第35話 異国の静けさの中で
僕たちは不安を抱えながらも、クロアチアのシベニクにたどり着いた。
海辺の町だった。
赤い瓦屋根と白い壁の家々が、陽の光の中に静かに連なっていた。
その異国の景色は、僕の心を強くとらえて離さなかった。
里岡が用意した住まいは、旧市街を見下ろす小高い丘の上にあった。
窓の向こうには、紺碧の海が広がり、町には石畳の路地が縦横に通って、中世の街並みを彷彿とさせた。
それは、異国の世界が僕らに何かを語りかけるようだった。
言葉は主にクロアチア語であったが、英語も多少なりに通じた。
それに加えて、僕らには現地の言葉がわかる世話人がついた。
生活に必要なものは里岡が準備してくれた。
世話人も必要以上に僕らの暮らしへ踏み込むことはなく、思っていたより自由であった。
日が過ぎるにつれ、現地の言葉も少しずつ耳に馴染み、やがて通訳なしでも生活していけるようになっていった。
倉沢の影に怯えつつも、僕たちの幸せな日々は静かに始まった。
季節は夏だった。
シベニクでは、灼熱の光が海を照らし、青の世界が広がった。
海にはいくつものヨットが静かに揺れていた。
白い帆柱が海に映えて眩しかった。
僕たちは海水浴にでかけた。
「拓真さん、私は海水浴は初めてです」
「ええ、海水浴は初めてなの?」
「はい。だから泳げないのです」
「大丈夫だよ。浮き輪を買っていこう」
「はい」
砂浜に、僕たちの足跡が並んで伸びていた。
波が来るたびに、その跡は少しずつ消えていき、由香里さんはそれを黙って見つめていた。
僕もまた、その光景から目を離せなかった。
楽しい時はあっという間に過ぎ、海は夕暮れ色に染まった。
「拓真さん見て、夕日が水平線に沈んでいきます。きれいです」
「本当だね。こんなにきれいな海は僕は初めてだよ」
「私もです」
「でも、何より由香里さんがきれいだよ」
「そんな恥ずかしいことを言わないでください」
楽しかった。
このままこの幸せが続いてほしいと、心から願った。
「拓真さん、私は心配です。今頃、父と倉沢さんが私を探しているはずなので」
「そうだね……でも、ここまで逃げれば大丈夫だよ」
「そうだといいのですけど」
そんな頃、里岡から手紙が届いた。
手紙には、倉沢のことは心配ないと綴ってあった。
それが安心を意味するのか、あるいは別の何かを意味するのか、僕にはわからなかった。
ただ、胸の奥の不安だけは消えなかった。
しばらく充電期間をいただいていました。
また少しずつ書き進めていきたいと思います。
今後もお読みいただけたらうれしいです。




