第37話 望郷
シベニクでの生活も慣れてきた頃だった。
里岡からの手紙に僕の母の手紙が添えられていた。
どうやら、里岡は僕の母のことを気にかけてくれたようだった。
僕はすぐさま、母の手紙に目を通した。
拓真、元気にしていますか
お母さんは元気です
でも、最近は年のせいか歩くのが辛くなりました
時々、拓真が幼い頃によちよち歩いていた姿を夢に見ます。
また、あの頃に戻れたらと思ったりもします。
こんなことを書いたらだめですね。
拓真が元気にしていることだけを願っています
クロアチアでの生活はさぞかし心細いでしょう
由香里さんと幸せに過ごしていればいいのですが、
それだけが心配です
こちらでは、里岡さんが気にかけてくださって感謝するばかりです
お母さんのことは気にしなくてもいいです
幸せに暮らしてください
それでは
母の手紙はうまく言葉になっていなかったけど、僕には込み上げてくるものがあった。
日本がやけに懐かしく思えた。
僕は母さんに返事を書いてあげたかったけど、里岡から返事を書くのは禁じられていた。
居場所が倉沢に知られないためだった。
僕は母に何も伝えることができないのが何より辛かった。
幼い頃から父がいなくても、母がそれをやさしく埋めてくれた。
貧しさゆえに学校で僕が馬鹿にされ、いじめられた時でも、母はいつも僕を温かく包んでくれた。
そんな母が心配でたまらなかった。
僕は虚ろだった。
そんな弱い僕ではいけない。
そう思っても母のことが気になって仕方がなかった。
そんな僕を見かねたのか、由香里さんが僕に声をかけた。
「拓真さん、ごめんなさい。私のせいで……」
僕は何も言い返すことができなかった。
その日からだった。
由香里さんの様子が、どこか変わり始めたのは。
いつも遠くを見ているようだった。
僕が不甲斐ないばかりに、そう思うと余計辛くなった。
窓から聞こえる波の音さえ沈んで聞こえた。
そんな頃だった。
由香里さんがぽつりと呟いた。
「拓真さん、日本に帰りましょう……もうこれ以上、拓真さんの辛い表情を見たくないです。私はどうなってもいいです。でも、でも、拓真さんが危険な目に遭いますね……どうすれば……」
そう言うと泣きながら僕の胸に飛び込んできた。
僕はなぜか強く抱きしめてあげることができなかった。




