第百八十ニ話「ルコアとツムです夜露死苦ゥ」「痛いよ姐さん」
同士である四人を見送り、セレネスは執務室へと戻る。
各所から送られてくる山積みとなった書類もあと半分となり、もう少しで片付くと思うと仕事のやる気も出てくるというものだ。
「王国、か。宣戦布告はまだであるが、未だに降伏してこないのは……向こうにはまだ勝機があるということか」
かの国の戦力はカイトからある程度は報告を受けている。
しかし詳細までは彼自身も分からない上に、今この瞬間も戦争に備えて戦力増強を図っているだろうし、こちらは支配下に置いた小国全ての把握と管理で多少だが戦力が分散している。皇太子は帝国に残る戦力のみでも十分に王国と戦えると思っているし、セレネス自身もそれには同感だった。
気になることと言えば、ここ最近になって勇者への石打ち刑が執行され、同時に勇者から魔力を奪っているとか。勇者の膨大な魔力、それを奪ってどうするのか。
「戦争への備え、だろうな……。しかし、その用途が分からない」
帝国とは違い、王国の騎士団は得意な分野ごとに独立し、開発局のように何かを作る側の騎士団があると聞く。となれば奪った魔力はその騎士団が使うのだろう。
「セレネス、入るぞ」
「……ガーシュ?」
扉が開き、ガーシュが入ってくる。
「準備ができたから出発前に一声かけようと思ってよ。それから、さっきは言わなかったが……俺を邪魔した剣士のことで少し話がある」
「気になることでもあったのか?」
「ああ……俺は真っ当な剣士じゃねェからな、アンタに聞けばなにか分かるかもと思ったんだ。王国に行ってまたあの剣士と戦う、なんてことも考えられるしよ」
「そうだな。私が答えられるかは分からないが、同士からの頼みとあらば、出来る限りの知恵を貸そう」
助かる、とガーシュは軽く頭を下げる。そして確認の為にガーシュは剣士と戦ったときの状況をもう一度話してから、本題に入る。
「───今はちゃんと動くんだけどよ。戦ってる時、奴の目に見られた瞬間、肩から腕先の感覚が一瞬だが無くなったんだ。まるで斬り落とされたように……」
■■■
両者の拳が激突する。
「オオオオッ!!」
「オラァ!!」
瞬間、ガツンと大きな衝撃が生まれて地面が陥没した。
「うむ!! やはり見た目だけではない、相当使い込まれて鍛え上げた筋肉だな!!」
「まあそりゃあね……。おれがいた所は皆が格闘家。強くならなきゃ生きていけない世界だった」
「ほう、ということは君も?」
「あ、いや、おれは周りの格闘家に勝てるよう単純に鍛えただけなんで、格闘家というわけじゃない。強いていうなら……拳で戦う者、拳士とか?」
今、どういう状況なのかと言うと、場所は王城の横にある騎士団用の演習場。そこで『アダマス騎士団』の団長ゼストさんと紡くんがお互い半裸になって組手をしている。
「ツムグ、と言ったな。良ければうちの騎士団に」
「それはうちの姐さんが許さないと思うんで」
「そうか……」
ハッキリと明言しないが拒否の意思を示されてゼストさんは肩を落とす。
(まあ、あれを見ればなぁ……)
チラッと視線を横に向ければ、
「ふぅ、いい汗を流しました。運動もたまにはいいですねぇ」
少し離れたところでは修道服を一切汚さず、凶悪なデザインの篭手で額の汗を拭うルコアさんと───白目を剥いて気絶し、山積みになっている『アダマス騎士団』の女性陣たちがいる。
「……………」
経緯としては、紡くんとゼストさんの組手を見て、少し運動したくなりましたとルコアさんが『アダマス騎士団』の特訓に混ざりたいと、たまたま近くにいた大柄の女騎士に申し出たのだ。
『ハン、そんな細い体でうちらと特訓? やめとけやめとけ、テメェみたいなオチビサンはお家で絵本でも読んでな』
『あらあら、驚きました。ずいぶんと威勢のいいお肉が喋ってますねぇ。しかも質より量とばかりの贅肉三昧。これではお体が可哀想ですね〜』
『ア"ア"ン!?』
『せっかくですし、ここで私が筋肉のなんたるか、本当の力というものを教えてさしあげましょう。───途中リタイアしても止めねェぞ、三下』
その後、鍛えられた筋肉を抉る鈍い打撃音と、女性陣の阿鼻叫喚、ルコアさんの楽しそうな笑い声が響き、あっという間に制圧してしまったというわけだ。
「紡くん、ルコアさんって何者……」
「ちょっと出自が特殊なだけで、あとはどこにでもいる、か弱く可憐でお淑やかなただの元ヤンの普通の修道女」
……さて、これはどこからツッコもうかな。ルコアさんに言わされてるとかじゃないよね?
