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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
175/183

第百七十五話「検閲対象に認定」「ここまでの記録と思考を消去します」

「サイノスがやられたかっ!!」

「クライト様、お下がりくださ───」


豪邸の中心にある中庭。そこにある噴水に隠された隠し階段を降りると、数多の照明と豪華な装飾で輝く豪華な一室がある。そして、奥側の大きなソファに、彼はいた。


「『撃鉄公』……」


足元の影に掴まれ、そのまま潰れるような音と共に引きずり込まれる護衛の黒豹の獣人二人を見ても、彼は顔色を変えなかった。いや、悟られないようにしているだけか。


「アンタの家族が病気や魔獣によって先立たれているのが惜しいぜ。あの日、捕まえた獣人たちでそうしたように、アンタの目の前で家族みんなで殺し合いをさせたかった」


クライト公爵───不幸にも、妻と五人の息子はそういった事情で亡くなり、今は親族はおらず執事やメイドに囲まれて暮らしながら、手広くあくどい裏取引をして私腹を肥やしているクソ野郎。


セレネス曰く、自分さえ無事なら他は破滅しても構わないしなんなら当人に気づかず破滅させようと誘導する男、とのこと。数々の悪事の裏には彼が糸を引いていると言われ、どうにか証拠を押さえたかったが、なかなか尻尾を掴むことができなかったらしい。


「そんなことをしても私は鼻で笑うだろうな。妻も、子供も、私の社会的信用を得るためのものに過ぎない」

「『流行り病で寝たきりの妻を甲斐甲斐しく世話したものの、その努力が報われなかった悲しき夫』に、あとは『魔獣の攻撃から身を挺して息子が守ろうとしてしまうほど子に尊敬されていた偉大な父』と無知な民衆からは言われてるが、実際は妻を誰にも世話をさせず早死にさせ、息子を突き飛ばして身代わりにした。死人に口なしと言うが、社会的信用を得たらあとは用済みか。いや、その悲劇があって初めて完璧としたのか」


立て続けにおきた不幸によって家族を失ったクライト公爵だが、そこで語られるエピソードによって、彼が素晴らしい善良な人なのだと信じさせる。そうして民衆から一定の支持率を得ていたのだ。……まあ、彼をよく知る貴族たちにはそれが作り話であるとなんとなく察していたようだが。


「社会的信用……政略結婚だとしても妻ができて、子供もできた、財力もあって、そしてなによりも帝国人としてちゃんと『強い』。これだけでもほぼ達成と言っていいだろうに。なぜ悲劇で終わらせた」

「そのほうが記憶に残るからだ」

「記憶……」


そうだ、とクライト公爵は頷く。


「この国では、成功者と呼ばれる者たち全て、似たような華々しい戦果と数多の賞を手にする。私もその一人だった。だが、それではつまらない。他の成功者にはない別の要素があれば、私は他とは違う『唯一の者』になれるのだと思った」

「同じ成功者たちに自分の名が埋もれるよりも個性を求めた、と?」

「個性……そうだな、明確に他の成功者にはない私にのみある何か、それをどう言うかとなれば、個性か」

「その結果が、身内を殺し不幸な死として偽装し演出した、なのが最高にイカれてる。人としての心は無いのか」

「他にはないものが欲しい───その欲求は、間違いなく私の心からきたものだ。今、心の有無を問うたな。なら答えは『有る』だ」


ソファから立ち上がり、クライト公爵は傍らに立て掛けていた豪奢な長剣を手に取る。その剣は見た目だけの玩具のようでいて、あちこちに使い込まれた痕跡がある。


「『宝剣ミネルヴァ』……公爵家が保有する、天上に住まう神から授かったとされる伝説の剣、公爵家当主の証」

「そこまで知っていたか」

「所有者に光の加護を与え、守護すると共にその斬撃は浄化の光を孕む。悪魔に対抗できる武器。当然調べてあるさ」


さてどうするか、と指輪として右手人差し指にはめた『保管庫』を親指で触る。


「アンタの部下も今頃は悪魔の贄になってる頃だ。残っているのはアンタだけ。諦めて大人しくその首を差し出してくれるなら、こちらとしては楽なんだが……」

「無論、抵抗するとも。私はこれからも私の欲求を満たす為に動く。他者が苦しみながら抗い、最後には絶望して狂乱する様を上から眺めるのが良い。……あの時、捕らえた獣人の家族同士で殺し合わせたようにな。幻覚を見せる魔法でお互い相手が誰か分からぬようにしてから、生きて家族を助けたければ目の前の者を殺せとな」


