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栄光求める者の街

 村を出てから六日目の朝。


 馬車に揺られながら、後方に離れていく景色をぼうっと眺める。


 随分と時間が経った。


 商業都市"イルベーザ"を馬車で出発したのが昨日の朝。

 冒険者のパーティに護衛されながら、馬車は街道を走る。


 正面に座るユーティミスが、使い込んだ地図を広げ真剣な眼差しを送っている。


 と、不意に周りを並走していた冒険者の馬の足音が変則的になる。

 次いで、後方に、横を並走していた一匹の馬が姿を現す。


 馬に乗った男は少し身をかがめると、こちらを覗き込む。


「そろそろアイゼンに着くぞ!」

「そうか」


 少しして、馬車が跳ね橋を渡る。


 周りをぐるっと塀に囲まれた、城郭都市。


 国で二番目に大きな都市というだけあり、そこら中から活気あふれる声が聞こえる。イルベーザは商人や職人、冒険者などで溢れかえり、野蛮な活気だったが、こちらはそれより幾分か上品に感じる。


 勇者を育成する学校があるだけのことはある、という感じか。


 馬車は路を進み、何回か曲がり角を曲がると馬車が複数並ぶ停留所で止まる。


 俺は馬車から降り、グッと身体を伸ばす。


 しばらく座りっぱなしで、座り心地の最悪な椅子に腰かけていたため、体中がバキバキと音を鳴らす。


「さて、宿へ向かうぞ」

「はい、魔王様!」


◇ ◇ ◇


 宿は本当に豪華で、商業区に近く立地も良い。


 装飾も豪華で煌びやか、各部屋は大きく、キングサイズのベッドが一つ備え付けられている。


「豪華は豪華だが……」


 俺は満足気なユーティミスの方を見る。


「なんで二人一部屋なんだ? 金があるなら二部屋とればいいだろう」

「離れていると何かあった時困りますから。同じ部屋なら心配もありません」

「……貴様は人間の身体に馴染みすぎているが、俺は魔王の頃の力を引き継いでいる。俺の身体に心配はない」

「それでも、心配になるのが臣下というものです!」


 キラキラと真剣な眼差しでそう言い切るユーティミスに、俺は思わずため息が出る。


 言わんとしていることはわかるが……。


「今の俺は魔王ではなく一介の勇者志願者の若者だ。敵などいない」

「それはどうでしょうか……」

「どういうことだ?」


 予想外に懸念を示すユーティミスに、俺は疑問を呈する。


「勇者……一筋縄ではいかないようです。先ほどのゴミ――冒険者も言っておりましたが、勇者学院は魔窟……その中では死すら容認されるほどの荒れ具合と聞きます」

「勇者が荒れているだと? 奴らは自己犠牲の精神の上に成り立つ存在ではないのか?」

「勇者となるためには手段を選ばない輩が蔓延っているようです。試験のうちに有力者を減らしておきたいと考える輩が居ても不思議ではないかと」

「ふむ……勇者学院などと言って名声を手に入れようとする者達を一か所に押し込めればそんなことも起こり得るか……。転生前とは勇者の在り方に違いがありそうだな」


 となれば、試験前に何かを仕掛けてくる奴が居ても不思議ではないか。


 俺が試験を受けるという事を知っている人物はほぼいない。

 この宿にくることはまずないだろうが……警戒するに越したことは無いな。


「――お前の言いたいことはわかった。試験も細心の注意を払って受けてくるとしよう。ユーティミス、苦労を掛けるな」

「めめめめっそうもありません!! すべては魔王様の為……!! ど、どうします、一緒に寝ますか!?」

「ベッドが一つなんだ仕方ないだろう。さっさと寝るぞ。明日も早い」

「!! は……はい……」


 ――栄光求める者の街、アイゼン。


 今宵この街では、勇者を夢見る若者たちが、その腹にいくつもの業や欲を抱え、静かに試験の時を待っていた。


◇ ◇ ◇


「さて、行くとしよう」

「いってらっしゃいませ、魔王様!」


 ユーティミスに見送られ、いよいよ試験へと向かう。


 空は晴れ渡り、絶好の試験日和だ。


 アイゼンの北東部に聳え立つ真っ白な建物。

 ファルウール勇者学院。


 学院へと続く道は見渡す限りの人。

 多種多様な民族が来ていることが見て取れる。


 これが全て勇者学院への入学希望者か。

 勇者はかなり人気みたいだな。国内外のエリートが集う学院……まさかその中に魔王が紛れているとは誰も思うまい。


 皆目がギラギラと光り、野心に満ち溢れている。


 その緊張感が意外と心地よい。


