第33話 思惑
遂に倉沢が動き出した。
僕はそう思った。
想像していたとおり、由香里さんの父親から連絡があった。
当然ながら、婚約の破断を言い渡されるものだと思った。
由香里さんの家に到着した。
中に入ると、由香里さんの父親と倉沢がいた。
倉沢が重い口を開いた。
「拓真君、僕は君には勝てないよ。それに僕は立場というものがある。僕の周りには敵が多くてね。ここはお互いのためだ。君は賢い、わかるだろう」
「どういうことですか?」
すると、父親から意外な言葉が飛び出した。
「君たちは今までどおり、交際を続けなさい。伊豆の別荘で二人暮らすといい。その代わり、今回のことは口外しないように。それが一番だ。これ以上大事になると君も」
「まあ、お父さん、それは言い過ぎというものです」
「ああ、先生、つい私の口が、まあ先生も人が悪い」
僕はようやく、事の重大さがわかってきた。
伊豆での生活が始まった。
しかし、それは監禁に近いものだった。
外出は禁じられ、仕事さえ許されなかった。
別荘の中では自由は認められたものの、常に監視役の人物がいた。
「拓真さん、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だよ」
すると監視役の人物の低い声が響いた。
「よかったよ。君たちは、始末されても不思議じゃなかったからな。ただ、先生もな……」
そう言いかけて、口を閉ざした。
そうして、1年が過ぎた。
倉沢の疑惑報道もすでに過去のものとなっていた。
ようやく、自由の身になった。
しかし、僕は監視人の言葉がいつまでも耳に残っていて、
倉沢の名前を出すことはなかった。
それは由香里さんも同じだった。
あまりに、倉沢の存在が大きすぎた。
今までのことを考えると怖かった。
怖くてたまらなかった。
ある日、再び、由香里さんの父親から連絡があり、家へと訪れた。
「拓真君、もう、そろそろ猿芝居はお終いだ。君ももうわかっただろう」
「どういうことですか?」
「由香里と別れなさい」
「お父様、どうして?」
「由香里に紹介したい人物がいるんだ。倉沢先生の秘書の小林さんだ」
「お父様、嫌です」
「拓真君、君のおかれている立場もわかるだろう。ここは身を引きなさい」
「どうして、今更」
「それはだな……まあ、こればかりは仕方ないんだ。世の中は力が支配している。それにな、桐沢財閥には倉沢先生の力が必要なんだ。倉沢先生に尽くしなさい」
「まさか、お父様。嫌です、もう倉沢さんのそばは嫌です」
「だから、秘書の小林さんがお相手だ。十分不足はない。だが、由香里は先生のために……そこまで言えばわかるだろう。お前もいつまでも子供じゃない。由香里、家のために生きていきなさい。それが、お前の幸せでもある。もういいだろう。拓真という男は。こいつは金も力もない」
「お父さん、それは話が違うじゃないですか」
「君も社会勉強をしただろう。私の知り合いでも紹介してやる。今度会ってみなさい」
「お断りします」
「そうか、仕方ないな……」
由香里さんの父親はぽつりと言った。
その意味は十分に伝わってきた。
僕はなすすべがなかった。
僕は由香里さんと別れるしかなかった。
しかし、そこに一人の男性が僕の元を訪ねてきた。
「拓真さんですね。ある方からの指示で動いています。理由は今はお伝えできませんが、少しご同行願えませんか。悪い話ではありません」
僕はその男に連れられて、ホテルの一室へと向かった。
そこにはテレビでも見慣れた政治家がいた。
「はじめまして、あなたが拓真さんですね。私は里岡と言います」
僕は驚きを隠せなかった。
「どうして、僕に?」
「実は倉沢という人物の後を追っていましてね。あなたも関わった、不適切関係の件ですが」
「それが、どうしたのですか」
「いや、まあ、政治は表も裏もあるのですよ。私に協力してくださればいいようにしてあげますから、あの事件の真相を教えてもらえませんか」
「いえ、それは……」
「その点はご心配なく、あなたがおかれている立場はすでに私の範疇内でしてね。まあ、簡単にいえば、倉沢と私はいい関係ではないのですよ」
「どうすればいいのですか?」
「さきほども、申し上げましたが、真相を教えてください。そうすれば、倉沢もしばらくは表立って動けませんから。あなた達にもすぐに身の危険が及ぶことはありません」
「それじゃ僕たちは……」
「大丈夫です。ご心配ありません。例えばですが海外へ行かれるのはどうですかな? そっちが私にとっても都合がいいのです。そこでの生活も保障しますよ。彼女とも別れたくないでしょうから」
「どうしてですか?」
「それはまあ、いろいろあるのですよ。心配しなくてもいい、私が全て手はずを整えますから。私もその程度の力はあります。何より君たちの身を考えてごらん。それがいい。国内じゃ倉沢の息がかかっているからね。そのうち彼も黙っていないだろう」
僕は神にもすがる思いだった。
そして、僕は真相を話すことにした。
そして、僕たちは逃避行という道を選ぶしかなかった。
ここから物語は、いよいよ核心へと入っていきます。
この先はより緊迫した世界が広がります。
お楽しみにしてください。