「二人って異世界人なんだよね?」
「そう。と言っても、なんというか……俺と姐さんがいた世界は実際にあるわけじゃない、作られた世界だ」
「作られた世界?」
「知らない『誰か』の手で作られた世界に生きる……知らない『誰か』に設定と姿を与えられ、生まれた存在……。まあ言ってしまえば、漫画とかゲームとかの登場人物なんだよ、おれ達」
「はあっ!?」
異世界人───こことは違う、世界観も歴史も文化も異なる別世界から、召喚、もしくは転生することで、こちら側へ来た者の呼び名。
確かに、その『誰か』の手で『創作』された作り物で、実際には無いものだとしても、一つの世界であることに変わりはない。彼はその世界で生き、存在している。
彼は言う。───初めは『誰か』が手掛けたゲームだった、と。
流行っていたから売れるだろうという理由で作られたありきたりなゲーム。他と違ったのはストーリーだ。当時はキャラごとに少しだけ設定はあってもストーリーが無く、ただキャラ同士で戦うだけのゲーム。そこに『誰か』はゲームを楽しむスパイスとしてストーリーを組み込んだ。
有名な脚本家に依頼し、出来上がったストーリーはまたたく間に話題となり、売れに売れた。
そして人気作となったことでそのゲームはさらなる進化を遂げる。
「進化……」
「アニメ、漫画化だよ」
より深掘りされた世界観、詳細に作られたキャラの背景、そこから繋がっていく関係性とストーリー。『誰か』の熱意と想いが詰め込まれ、その作品は完全なものへとなった。
そうして新たな世界として完成した。
こちらの世界と繋がり、召喚・転生できるほどの、確かな世界として。
「とりわけ姐さんは設定的に重要人物でさ。回復手段が乏しい世界で唯一、どんな重傷でも、なんなら即死でも、望めば自他の蘇生ができる『復元』っていう力を持ってる。あとゲームでは裏ボスだった」
「な───」
「姐さんはその力のせいで色んな人から狙われたし、あの腕っぷしの強さと『復元』を合わせた近接戦闘で多くのプレイヤーの心をへし折ってきた。だからかな、少し疲れたんだと思う」
平穏な暮らしがしたかった、と王都へ向かう道中でルコアさんから聞いた。それは単に彼女が争いを好まないからだと思ってた。
「元々、静かなのが好きだったこともあって……戦うのにうんざりしたから、この世界では平穏に暮らすって言っててさ。まあ、しばらくそれは無理そうだね」
『ヌオオオオオオオオッッッ!?』
『あっははははは!!』
「笑いながらゼストさんをハンマー投げの如く振り回してるけど本当に戦いにうんざりしてるんだよね?」
「人をオモチャにするのは好きなんだ」
「か弱く可憐でお淑やか、なんだよね?」
「元ヤンだからかな」
「普通の修道女じゃないよね?」
「おれ達がいた世界では普通の方だよ」
「「……………」」
「ちなみにそれ、ルコアさんに言わされてたりは?」
「正直言わされ」
「おいツムゥ!! 分かってンだろなあ!!」
「もちろんだよネーサンサイコー、ネーサンサイコー」
ルコアさんからの怒鳴り声に紡くんはビクッと体を震わせてから機械のようにその言葉を繰り返す。
「……レンくん、これがうちの上下関係さ」
「仲良くしようね、紡くん」
「うん……」
ホロリと涙を流す紡くんの肩に手を置き、彼とは良い関係でいようと決めたのだった。
■■■
「───やれやれ、しばらく見ない内に様変わりしたね。これじゃあ騎士団というよりは傭兵だよ」
『サザール騎士団』の隊舎の前で、私は思わず呟く。
「なにをしに来たオウカ」
「団長……あ、いや、退団したから今はお父さんでいいのか。お父さんに会いに来ただけなんだけど」
「嘘をつけ。どうせあの裏切り者に言われて、機密情報とかを盗みに来たんだろう!!」
「騎士団がそんな情報を管理してるわけないよね。それに仮にそうだとしても、白昼堂々、真正面から、なんて馬鹿なこと私はしないよ」
かつては私を擁護していた人達もすっかりカイトのアンチになってしまい、元同僚や先輩後輩たちから敵意の目を向けられながら、やれやれ、と肩をすくめる。
(なるほど───完全にアンチに心変わりした人もいれば、私よりも組織の分断・崩壊を避けることを選んだ人もいるみたいだね。目標を統一して、かろうじて組織として成り立たせているわけか)
やや遠くにいる見知った面々が悲しげな顔をしているのを見て状況を察した。
うん、私は大丈夫。それでいいよ。
「なにを笑っている!! ここから先は通さんぞ!!」
「はいはい、邪魔者は大人しく帰りますよ」
彼らが直接手を出してこないのは、王国はカイトを第一級危険人物としているが私は特に触れられていないから。あとは単純に私が彼らよりも強いから、だ。
(ジブリール様の話じゃ今のところはちゃんと機能してるみたいだし、もう退団した身だし……これ以上こっちから関わるのは止めておこうかな)
隊舎から離れ、私は王都の中心にある広場まで行く。近くのベンチに座り、多くの通行人を眺めながら、少し前までの記憶を思い返す。
「人造騎兵、ねぇ……」




