無自覚
日のあるうちに、目的の『フルセキ』に到着した。
巫女さまの言っていたとおり、ここは山間にぽっかり開けた土地で、二俣の川も流れている。
さて、どこに腰を落ち着けるのか?
これについては巫女さまと、
「ヒノモリさん、雨は大丈夫そう?」
「はい」
「でも念のため」
「そうだね。カワタビさんの言うとおり。川から離れた高めの場所にしようか。あのあたりとか、どう?」
「「よいかと」」
火守ノ彦と川渡ノ彦との短いやり取りで決まった。
と、そのとき、山辺ノ彦が鹿を見つけた。
「あっ、親子で川の水飲んでるぅ。可愛い〜い」
「巫女さま、お静かに」
一言告げるなり普段は穏やかな目がスッと座る。
山辺ノ彦は無言で弓を手にし、狙いを定め——放たれた矢は子鹿を射抜いた。
「……え⁉︎ なんでっ」
こちらこそなんでだ。どうして巫女さまは困惑している? 親鹿の方が肉が多く取れるから⁇
「鹿がいなくなったら困りますんで」
山辺ノ彦の説明に、
「逆でしょ! だったら残すべきは子鹿じゃん」
巫女さまは珍しく食ってかかった。
「まぁ、なんとなく気持ちは察せます。媛なら余計にそういうふうに考えるってのも。でもです、あの子鹿を残したところでおそらく生きてはいけない。それに親鹿の方は身重でした」
「……そっか。そういうこと。ごめんね、大きな声出しちゃって」
「いえ。こちらこそ驚かせちまったみたいで」
やはり山辺ノ彦は媛の心の機微をよく知ってるようだ。僕にはどうして巫女さまが動揺したのか、ぜんぜんわからなかったのに。
それよりも謎なのは、
「——よっし! こういうのは『美味しくいただくのが一番の供養』ってことで、カワタビさん」
「数名連れていきますが、いいですかい?」
「うん。お願いしまぁす」
巫女さまの切り替えの早さだ。まったく理解が追いつかない。
「なにその目ぇ。まるでサイコパスでも見たような目は」
さいこぱ……⁇ ってなんだ?
「あたしだっていろいろ考えたうえで、いま深く考えちゃうとマズイなって」
「考えるのをやめたと」
「そう!」
それがいいのかもしれない。ここは僕も巫女さまに倣って、あれこれ考え込むはやめよう。
「ふふっ。オヒトくんにはムリだと思うなぁ」
「……なにも言ってませんが」
「ほら行こう! もうみんなキャンプ準備はじめてるよ。今夜は鹿肉バーベキュー!」
日暮れまで、もうすぐ。
◇
夜間は火を絶やしてはならない。
「身体を冷やさないようにするのと、野生動物が寄ってこないようにするため。ついでに乾燥ヨモギを焚べておけば虫除けにもなる、と。うんうん、すごく合理的っ」
だからといって、巫女さまが火の番を申し出ることはないと思うけど。
「一〇本で交代って決めたんだから、もういいでしょ」
僕は返事の代わりに枯れ枝を焚べた。
「そんなに早く寝かせたい?」
「巫女さまは華奢なので」
「ねぇ〜。やっぱりなにかしら運動の習慣をつけたほうがいいのかなぁ」
「ではオニごっこをしてみては?」
「ちょっと微妙。ていうか、あれはオヒトくんの育成計画で考えたやつだし」
僕? 童ではなく?
「——違う違う、子供扱いしてるんじゃないってば」
「ではなんです」
「オヒトくんはボディガード的な感じだし、だから目的は対人特化! ほら、強さにもいろいろあるでしょ」
あるのか?
「あるってば。今日もたくさん見たと思うよ。ヒノモリさんの火の扱いとか天気予報とか、カワタビさんの川の知識もそう。わかりやすいのは、ヤマノベさんの弓の腕と判断の早さ」
「それは、強さなのですか?」
「強さだよ。ぜんぶ生きるために欠かせないことでしょう」
まだ納得いかないが、いまの話をそのまま飲み込んだとすると……。
「巫女さまが最も強いことになりますね」
「——なんでそうなるのっ」
「行ってもない土地のことを知っているなんて、他の誰にもできませんので」
「それは知識チート的なやつだから。前にも言ったでしょ、誰でもマネできるって。それに……」
いったん口を閉ざし、巫女さまは枯れ枝をパキリと折る。それを焚べると言葉を紡ぐ。
「知識と実際は違う。土台になる知識だって、思い込みとか現代的なバイアスがかかってるし」
相変わらず常世の言葉は難しい。
だけど、細かい機微まではムリだけど、巫女さまが落ち込んでいるのだけはわかった。
だから僕は、
「今夜も、月が綺麗ですね」
話を逸らしたんだ。考えてもどうにもならないことから、少しでも目を背けてもらうために。
なのに巫女さまはどういうわけか、
「……お、ぉおう」
とか、
「無自覚系男子、こわわっ」
などと思ってもみない態度をとった。
「わかってるわかってる、わかってるもん。偶然でたまたまで、深い意図なんてないって知ってるし」
口も手も落ち着きない。
パキパキパチパチ忙しなく、枯れ枝を折っては次々と焚き火のなかへ放り込む。だからか少し煙たい。
その結果、
「……お楽しみのところ悪いが」
「さすがに焚べすぎだ」
山辺ノ彦と川渡ノ彦に咎められてしまった。半分ニヤつき半分の訳知り顔でだ。




