再焼成レンガ
今日も水面は凪いでいる。
ここは、岸にいるよりも照り返す陽が眩しい。
いま僕らは、ショウジというセノ海の北側へ向かっている。そこからミサカの山々を越えて、カヒの地に向かうためだ。
だというのに、巫女さまはツンと口を尖らせてたまま。
「あるならあるって教えといてくれてもいいのに、もうっ」
不機嫌の理由は、舟があると伝えていなかったから。
皆、てっきり巫女さまなら知っているものだと思い込んでいたのだ。
「丸木舟。あって当然だけど、ド忘れしてたよ」
ポンポンと舟べりを鳴らし、
「遠方から駿河湾まで交易にくるって聞いてたんだから、気づかなかったあたしが悪いのかもぉ」
なにも言い返してないのに、巫女さまは勝手にしょげる。
だが、気を取り直すのもすぐ。
「でもこれでセノ海もショートカットできるようになったし、すでに精進はお散歩圏内も同然!」
ショウジには、ミカサの山々を越える中継地としてだけではなく、もう一つ重要な役割がある。
舟が岸に近づくと、
「すっごいガシャガシャ鳴ってるね」
器を砕く音が聞こえてきた。
僕らが降りて到着に気づいたのか、舟を繋ぎ終わってようやく、ここの長である瓦土ノ彦が顔を見せる。
「巫女さまが言ってたとおりだ! 粉が舞うほど器を崩して混ぜ込んだら、焼き物の丈夫さが増したぞ!」
出迎えの言葉もなく、大きな掠れ声で。
といっても興奮しているわけではなく、ただ単に、瓦土ノ彦の声が普段から大きいだけ。ここに居着くようになってからは、なおさらだ。
「あれこれ試したが、これだっつう加減がだんだんわかってきたぞ!」
「おおっ、カワラケさん仕事早ぁい! 見せて見せて」
どちらかといえば、巫女さまの方が興奮気味か。
この調子だと、今日はここで過ごすことになりそうだ……。
「巫女さま、フルセキに報せの人をやります。到着が遅れると心配させてしまうので」
「オヒトくん気が利くねぇ。よろしく!」
実は、僕としても器でない焼き物には興味がある。だからだ。
「オレが行く。数名連れてくぞ」
山辺ノ彦が名乗りでてくれたので、お願いした。
この手の物に関心がない者もいて、すんなりと先行する人員は決まる。なにごとも人ぞれぞれということか。
「こっちだ!」
瓦土ノ彦に案内され、捏ね場へ。
その途中、
「耳栓を作った方がいいかもぉ」
「……? 巫女さま、いまなんと!」
「みみせん! 音、すごいからぁ!」
と、会話にならないくらい喧しい室があった。
ここは割り場と呼ばれていて、欠けた器を粉々に砕いて材料にする所だ。
少し離れてやっと声が聞き取れるようになった。
「外の方がマシなんだろうけど、でも雨の日に作業できなくなっちゃうしなぁ……。やっぱり耳栓は必要か。濡れた布を入れておくだけで、かなり改善するはずだし」
「では、さっそく伝えてきます。分けるぶんの古布もありますので」
巫女さまたちは先に行ってもらって、僕は騒がしい室へ。
「あのぉ! これ、巫女さまから!」
ダメだ。誰にも聞こえてない。自分でもなんと言ったのか確かめられないほどの煩さ。
「あの! おい! 聞いて!」
なんとか気づいてもらおうと、一心不乱に器を砕く彦らの傍らで、足をダンダンさせながら叫んだ。
それでようやく、
「なんだ!」
「男弟どのか!」
「なんだ?」
気づいてもらえた。
でも、すぐに口で説明してもムリそうなので、実際に濡らした古布を耳に突っ込んで見せる。
それから古布を手渡すと、彦らは僕と同じようにして耳の穴に詰めた。
「「「おお!」」」
「すごく静かだぞ、これ!」
