緑柱石
キンプの山を覆う深い森……。
そのあちこちに剥き出しの岩肌があり、なかには、何者かの手で岩を積みあげたかのような巨石が密な場所もあった。
「だんだん岩石の割合が増えてきたねぇ」
「もうそろそろだ」
巫女さまは息を切らしてはいるが、その顔に疲れは見当たらない。
そして……、
「ここだ。ここらでよく光る石を見かけるぞ。透けた石はもう少し先にたくさんある」
「ほうほう、ここが縄文時代の黒平! あっちの頂上あたりが水晶峠かな?」
僕らは目的の地——キンプの山のクロベラに着いた。
さっそく案内をしてくれたカヒの彦は、そこらの石から一つを選び、
「探してるのは、こういうのだろ?」
緑色の石を見せてきた。
「孔雀石! 大当たりだよ」
「小石を投げ込んだ水面の紋のようですね」
「いい喩え。ホント波紋みたぁい」
巫女さまは僕の呟きに合わせると、
「もう何個か見つけよっか」
と彦らに。
サンプルは一つでよかったはずでは?
「探すのは自然物だから、どの特徴を見るかで違うものを拾っちゃうかもしれないでしょ」
こうやって話しているあいだも、僕らはクロベラを歩きながらだ。
「せっかく持ってきてもらって『それは違います』なんて言いづらいもん」
なるほどだけど、これを見間違えるか?
「一種類だけなら平気だと思うけど」
「ということは、他にも?」
「——あった!」
なにか岩石のなかに見つけたようだ。
「黄色く淡い光沢がありますね」
「たぶん黄銅鉱っ」
巫女さまが大岩の周りをグルリと見てまわると、周防ノ彦がスッと前に出た。
「割ればよいか?」
「お願いしまぁす!」
「周防ノ、このあたりがいいとワシは見た」
石に詳しい彦からの助言。
それに頷いた周防ノ彦は、人の頭ほどの岩を持ちあげた。
「あれなら僕でも……」
「持ちあげるだけならね」
どういう意味だ?
「運動エネルギーは、二分の一かける質量かける速度の二乗だから。どうなるかは……、見た方が早いかな」
と巫女さまが常世の言葉を並べ立てた。直後——ガッッ‼︎
固い岩が砕ける音。
散ったのは小さい方で、大岩はそのまま。
しかし助言をした彦は当たった面を確かめ、
「おっほほ。見事にひび入っとるぞ!」
歓喜の声をあげた。
「ほらね。つまりスオウさんは、正確にコントロールできて、それでいて速くも投げられるサイズにしたってことっ」
「速さ……」
「あと狙いも。普通に考えて重たければ重たいほど威力は上がるでしょ。でもだからって、ゆっくりだとぶつかっても大したことないよね。それといっしょ。他にも要素はたくさんあるけど、つづきの授業は帰ってからっ」
早口に言うなり、巫女さまは大岩へ。
ひびが入ったのは本当のようで、周防ノ彦が押すと、グラリと半分が倒れた。
「ここの黄色く光ってるところを持ってきてくれたら、さっきの緑色の石よりたくさんの炭と交換するよ」
「ふむ。それなら手間に見合うか」
カヒの彦はサンプルとして黄色い石を割り取ると、腰の袋に入れた。
◇
つづいて『すいしょう峠』の方へ向かう。
その道中も、クロベラにいるころからも、ずっと巫女さまは赤黒い石を気にしている様子だった。
なので「あの石は拾わないのですか?」と聞いてみた。
「よく見てるねぇ」
「役目ですので」
「ふふっ、またそれぇ——っとと。そんな怖い顔しないでぇ。えっと、たぶん褐鉄鉱のことを言ってるのかな?」
「……おそらく。持ったらズッシリ重い石です」
「なら合ってるか。あれはね、まだ大量には扱えないの。だからしばらくは放置。もし余裕がでてきたら貯めておくのもいいけど。それよりも、先にやらなきゃいけないタスクが山積みだし——っとと」
と、巫女さまはせせらぎを飛び越えた。
「あたしの手ぇ引けなくて残念?」
「いえ、べつに」
僕が戯れを聞き流したところで、
「んん⁉︎」
なにかに興味を示された。
「巫女さま?」
「……洞窟」
どうやら入りたいようだ。
いちおうこちらに確認をとってくれたのは助かるが、中へ入るのを諦めるつもりはなさそう。
「ヒノモリさん!」
呼びかけられるなり、火守ノ彦はあたりの木を見繕い、樹皮を剥ぐ。
それを持ちやすそうな枝に巻き、蔓で結びつける。
仕上げに火を起こして、松明に移した。
「スゴッ。なんど見ても神技ぁ」
「なんもなんも。火ぃつけただけですんで」
火守ノ彦はポリポリと頬を掻きながら先に立つ。
僕らもそれにつづく。
「替えを作っときましたが、さほど長くは保ちませんので」
「じゃあ、ダンジョン探索は一本目の簡易トーチが燃え尽きるまで! あと火に注意しておいてね。燃え方が変わったり変な匂いがしたら即撤退で。スオウさんはヒノモリさんのバックアップ。すぐ後ろについててあげて」
なんだか巫女さま、ひとりで楽しげだ。……これはいまに限ったことでもないか。
そんなに深い岩穴ではなかったようで、すぐ行き止まりにぶつかった。
しかしそこには——
「……緑柱石」
柱のような透けた石が。
松明で照らすと、あたりは淡い緑と青の光に満ちて目が眩む。
「ほほぉ。珍しい玉がたくさんだな」
カヒの彦が言うなら、そうなんだろう。
「これが探していた石ですか?」
「明るいところで見てみないとなんともだけど、水晶とは違うみたい」
「さきほど巫女さまは『りょくちゅう石』と」
「うん、たぶんね。ざっくり言うと緑柱石はベリリウムを含む鉱物で、色違いにエメラルドとアクアマリンがある。特徴は、条件次第だけど見たとおりかな」
この口ぶりからして、色違いの玉に偏っているのだろう。
「巫女さま、もうそろそろ」
「ああうん。じゃあ拾えそうなのだけ……」
火守ノ彦が松明の火の保ちを心配すると、巫女さまは持ち帰れる石を探した。僕らもそれに倣う。
そこでふと、透けた石の一つが気になった。
「こんなところにも銅の石があるのですね」
「え? 見間違いだと思うけど」
「クロベラで見た緑の光る石と黄色の淡い石が、透けた柱の割れ目に染みこんでいて、これ、そうだと思うんですが」
「ホントだ……。てかなにこれ⁇」
どうやら巫女さまにとっても不可解な物らしい。
見たところ他に同じような石はないので、よっぽど珍しいのだろう。
結局、不思議な塊を割るのに時をかけすぎて、他の玉は持ってけず終い。
このあと透けた石もいくつか拾い、僕らはキンプの山をあとにした。
以降、カヒの地との交易品には、銅の石と黒水晶、そして極々僅かだが緑柱石も加わることとなる。




