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残月の彼方――愛は欠けた月を満たす光  作者: 月原 悠
第三章 対峙

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第29話 揺れる微笑み

倉沢の一件は次第に収まりをみせつつあった。

けれど、僕の胸の内は少しも静まらなかった。

由香里さんのことが、なお心に残っていた。


そんな時、意外な知らせがあった。

一本の電話だった。


「もしもし、拓真さんですか」

「はい、そうですが」

「私は由香里の父です。突然の電話で申し訳ありません」

「どうされましたか……?」

「由香里のことで、お力を貸していただきたいのです」

「由香里さんは今、どうしているのですか?」

「家へ戻ってきておりますが、傷心がひどくて……

今のあの子は、誰にも心を開こうとしないのです」

「そうですか……」

「ですが、あなたになら会うかもしれません。

今の由香里には、あなたが必要なのだと思います」


意外だった。

あれほど反対していた由香里さんの父親から、

まさか連絡があるとは思ってもいなかった。


けれど、僕は迷わなかった。


「わかりました。すぐに伺います」

「ありがとうございます。家におりますので、どうかお越しください」

「はい」


電話を切ると、僕はすぐに支度をした。

気持ちは急いていた。

由香里さんに会える。

その思いの底に、うまく言えぬざわめきもあった。


由香里さんの家へ着くと、父親自らが僕を迎えた。

以前と同じ屋敷のはずなのに、空気はどこか重たく沈んでいた。


「来てくださってありがとうございます」

「いえ……由香里さんは」

「奥の部屋におります」


通された先で、僕は足を止めた。


そこにいた由香里さんは、以前より痩せて見えた。

顔色も冴えず、膝の上に置いた手だけがやけに白かった。

家へ戻ったと聞いていたから、少しは安らいだ顔をしているのかと思っていた。

けれど、その目はまだ遠くを見ているようであった。


「由香里さん……」


僕がそう呼ぶと、由香里さんはすぐには顔をあげなかった。

やがて、かすれた声で言った。


「ごめんなさい……」

「どうして謝るの」

「私はもう、拓真さんにお会いする資格はありません」

「そんなことはないよ」


父親が口を開いた。


「由香里、せっかく拓真さんが来てくださったのだよ」

「お父さん……」

「今、素直に気持ちを話しなさい」


由香里さんは小さく首を振った。

その動きさえ、ひどく弱々しく見えた。


「由香里さん、気にしなくていいよ。

僕の気持ちは変わっていない」

「でも……私はもう、以前の私ではありません」

「それでもいい」

「拓真さん……」

「僕は変わらないよ」

「拓真さん……」


由香里さんはようやく顔をあげた。

その目には涙がにじんでいた。

けれど、そこにあったのは安堵ばかりではなかった。

怯えのような影が、まだ薄く差しているように見えた。


父親は僕たちの様子を見届けると、静かに言った。


「二人きりの方がよさそうですね。私は席をはずしましょう」

「お父さん、大丈夫です」

「いや、今は拓真さんと話しなさい」


そう言って、父親は部屋を出ていった。


しばらく沈黙が流れた。

その沈黙の長さだけ、由香里さんの傷はまだ深いのだと思った。


「由香里さん」

「はい……」

「さっきも言ったけど、僕は気にしていないよ」

「でも、私は……」

「無理に言わなくてもいい」

「拓真さん……」

「由香里さん、今日はゆっくりと休んで」

「はい……」

「また、あの公園で会おう」

「はい……」

「待っているよ」

「はい……」


僕は由香里さんと約束を交わし、家を後にした。

けれど、屋敷の空気はどこか重たいままだった。

父親の言葉も、あの静かな微笑みも、

帰り道のあいだじゅう心に残っていた。


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