「ああ‼︎ なんだって?」
「静かと言った!」
「ああ⁉︎ なんつった!」
……うん。耳は痛めずに済みそうだけど、先に喉を枯らしそう。あと、
「では僕はこれで!」
「「「ああッ‼︎ なんだと?」」」
ここで働く彦たちの声はもっと大きくなってくんだろうな、と思った。
巫女さまのところに戻ると、例の、器でない焼き物を作っている真っ最中。
「そうそう。イイ感じ」
土器ノ彦が持っているのは、節を削ったスズ竹の枠に何本も紐を渡した道具で、枠付きのスカスカな網のようでもあった。
それを平たくした粘土に押しつけると——
「すごい!」
思わず声をあげてしまうほど大きさの揃った四方形が、一手間で。
「オヒトくん来てたんだぁ」
「はい。しかし驚きました」
「レンガはなるべく均一に作るのが重要だもん」
言われてみれば、さっきの道具を使えば、なんどでも同じ四方形ができるわけか。
「このやり方なら土器黒板も同じサイズで作れるし、いろいろ捗っちゃう」
「それを作っても使うのは巫女さまだけでは?」
「ちっちっちっ。わかってないなぁオヒトくん」
わかってないから聞いているのに、解せない。
「あれ、こないだ言ったと思うけど。ソバツキさんにカタカナ教えたって」
「そんなこと……」
聞いたような気もする。
「簡単だよっ。五〇音順を覚えたら、あとは書きたい音とカタカナ五〇音表と照らし合わせるだけ」
と言われても。
「もう焼けとるぞ! ほれ!」
瓦土ノ彦が渡してきたこれが『五〇音ひょう』なのだろう。
「文字が並んでいますね」
「それ見たまんまぁ。でもそのとお〜り!」
五〇の声と、それの並びを覚えると言っていたけど、一文字一文字を探しながら書くとなると、とんでもない手間だ。
「言いたいことはわかるけど、聞いて。一番上を横に読んでいくね。ア、カ、サ、タ、ナ、ハ、マ、ヤ、ラ、ワ。どう? わかった?」
わかるわけ……、んん⁉︎
「もういちどいいですか。できればゆっくり」
「おおっ、オヒトくんなんか掴みかけてる?」
よぉく聞けば、アァ、カァ、サァ、タァ、ナァ……。やっぱりだ。
「いまのはぜんぶ声を伸ばすと『あ』になります」
「大正解! それを母音っていうの」
「となると右の縦一列すべて同じくボイン、なのですか?」
「うん。あいうえおの母音。横一列をア段イ段ウ段エ段オ段って分けて、縦一列を『行』って呼ぶんだよっ。どぉお、わかりやすいでしょ!」
たしかに、最初に思ったよりは簡単そうだ。
「ワシも書いとるぞ!」
それは驚きだ。で、なにを?
「業務日報っ。どんな作業をする予定で、実際にやってみたらどうだったかを、所用時間とか作業内容別にまとめてもらってるの」
つづけて瓦土ノ彦が口を開こうとしたが、巫女さまが「しっ」と止めた。少し考えみろということだろう。
すぐに思い当たるのは、数日前のことでも忘れずに済むこと。他には……あっ。
「同じことができる」
「——そう! すごいすごいオヒトくんすごいよ! さすがにびっくり。どうしてわかったの?」
また巫女さまは僕を童扱いして。
「書いてあるとおりにやれば同じになるに決まっています。上手くいった日の『なんたらにっぽ』とやらを見たら、他の誰でもできるのでしょう」
そのやり方を知っていた巫女さまがすごいだけで、僕の言ったことなんて誰でも気づくことだ。
だというのに、
「オヒトくんガチの天才かも。びびるわっ」
大仰なっ。
露骨におだてられて喜ぶほど、僕は幼くないぞ。
「もう、そんな照れなくてもいいのにぃ」
照れてもない!




