強張り
できあがった銅の道具が運ばれてくるとのことでセノ海まで来てみたら、
「あなたが落としたのは、この銅の斧ですか? それともこちらの銅の剣鉈?」
巫女さまが浅瀬に佇んでいた。嘘っぽい憂い顔をして、銅の斧と尖った棒を持ち。
……いったいなにがしたいのだか。
「刃物で遊んでいては危ないですよ。こんなこと童でも知っています」
「もう。オヒトくんってばノリ悪いなぁ」
「披露の儀まで、皆には隠しておくのでしょう」
もちろん古関ノ彦をはじめ瓦土ノ彦や石見ノ彦、他にも銅の道具作りに携わったものは、その出来栄えを知っている。
しかしセノ海の集落ぜんぶで見ると、まだまだ銅のことを知らない者が大多数。
「預かります」
「んーん、自分でしまうよ。ありがとね」
そう言って巫女さまは濡れた裸足で砂利を踏み、水辺にあげた丸木舟のところへ。
すぐ僕もあとにつづき、舟の上から被せられていた葛布を捲った。
するとそこには見慣れない物が……。
「気になる?」
「ええ。作ると聞かされていない道具がありますので」
それも一つや二つじゃない。
「これは釿とノミだね。ごめん、現物を見せてからの方が説明しやすいと思って」
たしかにそれもそうか。
ノミの方は、なんとなく形からどういう物か想像つく。
でもチョウナは平たい板に穴が空いているだけ。気になるのは一辺だけが刃のように磨かれていること。
「ノミは穴を開けたり溝を掘ったりする道具。で、こっちの釿は穴に棒を通して」
巫女さまはいったん間をとると、棒の代わりに指を通して舟べりを軽く引っ掻いた。
「こんなふうに木を平に削る道具なの」
つづけて尖った棒を指す。
「これは剣鉈だよ。鉈は金属でできた刃物って意味。剣みたいに切ることもできる鉈だから剣鉈。覚えた?」
「はい」
「なにに使うのかは見たまんま。茂みをかき分けたり枝を払ったり薪を割ったり、いろいろできる万能選手!」
「柄をつけたら槍の穂先にも使えそうですね」
「薙刀か長巻みたいでありかも! にしてもオヒトくん、すぐに思いつくのが武器ってやっぱり男の子なんだねぇ。これなら喜ん……」
巫女さまはなにかを言いかけて、
「んーん、なんでもないっ」
やめてしまった。
「まだ内緒っ」
とのこと。
まだ触れられていない包みがあるから、だぶんそれのことだろう。
でも、道具のことはだいたいわかった。
それぞれの役割からして、おそらく巫女さまは、木工しようと考えているんだ。
これなら僕らが知っているよりも細かく丁寧に、それでいて短い手間で作れるに違いない。
しかし妙だ。もっと新しい道具について話したがりそうなものを……。
どういうわけか、いまの巫女さまは少し強張っているように見えた。
◇
巫女さまは壇上に立つと広場に集まった彦や媛らを見渡し、一つ大きく息をつく。それからゆっくりと口を開いた。
「まずは、あたしの目的から話します」
……? 僕も知らない話だ。
今日は銅の道具を披露すると聞いていたのに、なにを語るつもりなのか。
「ここ数ヶ月いろいろやってきたあれこれ、そのほとんどは、集落の全員で冬を越すために必要なことなの」
誰もが『冬など毎年越しているが』とでも言いたそうな顔をしている。
でも、これまで幾度か見かけた巫女さまの陰りを思い返せば、意図するところが見えてくる。
「誰一人欠けることなく、全員で」
やはりそうか。
でもダメだ。これはかなり危うい。
ここいる皆は、巫女さまができると言えばできると、できないと言えばできないと、疑いなく受け取ってしまう。
それが好ましいこともあるけど、そうはならないことも多い。こないだの名付けと同じだ。
「暑い夏が過ぎると実りの秋がきて、そのあと寒い寒い冬がやってくる。たぶん冬が一番多いんじゃないかな……、子供が亡くなるのって」
たしかに冬を越せない童は少なくない。巫女さまの言うとおりだ。
そしていま、おそらく誰もが同じ想像をした。
常世の知恵で童たちを救ってくれると。
病の気を祓ってくれるのだと。
その期待を巫女さまは、
「あたしはお医者さんじゃないから、病気もケガも治せない」
はっきり否と。
これに彦らはなにかを問いかけようとして、思いとどまる。
次第に媛らには失望が広がっていく。
巫女さまの言葉が与える影響を考えたら、これは当たり前のことで……。
「でもね、健康でいる方法は少しだけ知ってるよ。それも完璧にとは言えないけど、それでもやってみる価値はあって」
きっと巫女さまは偽りなく話そうとしている。
だからこそアイマイな言葉ばかりが増えてしまい、失望感を打ち消せずにいる。
では、余計なことは黙っていればよかったのか?
それは違う。巫女さまは言った、
『世の中には説明できない不思議もいっぱいある』
と、
『それでもあたしが話すことは、ほとんどが誰でもマネできること』
とも。
ならば、ここで僕の果たすべき役目は一つ。
僕は自分の立場を忘れ、
「——もっと疑え‼︎」
叫んだ。
場の空気は凍てつく。だが構うものか!
「いま巫女さまは、皆に常世の知恵を授けられておられる。しっかりと聞いて、疑い、考えて、それから信じるべきでは?」
あまり上手く言えてないかもしれない。それでも伝わってほしくて声を張った。
「男弟どの‼︎ 巫女さまを疑えなどと、いくらなんでも言葉がすぎるぞ!」
「「「そうだそうだ!」」」
よかった。届いてほしいところは、ちゃんと皆の耳に届いたようだ。
「そうは思いません。巫女さまだって間違えます。しくじりします。こないだも土偶を割り損ねたではありませんか」
これは神降しの前、巫女さまが現世へ客人として降りる前の話。だから僕の発言は少しズレている。
だけど、ほとんどの者は気にしていない。やはり皆にとって巫女さまは巫女さまなんだ。
「挙句、倒れられました」
「そうではない! それだけ儀式のために心を研ぎ澄まされておったゆえ——」
「違います。あれは汗のかきすぎです。そう本人が仰っていました」
ですよね? と、ここで巫女さまに注目を戻した。
「……オヒトくん。さすがに『疑え』はひどくなぁい。いや、合ってるんだけどさぁ」
もう強張りは解けたようだ。
そこにいるのは、僕のよく知る、注意しても失敗しても懲りてくれない巫女さまだった。