愉悦に嗤うクライト公爵に殺意が湧く。


「最後に残ったのは母親だったな。私が勝った、言われた通りに殺した、だから家族を返して、そう声高に言ったところで幻覚を解いてやった。クハハ……自分の体についた血が、殺して血に伏せた骸が、いったい誰のものか理解した時のあの顔と叫び……思わず絶頂しそうになった」


生き残った獣人が、幻覚から解き放たれて殺した相手が誰か分かった時いったいどんな顔をするのか───なんて、想像に難くない。


予め調べていたから分かっていたことだが、アイツは他人の不幸や破滅がなによりも好きな非道な男だ。社会的信用の為、他とは違う個性を欲する為、身内を利用するだけならまだ良かった。


(アイツや他の二人に捕まったのがオウカでなくて本当に良かった)


そう安堵して思っていると、


「ああ、そうだ。お前のことは多少は知っているぞ。先ほどお前が影に沈めた獣人は『獣王国』の獣人と繋がりがあってな、そこを通じて得た話によると……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


一瞬にしてその安堵は消え去った。


「お前を殺した後、骸になったお前をその大切な女に見せてやろうか。ああいや、アドソンのようにするのもいいか。お前の手足を斬り落として動けなくした状態で、お前の前でその女を犯してやろうか」


代わりにドス黒く、ドロッとした、重く冷たい感情が奔流となってあふれ出す。


「──────」


この感情はなんというのだろう。


「お前は所詮、格闘をかじった程度の射手。私とこの宝剣の前では見習い騎士にも劣る。確かこうだったか……諦めて大人しくその首を差し出せ」


『宝剣ミネルヴァ』の切っ先をこちらへ向けて不敵な笑みを浮かべるクライト公爵。丸腰の射手を相手に、自身の実力と悪魔の力に対抗できる宝剣があるからこそ、あんなに余裕な顔なのだろう。


「…………」


あんなことを言ってきたのに、頭は酷く冷静だった。騎士団にいた頃なら、相手が誰でもその直後に手が出ていたに違いない。でも今は、


(寒い……血の気が引いたようだ、あの言葉が現実となるのを恐れているのか……。ああそうだな、それは嫌だ。絶対にあってはならない展開で、絶対に俺の前では言ってはならない言葉だ)


 ───ならば、そんなことを言う輩はただ殺すだけでは不足だな。



「………む、ぅ?」



クライト公爵は胸元に手を当てて直ぐ、糸が切れたように膝をついた。何が起こったのか分からず、動こうとした腕もだらりと肩から垂れ下がるのみ。


「な、なんだ、これは……何が起きて……っ」


早くも首に力が入らなくなったようだ。俯きながら、目だけをせわしなく動かし、自分の体に起きた現象に混乱している。


「トゲか何かが胸に刺さったような感覚の後から、全身の感覚がないだろ。もう、お前はなにもできないぞ」


義手の指先から僅かに針を見せる。


「それは、神経毒の……っ」

「どこぞの三男坊との決闘を見てれば分かるか」

「いったい……いや、どうやって、私に撃ち込んだ……」

「結界や加護で自身を覆い、守ろうとも、その内側に影があるなら俺の手はどこにでも届く」


次に、義手に仕込まれたナイフを手首から出す。


「あ、……ぁぁっ」


神経毒の仕込み針とナイフ───この組み合わせを見て、俺が嬉々として人体解剖をしたあの決闘を思い出したのだろう。クライト公爵はみるみる顔を青くする。


()()だ、クライト公爵。俺もアンタと同じだ。お前のその顔を見たかった」


今回の神経毒は、複数の毒草を組み合わせた改良型。魔力制御能力を著しく低下させ、魔法による抵抗も許さない。


(『ガザリア魔道技術開発局』───タタルの根城にいる研究者たちは皆、頭のネジが外れてやがる。この前、薬学に精通してる転生者が新たに加わってから、薬を用いた新しい拷問をいくつも考案してたっけか)


