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BC5xxx年、超古代文明は富士の地にあった……てか興した  作者: 枝垂みかん
第一章

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10/31

猪狩り


「念のため一泊二日ぶんの準備はしてあるけど、今回は、昼過ぎには折り返して戻ってこれる範囲での調査となりまぁす」


 巫女さまは「ここまではオッケー?」と同行者を見まわした。

 僕以外は、やや首を傾けてながらも頷く。


「ルートはセノ海沿いに東へ進んで、中つ海(なかつみ)こと河口湖の手前まで。いけたらグルっと回った対岸、御坂山地の麓あたりまでを調査できたらなって感じで。今回は安全な行き来が主な目的だから、なにか特別な発見はまたこんどっ」


 とうとう三人ともこちらへ目線をよこすようになった。

 そんなふうに困った顔を向けられても……。僕だって、なにを言われたのかさっぱりなのは同じなんだぞ。


「巫女さま、とりあえず日が真上を過ぎるまで進んで、沈む前に戻るということでいいですか?」


 とにかくわかるところだけを掻い摘んで聞き返すと、


「そうそう。じゃあそういうことで推定縄文時代中期のセノ海周辺探索に、巫女さま探検隊しゅっぱーつ!」


 もっと意味不明な言葉が返ってきた。


 ちなみに今日も巫女さまの装いは、下穿きを履いて脛巾をグルグル巻き。

 こないだと違うのは、髪をしっかり束ねていることと媛の衣を着ていて丈が長いこと。

 さんざん側付きが諌めたようだが、聞き入れる気はないらしい。


「ソバツキさんの足だと原野を歩きまわるのは厳しそうだからねぇ」


 だから置いてきたと。それを言うなら巫女さまもだろう。


「くれぐれも気を抜かないでください。あと、どれほど興味を惹かれるモノがあっても、近づくのは必ず僕に確認してからで」

「オヒトくんうるさ〜——くないない、ないね。わ、わかったわかったホントわかったから」


 ……まったく。

 もう集落を離れてずいぶんと歩いてるんだ。そろそろ慎重になってくれてもいいものを。


 僕だって少し前までは、ズケズケ物を言いすぎかと思っていた。

 だけど最近は気にならなくなった。巫女さまはいろんなことを知っているのに、当たり前を知らなすぎる。だからだ。


「さすがは男弟どの」


 僕の物言いを、川渡(かわたび)ノ彦が揶揄っ……てはいないか。

 つづいて山辺(やまのべ)ノ彦が、


「安心しろ、ここらなら目を瞑ってても迷いはしない。それにこれがあるしな」


 と。そして取り出した貝殻チョークで木に目印をつけていく。


「おおっ、さっそく使ってくれて嬉しい! 樹皮にキズをつけてくより見つけやすいよ。やるねワカタビさん」

「そんなそんな、恐れ多いこって」


 口ぶりとは真逆で得意げといった様子。

 しかし巫女さまは手提げから自分のチョークを取り出すと、


「でもバッテンより矢印かなぁ。方向もわかるし」


 言われてみれば矢に見える線を引く。


「こいつぁいい!」

「どういうルールで書くかをみんなで共有しておけば、場所の特定に取られる時間も減ると思う」

「へえ。常世の知恵はスゴイもんだな」

「だな。オレも川で使えないか考えてみるか」


 左手側はセノ海で視界が開けていることもあって、気を配るのはフシの大山側だけ。だからか道中は思っていたほど気を張らずに済んだ。


 そして日はだんだんと昇り、額に汗が浮かびはじめたころ、


「男弟どの」


 ここまで黙っていた周防ノ彦が、小声で、でも腹まで響く低い声で注意を促してきた。


「なにか?」

(しし)だ」

「——いま獅子って言った⁇ まさかのライオン⁉︎」


 巫女さまの狼狽えに、周防ノ彦は指差しで応える。


「なぁんだイノシシかぁ。驚かせないでよ——って、ヤバイヤバイ、ヤバイって。成獣だと人間より重いんだからね、ナメてかかるとケガしちゃうんだから!」

「狩ること自体に困りごとはない」

「……あ、そっか。みんな弓を持ってきてるもんね」

「猪狩りに弓など無用」

「そりゃあ周防ノだけだろ」

「まったくだ」


 なにを笑ってるんだと巫女さまは混乱している。

 かくいう僕も、狩りをしたことがないから不安なのはいっしょ。


「周防ノ。セノ海に沈めて血抜きするから、大丈夫だ。持ち帰るまで傷まんぞ」

「そうか」


 それだけ応えると、周防ノ彦は近くの木を登った。

 まだ巫女さまは不安げにしているが、山辺ノ彦と川渡ノ彦は、


「「まぁ見とけって」」


 と楽しげ。


 あっという間に登りきった周防ノ彦は、並ぶ木々の枝を伝って猪を見下ろせる位置まで。

 そして腰裏から石斧を引き抜くと、


「嘘でしょ‼︎ あんな高さから⁉︎」


 躊躇うことなく飛び降りた。

 つづく、地面に降り立つ足音を掻き消す——鈍い響き。

 たった一振りで終わらせたんだ。


 周防ノ彦はクタリと倒れた猪を引きずり、セノ海のほとりで待つ僕らのところへ戻ってくる。


「いやいやいや、ホントどうなってんの⁉︎ 一〇〇キロ近い猪を片手で引きずるって、どんな腕力してるのさ!」


 さっきから巫女さまは騒いでばかりだ。

 僕も運ぶのを手伝い、処理は山辺ノ彦と川渡ノ彦がテキパキと済ませてくれた。


「こうやって石を重しに括っておけば、浮いてこないだろ。あとは帰りに持ってけばいい」

「おう山辺ノ、下向きの矢印を書いといたぞ」

「それなら『どこだっけ』にならずに済むな」

 

 思わぬところで初めての狩りに居合わせてしまったけど、いい経験だった。次は僕も……んん⁇


「巫女さま?」

「んーん、なんでもないよ。ただ知ってるのと実際に目にするのとで、ぜんぜん違うんだなぁと思って。……さっきからあたし狼狽えてばっかり。巫女なんだから、もっとしっかりしないといけないのにね」


 そんなことを気にしていのか。

 なら、僕が言うべきことは一つだ。これまでもさんざん言い訳にしてきた言葉で、あまり好きにならない言葉。


「役目ですので。彦らには彦らの、巫女さまには巫女さまの役目があります。もちろん男弟(ぼく)にも。彦は猪を狩れても、貝殻チョークの作り方なんて思いつきませんよ」

「……そっか」

「そうです」


 今回だけは、イヤな気持ちにならずに『役目』を使えた。

 と、せっかく晴れやかな気分だったのに、ニタニタと僕らに向けられる視線が二つ。山辺ノ彦と川渡ノ彦だ。


「……なんですか?」

「べつになにも。なぁ川渡ノ」

「おうよ。童が彦になっていく、美味い酒が飲めそうな眺めだと思っただけさ」


 この二人は立派な彦だけど、こういうふうにはなりたくない。

 やっぱり僕は——


「行くぞ。日が傾くまでそう長く時は残っていまい」


 周防ノ彦のような強い彦になりたい。改めてそう思った。


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