第百七十九話「やはり彼は素晴らしいですな」「ねえ、やっぱり寝取られたって」
『悪路公』、ガーシュ・オルト・クリシュナン。
帝国正規軍『赤枝騎士団』所属、偵察や諜報を担当する特殊部隊『マクール』を率いる若き強者。やる事は王国の『サザール騎士団』の偵察班と似たようなもので、違いと言えば偵察班は能力が総合的に優れているのに対し、『マクール』は暗殺や夜襲などでの戦闘力が高いことだ。
部隊の運用や、選出された騎士の特性から、武器や魔法は小型化・小規模化され、前線で暴れる帝国騎士から見れば地味で根暗な集まりに見えるだろう。
しかし、元は正規軍として認められた実力者。
見習い騎士の時点で、その特性や能力を買われて『マクール』に入ったのではなく、きちんと適正だと認められて正規軍になった上での異動だ。これはガーシュも例外ではない。
『悪路公』……これはガーシュの異名であると同時に、彼が『マクール』を率いる者として選ばれた要因、彼の生まれ持った【異能】である。
「───総て、総て。俺の行く手を阻むこと能わず」
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目の前にいたはずのガーシュが消えた。
「ッ!? なに───」
「オラァ!!」
咄嗟に側頭部を腕でかばった瞬間、そこへ衝撃が走る。受け身をとりながら地面を転がり、立ち上がったところで、僕がいた場所にガーシュが立っていた。
「勘が良いな。今のを防がれるか。完全に気配を絶っていたはずなんだがな、面倒くせぇな」
「完全に斬った、はず……」
「斬られてねェよ、だから反撃くらったんだろうが」
満足に防御できなかったからか少し目眩に襲われ、気付けにと太腿を強くつねる。ガーシュは追撃しようとはせず、腕を組んで考え込んでいる。
「さっきの居合いは俺を誘う為のものか。ってなると狙いは早期決着、俺の連続攻撃への対処が厳しく、作戦を時間稼ぎから俺の無力化に切り替えた、そんなところか……」
僕の狙いが全て言い当てられた。
ガーシュがニヤリと笑みを浮かべ、ダガーを持ち直す。
「そんなに嫌ならもっと見舞ってやるよ!!」
またあの連続攻撃が来る。まだ彼のスタミナは持つだろう。恐らく先に音を上げるのはこちらだ。それを確信させてしまった。好機を逃した代償はあまりにも大きい。───今のままでは。
(一段階、上げる……)
"一気呵成"のみでは対処するので手一杯、それは認める。なら更に上の状態ならどうだろうか。
───"水天一碧"……流れは不変、我が前に阻むもの無し───
相手は強い。帝国軍最高戦力の一人だ。まさか【異法】一つで倒せるとは思っていない。これからするモノのみでも、倒せるとは微塵も考えていない。
───"一気呵成"……為すは連刃、空を割る稲妻のごとく───
でも、試してみたい。そして今一度、振り返るべきだ。奥義を完全に習得する為にも、己と、敵を、よく観て、よく識るべきだ。
───二重強化"流一心・乱"───
元よりこの戦いは勝つのではなく、時間を稼ぐこと。相手はいずれまた戦う強者。この時間を、この邂逅を、僕は喜ぶべきだ。
「は、ァァァ!!」
「ッ……ンだ、この力はァ!!」
ガーシュの攻めはさきと同じ。隙のない不規則な超連続攻撃による速攻、しかしその動きには彼の性格が滲み出ている。それが分かればどこを狙ってくるのかがよく分かる。
(思わず避けたくなる狙い、当たりそうで実は当たらない、そんな偽物の攻撃を織り交ぜている。あまりに速い攻撃だから直ぐには見切られず、全部回避か防ごうとしてしまうんだ)
強化された目はガーシュの意図を見抜き、完璧に制御した体重移動と足捌きで、偽物の攻撃には最低限の動きで、本物の攻撃のみを捌き切る。
