地層
あれからなんども巫女様にお供して、セノ海周辺を見てまわった。
そしてとうとう、
「よぉし、今回はキャンプ張っちゃうからね。これができたら甲府までショートカットできるから、みんな気合い入れてこぉう!」
出先で夜を明かすことになったんだ。
なんでも、
「精進湖のあたりから御坂山地を登っていった山間に、古関っていう川沿いの開けた土地があるの。そこに中継拠点を作る予定」
とのこと。
どうして行ってもいないのにわかるのやら。やはり常世の知恵は不思議だ。
口ぶりからして煮炊きの道具も運ぶつもりだろう。山に入るんだから弓矢や石斧は当然として、食料もか。
持っていく荷が増えれば、それにつれて人数も増える。
というわけで一〇と二名での探索となった。
◇
「オレらが周りを見とくから」
「男弟どのは巫女さまを見ていてくれ」
との申し出が山辺ノ彦と川渡ノ彦よりあった。
なので僕は巫女さまに付き、せせらぎがあれば手を貸し、坂が険しくなれば荷を預ったりした。
他の主だった同行者に火守ノ彦と周防ノ彦もいる。これなら道中の心配はない。
あるとすれば……、
「ねぇオヒトくん。しれっとあたしの手を引いてくれてるけど、『僕らは婚儀の前なので』じゃなかったの?」
こういう巫女さまの茶目っけ。
たぶん僕の狼狽えを楽しもうとしているんだ。
「もう慣れました」
「——ちょ! そんな飽きちゃったみたいな言い方やめてぇええーッ。あんなに初々しかったオヒトくんは、どこにいっちゃったの〜」
ほらやっぱり。
「もう少しで休憩でしょうから、気を抜かないでください」
「……ごめぇん」
どうやら巫女さまは、僕に世話をされることに抵抗があるらしい。
でも僕としては、
「なにか?」
「「いやべつに」」
山辺ノ彦と川渡ノ彦のこういう態度の方が落ち着かなくさせられる。
進むだけの道中がつづき、やがて崖に差し掛かった。
「迂回しないとだな。どうだい周防ノ、ここらで一休み入れておくか?」
「山辺ノ彦が決めろ」
「じゃあ休もうぜ」
なぜか川渡ノ彦が応え、言うなり腰を下ろし、他の者たちもそれに倣う。
だが、火守ノ彦だけは背負い籠をガサゴソと。
なにも言わず、取り出した黒曜石の刃で枯れ枝を細かく削ぎ、傍に置く。
つづけて乾いたササをほぐし火口にすると、火きり板の窪みに添えて弓きりで火種を起こす。
「スゴッ。あっという間だね」
煙が立ったところへ息を吹きかけ、赤くなったら削り屑に火を移した。
パキパキ折った枯れ枝で火を強くしたら、湯を沸かしはじめ、
「すぐ、疲れがブッ飛ぶのを淹れますんで」
と、笹に包んだ葛粉を見せた。
「疲れがブッ飛ぶって——もしかしてヤバイ粉⁉︎」
割と本気で慄いてるから不思議だ。
「たぶん巫女さまもご存知かと思いますよ。あれは葛です。葛の根を砕いて溶いて乾かした粉です」
「おおう、超でんぷぅん……」
この巫女さまの上がり下がりを見て、彦らはクツクツと笑う。
それくらい、いい意味で馴れ馴れしい距離感になってきていると思った。神降し前の巫女さまでは考えられなかった光景だ。
「ささっ、巫女さま。どうぞ」
「ありがとね」
巫女さまは葛湯を受け取って、すぐには口をつけず、まずは鼻を近づけた。
「んん〜ん、爽やかぁ。青々しい香りだけで疲れが飛んでっちゃいそう。笹もいれたのがいいアクセントになってる! いただきます。……ん‼︎ おいしっ。ほんのりな甘みととろみが絶妙! 完璧!」
「そいつぁどうも」
手放して褒められたものだから、火守ノ彦はポリポリと頬をかく。
「おう火守ノ、オレももらうぜ」
「あ、ああ。飲んでくれ飲んでくれ」
僕も飲んだ。たしかに疲れが飛ぶ気がした。
しかしだよ、巫女さまは疲れているくらいがちょうどいいのでは? とくにこういうところでは。
こんな僕の危惧は、間もなく現実となる。
「地層が露頭してる……」
喉の渇きが癒えた途端、これだ。
どうやら土の色の違いが気になったようで、ペタペタ触れながら崖沿いをどんどん歩いていく。
注意が崖にしか向けられてないんだから、危なっかしい。
「連れ戻します」
皆に断りをいれて、返事を待たずにあとを追った。
「巫女さま。巫女さま!」
「あっ。ごめんごめん。つい……」
駆け寄った僕に気づかないほど、のめり込んでいたのか。
「この崖はそんなに珍しいのですか?」
「重大ヒント。でも取っ掛かりがないのと、照合データベースがあたしの記憶頼りだから……」
「それは心許ない」
「どういう意味だぁ!」
不安げだったから同意しただけなのに、怒られちゃったよ。
またなにか余計なことを言ってしまったのかと振り返っているあいだに、すっかり機嫌を直した巫女さまは土器黒板と貝殻チョークで層を描き写していた。
「それは文字、ですか?」
「——わかるの⁉︎」
「いえ、読めませんけど、文字だろうなと」
「そういえばオヒトくん、地図を見てたときも河口湖の絵じゃなくて、字の方を指さしてたよね?」
かわぐち……たしか中つ海のことだったな。
「そうだった気もします」
「そうだった。もしかして、あたしの書いた字は読めなくても、他に読み書きできる字があるとか?」
「ただ、幼いころ見たことがあるだけです」
「——ってことは!」
なにかを言いかけて、
「んーん、なんでもないなんでもなぁい。戻ろっか」
誤魔化した。
それはきっと巫女さまにとって大事なことで、
「もうなにも残ってないと思いますけど、それでもいいのなら行ってみますか?」
「とりあえずは計画が盛りだくさんだから、そのうちっ」
なのに僕は気をつかわれた。
男弟になる前——僕が語部ノ彦の童だったころに住んでいた中つ海へ行くのは、辛い記憶に触れさせることになると控えてくれたんだ。
その気持ちは嬉しくもあり、でも逆に……。
「みんなお待たせ! 目指すは金峰山の銅鉱石と黒水晶! でもその前にぃ、拠点を作って行き来の負担を減らさないとねっ」
ここまでより明るく振る舞う巫女さまを見ていて、なおさらそう思った。




