表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残月の彼方――愛は欠けた月を満たす光  作者: 月原 悠
第四章 新たな世界へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/35

第36話 貝殻

シベニクでの生活は、僕らに束の間の安らぎを与えた。

幸せだった。

僕たちの住む家は丘の上にあった。

窓の向こうには海が広がり、波音が静かに響いていた。

朝は光で目を覚まし、簡素な食事をとり、昼には石畳の坂道を下りて町へ出た。

町は賑わいに溢れ、人々とのささやかな交流もあった。

そんな毎日が、僕らの傷を少しずつ癒していった。


夕暮れになると、僕と由香里さんは決まって海辺を散策した。

海に沈む夕日は美しく、その光に映る由香里さんの横顔が、僕には眩しくて仕方がなかった。

倉沢の影が、その時ばかりは遠のくように思えた。


いつものように海辺を歩いている時だった。

由香里さんがぽつりと呟いた。


「拓真さん、このまま幸せが続くのか、時々不安になります……」


それは僕の胸にも沈んでいた思いだった。

それをかき消すように僕は彼女に告げた。


「大丈夫だよ。ここまで来れば、さすがに倉沢の手は及ばないよ」

「そうだといいのですけど……」


僕は由香里さんをそっと抱きしめた。

彼女の鼓動が、僕に伝わった。


「由香里さん、大丈夫だよ」

「はい……」


由香里さんは、僕の胸に顔をうずめていた。


「あそこに座ろう」


僕たちは流木に腰をかけた。

近くには色とりどりの貝殻が落ちていた。


「わあ、きれい。ピンクの貝殻が落ちています」

「本当だね。ほら、取ってきたよ」


由香里さんは拾い上げた貝殻を、しばらく黙って見つめていた。

そして、ふいに表情を曇らせた。


「どうしたの?」

「私たちはこの貝殻のようなのでしょうか……?」

「どういう意味かな?」

「だって、貝殻は開いたままでくっついていないでしょ。いつかは……」

「僕は由香里さんを離さないよ」


それ以上、僕は何も言えなかった。

気づくと由香里さんの頬には涙が流れていた。

僕はハンカチでその涙を拭い、彼女の手を強く握りしめた。


「拓真さん、私は恐いです。もう、あの頃に戻りたくありません」

「大丈夫だよ」


僕はその言葉を繰り返すしかなかった。

夕日の明かりが、僕には輝きを失っているようにも見えた。


里岡は定期的に、日本での出来事を手紙で送ってくれた。

時には新聞の切り抜きもあり、日本での情勢もそれにより知ることができた。


ある日のことだった。

新聞の切り抜きが目に入った。


倉沢、突如総裁選不出馬 里岡、政友党総裁に就任、次期総理へ


僕らにとっては明るい知らせのようにも思えた。

何かが動き出しているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