あらゆる面で帝国の技術力が他国を上回っているのを感じながらクライト公爵へ歩み寄る。


「く、来る、なぁ……っ」


なにをされるのか想像して逃げようとするがほんの僅かに体が揺れるだけ。他人の不幸や破滅が好きというわけではないが、今この瞬間だけは、俺も好きだと言える。


「同害報復───希望が潰え、絶望に突き落とされて、無残に殺された獣人たちと同様に」


ナイフを僅かに背へ突き立てながら腰までなぞる。


「やめ、ろっ……!!」

「丁寧に、丁寧に。お前の欲で脂ぎった薄汚い肉を、余さず削ぎ落としてやる」


クライト公爵の声をBGM代わりにしながら、魚をさばく料理人の気分で、ゆっくりとナイフを差し込んで滑らせていく。


(これが終われば目的は達成。あとは帝国の道具として、王国に、アイツらに立ちはだかる)


何度もイメージトレーニングはしたもののやはり実際にやってみると勝手が違う。神経毒で全身脱力状態でも、少し固かったり、柔らかかったり、筋張っていたり、苦戦しながら切開する。


(まあでも、合間を見て王国の逆転の手として、もう少し楔を打ちたいし……まだまだ、やることは多いな)


プツンと太い筋を切断、わずかに骨についた軟骨なども、見せつけるように目の前で削いでいく。……ん? おい、気をしっかり持て。まだ両腕をバラしただけだぞ。


(しかし……まさかオウカにあんな秘密があったとはな、帝国に鞍替えせずあのまま王国にいたら、国どころか大陸も吹っ飛んでた。なんで世界はそんなものをオウカに背負わせ、最後は死ぬようにしたんだか、って……)

「──────あァ?」

「ぅ、……」


手に力が入り、ナイフは骨の隙間を通って心臓に突き刺さった。クライト公爵は痛みも感じず、目の前に並べて置かれた筋肉と骨を見ながら即死した。いや、もうそんなのはどうでもいい。


殺すべきものは全て殺したと思っていた。


だがここで、よく考えればまだ一つ残されていたことに気づく。図書館にあった、オウカ・ココノエの人生という一冊。彼女の死という結末を、何度も書き換えて今に至るわけだが……そもそもそんな結末にしたのは誰なのか。


「待てよ、おい……まだあるじゃないか、俺の殺意の対象が……っ」


運命、可能性、そんなものを否定するように、初めからそうなると決まっていると言わんばかり。過去、現在、未来、全てが記されているもの───そう、世界だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!」


答えは明白。


ならば、どうする?


相手が何であれ、オウカを殺そうとしたものを、俺は赦さない。だが、オウカが生まれ、今も生きる、この世界を相手に、俺はどう殺せばいい?


この世界由来の悪魔の力は恐らく使えない。物理的な攻撃しか持ち得ない俺に、世界そのものを殺すには、どんな手段を使えばいい?



「───神、いやあの図書館か? ……あれを消し去れば」

「そこまでですよ、カイトさん」

「っ!?」



背後から声がして振り返る。


「それ以上の思考は看過できません。その怒りは私にも分かりますが、結末を書き換えたのです。復讐劇は無くなり、それによって彼女が死ぬことは無くなった。どうか、それで満足してください」

「お前……なんでここに───」

「とりあえずここまでの記録(ログ)は消去、またその思考に至らないよう念のために施錠(ロック)しておきましょう」


ソイツが俺へ指差した途端、強烈な頭痛に襲われる。


「ぐ、ううっ、あああああああ……!!」

「申し訳ありません。こうしとかないと、うちの商売にも関わりますから」

「お前、()()()()()()()()……─── 」


手を伸ばして掴みかかろうとして、テレビの電源を切るように、プツンと俺の意識は途切れた。



「これは貴方の為でもあるのです。知り過ぎたり、気づき過ぎたりすると、目をつけられて最後には泡のように消えますからね。恩人がそんな終わり方をするのは見たくはありません」


「ああそうだ。手荒に処置したお詫びに、あとで王国へこっそり援助しておきましょう。戦争に勝つ為とはいえ、あちらもマズい域に手を伸ばしてますし、その辺の情報を他所に漏らすわけにはいきませんし」


「あとはあの剣士ですが……やるかやらないかで言えばやらない、出来るか出来ないかで言えば出来る、あの羅刹女と同じ部類。うーん、少し様子を見ましょうか」



「オトギリの一刀……どこまで至るのか、高いところで見てますからね。若き剣士、弟切 錬さん」


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