精錬
キンプの山の探索から戻り、しばらくして——
フルセキの地の外れに、なにやら見慣れぬ四角が建っていた。
地面側には細い筒が繋がっており、上にも彦の背丈くらい筒が伸びている。
これを見て、ショウジで焼いたレンガをここに運び込んだ理由はわかった。
「てっきり集落で使うものだと思っていました」
「竈も暖炉も作る予定だよ。でも、こっちを作る方が先だったから」
炎を閉じ込め、石すらも溶かす——これを『炉』と呼ぶそうだ。
これまでの常世の知恵とは、あまりに違う。僕の経験では理解が及ばない。
「あたしも実際に使ったことなんてないし、体験会とかで見学しただけ。ってことで、今日は専門家の皆さんに集まってもらいましたぁ!」
つづけざま巫女さまは大仰に。
「土器作りの名人カワラケさんと、炭焼き職人の古関さん。そして、岩石の節理を見極めるスペシャリスト石見さん!」
ちなみに石見ノ彦は、キンプの山での石の目利きを見て、巫女さまが勝手にそう呼ぶようになった。
これで名付けをされた者は、時任ノ媛と古関ノ彦につづく三人目だ。
「して巫女さま、ワシらはなにをしたら……?」
もっともな疑問だ。僕も聞いてない。でも、なんとなく察しはつく。
「これを溶かしてほしいの」
ほら、思ったとおりだ。
ニッコリ笑顔で緑の光る石を見せて、固まる三人の手に握らせた。
「お、恐れながら巫女さま、石は焼いても溶けませぬぞ」
「然り然り。だから焼き石ができる」
古関ノ彦も石見ノ彦も意見した。
だが瓦土ノ彦だけは、なにか思い至るところがあるのか黙ったまま。
「カワラケさんは心当たりあるようだけどっ」
「稀の話だ! 稀に、焼いた土器の縁に滑らかな塊がつく! 溶けた白い土だ!」
「それって炭を使いはじめてから増えてない?」
しばし瓦土ノ彦の視線は宙を彷徨い、強く頷いた。
これを見て、残りの二人も「ならば試してみるのも……」と顔を見合わせる。
「古関さんには炭焼きの窯を作ってもらった経験もあるし、石見さんが炉を気にしててくれれば、いきなりボカンッて心配もないと思う。大前提は安全第一だけど、火を使うことだから絶対はない。それでもなんとか、引き受けてもらえないかな?」
「「…………」」
「これヌシら! 巫女さまがここまで言うておるのだぞ!」
「まぁまぁカワラケさん。あたしも無理強いしたくないから。どうしてもイヤなら断ってくれてもいいよ」
おそらく古関ノ彦と石見ノ彦が恐れているのは炎ではない。しくじることだ。
どちらも巫女さまから役と名を与えた彦。それぞれ炭焼きや石の目利きを認められて。だからこそと考えたら……、その気持ちは想像できなくもない。
「巫女さまはムチャばかり言いますが、ムリを言うことは少ないです」
「——少ないってなに! オヒトくぅん、そこはないって言い切ろうよぉ」
いま僕は大事な話をしてるんだから黙ってて。
「古関ノ彦、石見ノ彦、二人はその名を惜しみますか? それとも役目を果たしますか?」
「待って待って、あたしべつに上手くいかなくても怒ったりなんてしないって。むしろ『失敗は成功のもと』バーイエジソン、だもん」
「「失敗は成功のもと」」
「そう! カワラケさんに日報つけてもらってるのだって、そのためだし。だからね、ケガのないようにだけ気をつけてくれたら、あとはどれだけ失敗してもいいの」
「「……み、巫女さま!」」
感極まる二人の彦と、うんうんと頷く瓦土ノ彦。
これに心を動かされない僕は、やはりなにかが欠けているのだろうか。
「まぁたオヒトくん、ペテン師でも見るような目ぇしてぇ。あたしそんなんじゃないからねっ。疑り深すぎだってば」
巫女さまに裏表がないのは僕もよくわかっているつもりだ。
気になったのはそこではなく、名付けの危うさ。だが、いまこの場で口にするのは憚られる。
「申し開きはのちほど」
「大げさぁ。でも、そうだね。せっかくやる気になってもらったんだもん。陽のあるうちにやれるだけやっちゃおう!」
ということで、キンプの山はクロベラより持ち帰った緑の光る石から、炉で焼いてみることとなった。
◇
半月ほど経ったころ——
「これが、銅……」
赤みがかった塊だ。一部、内側がわかるよう削ってあり、そこには光沢がある。
てっきり不思議がる僕を、巫女さまは揶揄うものだとばかり思っていた。なのに、なぜかそうはしない。
どちらかというとソワソワ落ち着きなく、いつでも答える準備はできている、といった雰囲気。
「巫女さま」
「はいはい、なんでも聞いて!」
やはりか。
「こちらの淡い色合いの銅と赤い銅は違うものなのですか?」