 すると、その喧噪に紛れ、前方が何やら騒がしい。

 明らかに異質の騒がしさだ。


「と、通してください……!」

「悪いが、お前を通すなと言われててよお。殺しても構わんとな」

「何でそんな……!」


 反抗する女に、短髪の男が剣を向ける。


 何事だ一体……。


 見ると、金髪の少女が、五人の大人の男達に足止めを食らっているようだ。


 その様子に左右が囁き声を上げる。


「あれ、変なのに絡まれてるのってシルフローラか……?」

「あれが魔術の名家の……という事はあの男達は誰かの差し金か?」

「可哀そうに、受験者潰しか……噂通りだな」


 周りの受験者たちが、口々に小声で噂を始める。


 どうやらあの女、そこそこ名の知れた人間らしい。

 シルフローラか……。


 俺は合点が行く。


 なるほど、これがユーティミスが言っていた……。

 有力者を試験前に潰すために、戦闘専門の人間を雇った奴が居ると言う訳か。


 ――下らんな。

 

 周りの人間もその騒ぎに助太刀に入る様子はないく、そのまま学院を目指し歩き続けている。


 その様子に、俺は落胆の溜息を吐く。


 つまらん……勇者を目指すという者が見向きもしないか……。

 ここで有力者が減れば自分が合格する可能性が上がるという心積もりか。

 本当に俺の知っている勇者とはかけ離れた存在になっていそうだな。


 これもまた、俺が生きた時代との違いか。 


 ……だが、自分の力であの程度の障害を突破出来ない者に勇者など成れる訳がないのもまた事実。


 妨害され、それを突破できない程度なら、大人しく家に帰るのが身のためだな。

 いずれ勇者という役割が手に負えなくなるのは目に見えている。


 あの少女には悪いが、ここは素通りさせてもらう。


 俺はその騒ぎから目を離し、他の人の流れに合わせ歩き続ける。


 ――すると。


「いいわ……私だって勇者を目指してるもん……!! あなた達くらいどうってことない!」


 そう言って、シルフローラは腰から棒を取り出す。


 それをクルクルと回し振りぬくと、棒の先端と後端が伸び、一本の長い杖となる。


 その先端には、クリスタルが埋め込まれている。

 マジックアイテムの類か……。


「ははは、魔術師がこの間合いで剣士に勝てる訳がねえ!!」


 短髪の男は、鞘から剣を引き抜く。


 空間に緊張が走る。


 男の方、確かに正論だが……シルフローラと言う奴、そこそこ戦えるな。

 一方的にはならなそうだ。


 俺はそのまま彼らの横を素通りする。

 もう見ている必要もあるまい。さっさと試験会場へ――


 と、その時、シルフローラの使う魔力に懐かしい感覚を覚える。

 豊かな緑を彷彿とさせるような、包み込むような魔力。


 ――いや待て、そんな訳が……。


 俺は慌てて振り返る。


 杖を握り、男達と相対しようとする少女。


 見た目の特徴は一致しない……むしろ完全に人間だ。

 だがこの感じ……いや奴らは絶滅したはずでは……。


 だが、確かに俺の身体が、この少女の魔力を()()だと認識していた。


 俺が間違えるはずがない……だとすればこいつは……。


「悪くないな……味方につけておくべきか……」


 俺はゆっくりと近づき、男達と少女の間に割って入る。

 急な俺の出現に、その場の全員が唖然とした表情で俺を見る。


「……あぁ? いきなりなんだてめえは――……」

「黙れ」

「――ッ!?」


 俺の一言に、男達の顔面が恐怖の色で染まる。


 俺の身体からあふれ出た殺気を感じ取り、一瞬にして血の気が引いたのか顔面が蒼白している。


 後ろの取り巻き立ちも同様のようで、剣を持つ手が震えている。


 所詮この程度か……。

 俺がでしゃばるまでもなかったか。


 ――いや、ここで彼女に恩を売っておいて損はない。


「貴様ら全員皆ごろ――」


 っと、俺は慌てて口元を抑える。


 危ない、我に返るのだゼノア。クールに行こうじゃないか。

 ここでこいつらを殺しては目を付けられるのは必至。


 そんな方法での解決はこの少女も望んではいまい。


 まだ早い……時期尚早だ。


 人間界で勇者となるならば、無用な殺生は厳禁だ。 

 自分が人間として人間界に潜入しているという意識を常に持たなくては。


「……いや、この子を返してもらおう。さっさと行くぞ、シルフローラ」

「えっと……え?」

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