出発
「母さん」
「どうしたのゼノアちゃん」
母さんはきょとんとした顔で俺の方をちらと見て、コップを口に近づける。
「話があるんだ」
「珍しいわね、ゼノアちゃんが話があるだなんて……あ――」
と、母さんがコップをテーブルに置き、ポンと手を打つ。
「まさか、今朝来た女の人とお付き合いしてるとか……。歳の差はまあいいけど、私はどこの誰かもわからない人はちょっと――」
「違うよ……。その話ではない……というかそんな話は一切ないから安心しろ」
「そ、そうなの? ……じゃあ、話って?」
母さんは改めて俺の方を向き、姿勢を正す。
「俺……勇者学院に行こうと思うんだ」
「勇者学院……!?」
母さんは思ってもみなかった言葉が飛び出したのか、驚きのあまり目を見開く。
「ちょ、ゼノアちゃん急にどうしたの!? あの女の人にたぶらかされたの!? そうなの!? そうなんでしょ!?」
「違う違う! ちょ、母さん落ち着いて! これは……俺が決めたことなんだ……!」
「…………」
母さんはいつもは飄々としているが、この時ばかりはいつも以上にうろたえた様子で、額に手を当てる。
「そんな……でもなんで急に……?」
「実は前から考えていたんだ。俺の進路について……。この村で守衛の職に就くのも立派だと思う。でも、俺は自分の可能性を確かめたい……!」
「……ゼノアちゃん……」
母さんは最初こそ驚いた表情をしていたが、今は落ち着きを取り戻し、何かを考え込んでいるようだった。
そりゃそうか。手塩に掛けて育てた息子が親元を離れ、進学しようとしているんだ。心配だろう。
魔王として、黙ってこの家を出ることも考えたが……いずれ全ての生命の頂点に立つ存在である俺が、たかが母親ごときにひよってコソコソ逃げ回るような真似はしない……!
正面から許可を取り、正々堂々勇者学院へと進学する。
それこそ我が覇道……!!
しばらくして、何かを真剣に考えていた母さんが口を開く。
「ゼノアちゃん――」
重苦しく開かれる口。
反対されるか……?
「そう……――抗えないのね……」
「なんだって?」
「――わかったわ。勇者学院、受けてみなさい」
「いいのか……?」
母さんはコクリと頷く。
「そうね……今まであまり自分のやりたいこととか、殆ど言ったことがなかったゼノアちゃんが、自分から行きたいって言ったんだもの……。応援しないとね……!」
「母さん……」
「いつ行くの?」
「来月に入学試験があるらしい。それに合わせて出発しようと思ってる」
「寂しくなるわね」
「たまには戻ってくるさ」
母さんはニコっと微笑む。
「がんばりなさい……! あなたならきっと成功するわ。何て言ったって私の子供だもの」
◇ ◇ ◇
そして、二週間後。
俺は母さんと村に別れを告げ、アイゼンへと出発した。
転生してから何度も訪れたイエローフォレストを抜け、川沿いに西を目指す。
しばらくして、ぼうっと明りが灯っている一帯を見つける。
そこに座る黒い影が、俺の足音に気付き振り返る。
「お待ちしておりました、魔王様」
合流地点にて焚火をしていたユーティミスが片膝を地面に付き、俺を見る。
ローブに身を包み、旅の様相だ。
「あぁ、少し遅れた。――で、首尾はどうだ?」
「はい。計画通り勇者学院の入学試験の申請は済ませておきました。また、入学まではアイゼンの宿で過ごしてもらいます。一流の宿をご用意いたしましたのでご安心ください」
「ほう、手際が良いな。そんな金があったのか?」
「ええ。……言ってませんでしたが、私が転生したのは貴族の家でして。その、お金については心配ございません」
ユーティミスは少し気恥ずかしそうに笑う。
「貴族か……生まれの格差というものを嫌でも感じるな」
するとユーティミスは慌てて両手を左右に振る。
「滅相もありません! 魔王様が転生した場所こそ、この世唯一のユートピア……! それに比べればどこの生まれだなど些事です……!」
「ふっ、そう持ち上げるな。生まれも立派な自分のカード。それを活かすも殺すも自分次第だ。今回はそれがいい方に転びそうだな。……それに、その地位は今後役に立つかもしれん。しっかりとその手札は掴んでおけ」
「仰せのままに。幾らでもご自由にお使い下さい」
◇ ◇ ◇
パチパチと焚火の音だけが響き、煙が天高く昇っていく。
夜の間見張りを申し出たユーティミスだったが、身体が完全に人間の能力しか宿していないユーティミスには徹夜はマズイ。
戦闘訓練は一通り受けたようだが、それでもまだ俺が見張りをした方がマシというものだ。
夜目も効く俺に任せろと強引に寝かしつけ、一人倒木に腰かけ夜空を眺める。
隣からは、スースーと寝息が聞こえてくる。
俺は近場に落ちていた石を二つ握り、それをカリカリと擦り合わせる。
――まずはここからだ。
勇者学院……どんなところか想像もつかないが、卒業すれば勇者か。
ふっ、と鼻から息が漏れる。
まさかこの俺が勇者を目指すとは、わからないものだ。
何百年にもわたり勇者と戦い続け、最後に相対した勇者リディア。
奴の力は紛れもなく本物だった。
単体では俺には及ばないが、大勢の人間を率いるだけの器があった。
力だけではない。総合的な人間力とでもいうか。
とにかく、隙が無い存在だった。
恐らく俺を打倒したという歴史があることで、勇者の地位はかなり向上していることだろう。
勇者にして魔王。
二つの役割を演じ、この世界を統一してみせる。
魔界の現状も気になるが、それは後回しだ。
調査はユーティミスに続けさせる。
俺は俺の出来ることをする。
まずは勇者になる。それが先決だ。
停滞していた現状が、打開されていくのを感じる。
俺は焚火に薪をくべると、横になる。
俺の警戒力なら寝ていても敵意に反応することができる。
問題ないだろう。
明日も早い。
人間の身体はまだ加減が分からんからな。休むに越したことは無い。
そう自分に言い聞かせ、俺は横になると、じっと目を瞑った。
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