「いい質問です! それ、あたしも最初は精錬の失敗かなぁと思ったんだけど、違ったの。でね、強度テストしてみたらぁ、まさかの好成績!」
どうも、できた銅には質の差があるらしく、それを比べてみたということらしい。その方法は、
「叩いて広げて、曲げてみればわかるから、簡単だよ」
とのこと。
そして「たぶん」と前置きをして、
「ヒ素銅だと思う。叩いてみたら普通の銅より硬くなった。曲がりにくかったし。黒平だとその可能性が一番高いはず。ちょっと自信ないけど」
と結論を出した。
すごいな。はじめからすべて知っているのではなく、巫女さまは常世の知識から答えを導き出しているんだ。
僕はこんなふうに感服する一方で、
「銅にもいろいろあるのですね」
こんなありきたりな言葉しか返せない自分を、少し情けなく思った。
「しかし淡い銅の方が強いのなら、ぜんぶ淡くしてしまえばいいのでは?」
「それができたらいいんだけどねぇ」
なにか含みがあるな。
「狙ったわけじゃなくて、ただの混入。それに、ヒ素はかなり危険な毒だから」
「——瓦土ノ彦たちは大丈夫なのですか⁉︎」
「平気平気っ、ちゃんと煙突も高めにしたし、炉があるのも生活圏から離れたところだから。でも、天然の石はなにが混じってるかわからない。その点は注意しないとね。ローテーションを組むか任期制にするか……。どっちにせよ、ずっとはやめた方がいいかも」
これを聞いて僕は言うかどうか迷った。でも言わなくては。
「それでは、役と名をもらった古関ノ彦と石見ノ彦が不憫です」
「……なんで⁇」
やはり名付けの影響を軽く考えている。
巫女さまは、いかに皆が自分の言葉をそのまま受け取るのかもわかっていないんだ。
「お立場を踏まえてお考えください」
僕の方こそ立場を弁えろとは思う。けど、いまここで伝えることこそ男弟の役目だとも思う。
「あたしの立場……立場ぁ……」
賢いはずなのに、いつまで経っても答えに辿り着かない。
そうこうしている間に、
「巫女さま‼︎ また変なのができたぞ!」
瓦土ノ彦のガナリ声が届く。
「宿題ってことで、いったん見に行ってもいい?」
「では、夕食のあとにでも」
「オヒトくんからお誘いなんて珍しっ」
そういう意味ではないのだけど。
巫女さまを呼ぶ声は大きくなる一方なので、僕らは急いで炉へ向かった。
「岩穴で見つけた銅の石を覚えとりますか?」
「もちろん。緑柱石の割れ目に入り込んでた銅鉱石のことでしょ。覚えてるよ。もしかして、それを精錬したの?」
「思いの外、簡単に溶かせましたので」
「いきさつなんぞどうでもいい! それより巫女さま、こいつを見てくれ!」
石見ノ彦の話を遮り、瓦土ノ彦が見せてきたのは、
「淡い……。ヒ素銅よりも、銅らしくない色してるけど」
さっき見たどちらとも違う銅だった。
「なんとなく、月のような色合いをしてますね」
「おおっ。オヒトくん詩人じゃん」
「いいから見とけ!」
と、瓦土で彦は、ヒソ銅と月色の銅を叩いて伸ばし、端を石に乗せて斜めに置く。
そうしてから手にした石でガツッと叩いた。
すると、
「え、うそ‼︎ ヒ素銅より硬いの⁉︎ 力加減変えてない? って、そんなことするわけないよね。じゃあなんで? なにこれ⁇」
「巫女さまにわからんもんを、ワシが知るわけなかろう!」
僕の質問には悩みっぱなしだった巫女さまだけど、こういのは得意らしい。
「いったん整理すると、ほぼ無色の緑柱石の割れ目に入っていた銅鉱石。これらが同じ場所で見つかることはない……となると長い年月をかけた造山運動の結果? いや、火山活動かも。そっちの方が銅が溶けて染み込むみたいになった理屈がとおる」
ブツブツと。でも楽しげに。
待つことしばし……。
「あたしの予想どおりなら、ガチの大地が生んだ奇跡! 自然石でベリリウム銅が見つかったなんて聞いたことないもん。もうこれって学会騒然レベルじゃん‼︎」
これが巫女さまの出した結論だ。
もちろん僕には『とんでもない物らしい』以外はわからなかったけど。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
作中で登場した「ベリリウム銅」ですが、お手元のスマホから宇宙産業でも使われている最強銅合金です。
しかしベリリウムの還元が恐ろしく高度な技術を要するため、量産はできません。あくまで一点モノの大自然が生んだ奇跡という扱いです。
次の投稿は「巫女さまレポート②」を挟み、第18話となります。
少しでも「つづきが気になる」「おもしろい」など興味をもっていただけたのなら、ぜひとも【ブクマ】【★★★★★】【レビュー】を!
ひきつづき、よろしくお願いします。




