓えるのでしょう?」
「いい質問です。一番簡単なのは、手洗い。水が冷たい冬だと避けがちだけど、効果あるから絶対やって」
そんなことで? と、半分くらいの者はどよめき、もう半分は「キツイぞ。思い出してみろ冬の冷たい水を!」と想像を働かせる。
以降は次から次へと手が挙がり、巫女さまはすべてに答えていく。
なかにはアイマイな答えもあった。
なかには僕が訳すこともあった。
それは、
「いったんいったん、いったん休憩させてぇ!」
巫女さまが打ち切るまで続いた。
◇
銅とは——
いちど精錬してしまえば、なんどでも使え、形にするのも楽。さらには叩いて炙れば固く丈夫になり、たとえ壊れても作るときと同じ手間で治せる。
とにかく、僕らが知っている石や骨の道具とはまるで違った便利な物だ。
ここまでを皆が理解するところまで話して、披露の儀は終わった。
道具については後日、使い方も併せて説明するとのこと。
そしていまは陽も傾き、宴どき。
彦や媛だけでなく嫗も童も集い、皆、食を楽しんでいる。
「ああ〜ホントしんどかったぁ。もうね、さっきのは披露の儀じゃなくて疲労の儀だよ」
巫女さまはぐったりと、ちびりちびり酒を口に運んでいる。
その傍らには側付きがいて、向かいに僕も腰を下ろしていた。
「けど、上手くいってよかったぁ。みんなに理解してもらえたのはオヒトくんのおかげっ。ありがとねっ」
「……さすがに今回は、事の前に話しておいてもらいたかったです」
「あれれ、いつもみたいに『役目ですので』って言ってくれないの?」
よかった、言わなくて。
「お戯れはいいとして。思ったのですが、なまじ通じてしまうからこそ、巫女さまは会話に常世の言葉を混ぜてしまうのですね」
「たしかにそういう側面はあるかもぉ。なにが伝わらない単語でどれが通じてるのか、ぜんぜんわかんないもん」
かといって意味の限られた言葉だけで話すのも難儀だ。
たとえば銅。これだけでどんな物を指すか僕は知っている。だがもしカヒの地の者に話すとしたら、
『赤く光沢のある物で、緑の光る石を溶かして作る。いちど溶かして固めたら、焼いて叩けば何度でも形を変えられるから石で道具を作るより楽だ』
まだまだあるけど、なにかを伝えるために尽くす言葉は途方もなくなる。
おそらく常世の言葉というのは、とてつもなく広い意味を含んでいるのだろう。
さておき、今回の儀のあいだ僕はかなり肝を冷やした。
きっと側付きも同じだったはず。目を合わさないようにしていたけど、これだけはわかる。あと、僕への苛立ちを抑えていたことも……。
「巫女さま」
嗜めるような響きに、思わず背筋を伸ばしてしまった。
これが僕への小言の合図でないことを祈りつつ、次の言葉を待つ。
しかし側付きからつづきはなく、代わりに巫女さまが立ち上がった。そしてパンパンと手を打った。
「はいはぁい、みんな注目ぅ! こっちに注目してくださぁい!」
いったいこんどはなにをするつもりだ?
どよどよと、酔いのまわりはじめた彦ら媛らがこちらを向き、なかには近寄ってくる者もいた。
童らも嫗に連れられて壇のすぐそばへ。
「さっき銅のお披露目はしたけど、実はもっとすごいのもありまぁす」
と言うと、巫女さまは側付きから包みを受け取り、なかに入っていた剣鉈を皆に見せた。
たしかヒ毒の素を混ぜた銅で『ヒ素銅』と呼んでいた、淡い銅で作った剣鉈だ。
いまは篝火に照らされ、より赤みを増している。
見慣れぬ煌めきに誰もが心奪われるなか、
「これは銅と区別したいから、ヒ素のヒと緋色の金属って意味で『ヒヒイロカネ』って名付けます。かなりの偶然でしか作れない物だから、全員分は用意できないの。ごめんね」
そして巫女さまは周防ノ彦、山辺ノ彦、川渡ノ彦を呼んだ。
つまりは……、
「まずは出張つづきで負担かけた三人に、ボーナスの先行支給ってことで」
そういうことだ。ヒヒイロカネは強さの証なのだ。
文句などないはずなのに、なぜだか、少しだけ胸の奥がチクリとした。
山辺ノ彦と川渡ノ彦は受け取るなりおどけてみせて、それが済むと、彦らの輪のなかへ戻っていく。
周防ノ彦は淡々と握った感触を確かめたのち、広場の隅へ。
それを側付きが目で追っているのが気になったけど、いまは考えてられない。
「オヒトくん!」
「——え」
いきなり呼ばれて驚いた。
「もう! オヒトくんはあたしのボディーガードなんだから、しっかりしてもらわないと。だから、はいこれ」
なにがなんだか。
ただ、渡された重みが僕の意識をはっきりさせた。
「これはヒヒイロ……?」
「ホントはベリリウム銅(推定)なんだけど、それもヒヒイロカネってことで」
包みから取り出すとわかる。周防ノ彦たちの剣鉈とは形からして違うと。
儀式で使う石剣とよく似ていて、なにに使うものかは、
「特別な剣だから大切にしてね。ホントは使わないのが一番。だけど、もしものときは——」
言われてようやく理解できた。
これは穢れを祓う祭具ではなく、危機を追い払う武器なのだと。
「僕が必ずや巫女さまを守ります。このヒヒイロカネの剣で」
授けられた剣を横にしたまま恭しく、跪いた。
もらったのは物ではなく期待だ。そう思ったからこその態度だったんだけど、
「ちょ、えええ〜ッ! 違う違う、あたしぜんぜんそんなつもりじゃないからねっ」
どういうわけか巫女さまはあたふた落ち着きをなくす。
そのさまに広場からはドッと笑いが起こり、あとはいつもどおりの宴となった。