(すごい、ここまで完全に不規則な攻撃は見たことがない。本人の癖とかで、攻撃に一定のリズムができてしまったりするのに、この人にはそれが無い)
「お前、なにを観てやがる───!!」
ここにきて不規則さを曲げての、右のダガーのみで繰り出す三連撃。頭、喉、腹を狙った刺突。不規則な攻撃に苦労しているところに、いきなりこれをやられれば不意打ちにもなろう。
(でも、所詮は点の攻撃だ)
ダガーで突き、腕を引いて、また突く。この繰り返しがどれほどの速度か。その答えは彼の連続攻撃から割り出せる。割り出せたのなら、あとはそれに合わせるだけ。
三度、刀とダガーの切っ先が衝突する。
なんてことはない。狙いが分かっているんだ。あとはそこに切っ先を置いておくだけでいい。
「調子にのるなァ!!」
ガーシュが飛び退きながら、ダガーに風属性の魔力が付与する。風属性は主に鎌鼬による斬撃や吹き飛ばし、そして速度強化などの身体強化を得意とすると、ルイズから聞いた。
(あの不規則な連続攻撃に、鎌鼬による飛ぶ斬撃が加わったら近づくのも困難か。なら───そうなる前に詰め寄るまで)
『泰山公』と剣を交えて学んだことを活かす。
(踏み込みは思いっきり。自分が、ここまで行ける、そう思っている場所よりも更に一歩先へ)
「───はぁあ!!」
まるで解き放たれたような感覚だった。
この動きがいい。
ここまで出来る。
ここまでを想定しよう。
……そう思って、自分に出来ることのみでどうにかしようと、型に嵌めた動きしかしなかった。でも今、その型を取っ払ったことで、動きに伸びが生まれた。
グンと手を引かれ、同時に背を押されるように、届かないと思っていた地点へ一息で踏み込んだ。
「ッ、今の踏み込み───!?」
「"空穴来風"……微かを抜ける風がごとく」
僅かでも隙があるなら、隙間から入る風のように、そこを駆け抜けられる移動補助。相手に臆さず、迷いのない踏み込みがあってこその【異法】で、ガーシュの横を通り抜け、
「今度こそ!!」
「舐め、るなァ……!!」
背後に回り込んで横に薙ぐ。対してガーシュは、一拍遅れながらも反応。姿を消したかと思った瞬間、振り切った刀の刀身に立ち、こちらを睨みつけながら姿を現した。
「またか……!!」
「終わりだァ!!」
ダガーが迫る。風属性を付与されている今、その切れ味がどれほどのものか想像に難くない。間違いなく容易く人体を切断する。
(違う、見るのはダガーではなく。……彼だ!!)
ガーシュの体を流れる『気』───彼の場合は魔力か───その流れがよく観える。あれを断てるなら、風属性の魔力は霧散し、ただのダガーに戻るだろう。どうやら微弱だが身体強化も施しているようだ。それも無効化できるはず。
───やれるのか?
己に問いかけ、そんな疑問を直ぐに消す。
(やれるのか……ではなく、やるんだ。目で観えている。あとは手を伸ばして干渉するだけ。一カ所でも流れを断てれば、そこから先は機能しなくなり、そして最後には流れの循環すらも止まる)
ダガーはもう目前まできている。時間はない。ここでやらねば僕は目を失う。
(それは出来ない。錯乱した僕を、眩い月光で照らしてくれた彼女の顔を見れなくなるのは嫌だ、ここで必ず掴み取る……!!)
これこそ、"明鏡止水"の完成への第一歩。
己、外界、そして相手が生む『流れ』の全てを掌握する。我が奥義の、これまで使えなかった部分。これが有るのと無いのとでは、戦闘に与える影響の差はあまりにも違う。
観ろ。相手の在り方を。
観ろ。相手の内側を。
観ろ。相手が生む『流れ』を。
「……"明鏡止水"───」
観ろ。そして掴み、捉え、歓喜しろ。ここからが、僕の剣士としての新たな門出であると!!
「───『断流』」




