魔王で勇者
それから数か月。
ユーティミスは情報を集めるため人間界を放浪し、ひと月に一度情報を渡すため俺の元を訪れた。
思った通り、"輪廻"の宝玉の中心から離れた場所で転生の影響を受けたユーティミスは、魔族だった頃の力は余り残されてはいないようだった。
そのためかつてほどの諜報能力は発揮出来はしなかったが、それでも今の俺にとっては大事な情報源にして、唯一の側近。
人間の身体は魔族より寿命が圧倒的に短い。
世界の統一に向け、一刻も早く動き出さなければならないのだが……。
「困ったものだ……」
相変わらず魔界へと至る術は見つかっておらず、状況は手詰まりとなっていた。
せめて魔界側へコンタクトがとれればいいのだが、門が開かない以上それもままならない。であれば、人間界との接続が断たれた折にこちら側――つまり人間界側に取り残された魔族が居れば情報もつかめるというものだが……。
「ふぅ……」
ともあれ、今は"諜将"ユーティミスの情報収集に頼るほかない。
俺は窓際に座り、空を眺める。
切迫する状況とは裏腹に、どこまでも青く長閑な風景。
魔界は今頃どうなっているのか……。
「ゼノアちゃ~ん!」
はあ、またか……。
陽気な声が家中に響く。
「母さん、ちゃんをつけて呼ぶなと言ってるだろ」
「いいじゃないのもう。それより、お客さんよ」
「? 客なんて呼んだ覚えはないが……」
すると母さんは俺の耳元に顔を近づけ、小声で話す。
「何かものすごい美人さんよ……あなた何かしたの? 誰よあの女の人」
「はあ?」
女性の知り合い……誰だ?
ひょっとするとユーティミスのように俺を探り当てた魔族の生き残りか……?
あまり迂闊なことはしてほしくはないが……俺が最後の頼りと尋ねてきたのなら無下にはできん。
「とりあえず出てみるよ」
「ちょっとどこで知り合ったかくらい教えなさいよ」
「知らないって。誰が来たのかもわからないのに……」
俺は扉の方に向かう。
こちらを覗き見る母さんに、シッシッと手でジェスチャーをして奥へと追いやる。
「ふぅ……どちらさま――」
「魔王様!! 朗報です!!」
満面の笑みでそう叫んだのは、唯一の側近だった。
「ユ、ユーティミス!?」
おいおいおい、家に来るなと言っておいただろう……!!
俺は強引にユーティミスの首を掴むと、外に引っ張り出す。
家の裏手の森へと入り、人気のないところまで連れ出す。
「おい何を考えている!? 家に直接くるなと言っただろう!? それに何が魔王様だ! 母さんに聞かれたらどうする!?」
「す、すいません魔王様……。そろそろお母様とお近づきになった方がいいかと思いまして……」
ユーティミスはしょぼんとした顔で俯く。
「どういう発想をすればそんな考えに至るんだ……くそ、"色将"リリスがお前の世話係だったのを思い出したよ……」
俺は大きくため息をつく。
母さんに聞かれたくらいではどうということはないが、それくらいの危機意識を持っていてくれないと今後困る。
「――はぁ……まあ今回は良い。今度からは注意しろ。で、朗報とはどういうことだ?」
ユーティミスは俺に怒られたからか少しおどおどした様子で頷く。
「魔界の情報は残念ながらまだ入手できていません。ですが、私に一つ名案が浮かびました……!」
「名案だと? ほう……申してみよ」
「はい。……ここ一か月、私はこの国の西の方を放浪していたのですが、そこでたまたま立ち寄ったのが、王都の次に巨大と呼ばれる街"アイゼン"です」
「アイゼン……ふむ、それで?」
ユーティミスは話を続ける。
「……魔王様は勇者のことをどうお思いですか?」
「なんだその質問は? それは必要な質問か?」
ユーティミスは首肯する。
「――勇者か……奴は人間にしては信じられない程の力を持つ存在だ。俺は人間が嫌いという訳ではない。嫌いなら統一など目指さず絶滅させている。勇者、そうだな……。もし手を取り合うことが出来れば、戦いなどせずに統一もきっとスムーズにいっただろう。……まあ、所詮人間にとって魔族は恐怖の象徴、そして長い寿命……自分の死後も、自分たちの子孫がその脅威にさらされ続けるとなればそう簡単に手を取り合うという選択は出来ないのは理解している」
難しい話だ。
もし武力をもって制圧すれば反発にあい、勇者という人間の選ばれし強者が再び立ち上がるだろう。たとえ自分たちが死ぬとわかっていてもな。それだけ勇者は希望の存在なのだ。
統一……俺の失敗は武力での統一を目指して始めてしまったことだ。
今ならばわかる。それでは統一など名ばかりで、本当にお互いが更なる次元に昇華出来る訳ではないのだ。武力では統一する意味がない。何か他の手を考えなくてはならない。
「まあつまりだ、人間の代表者ともいうべき勇者が魔王と手を組むなどあり得ない話と言う訳だ。嫌いではないが、相容れない存在だ」
そう、勇者とは相いれない仲だ。
勇者と魔王、二つが混ざり合うことは無い。
常に背中合わせに、別々の方向を見ている者。
それが、勇者と魔王だ。
「では勇者という存在自体を忌み嫌う訳ではないと?」
「そうだな。そうなる」
「そうですか。では本題に戻ります。……実はアイゼンの街には、勇者を育成する学院があるのです」
「勇者の育成だと?」
「はい。名を"ファルウール勇者学院"。ここを卒業することが勇者となる条件となっています。今の時代、勇者は選ばれてなるのではなく、学び、修練し――勝ち取るものなのです」
ファルウール勇者学院だと?
なんだ、急にどうしたというのだ。
「ちょっとまて、ユーティミス。何の話をしている?」
「魔王様……。単刀直入に言います。魔王と勇者……二つの地位を手に入れたいとは思いませんか?」
「!」
魔王と勇者だと……!?
考えたこともなかった……魔王とは魔族、勇者とは人間……。
二つは交わることのない存在……。
俺は腕を組み、眉間に皺を寄せ考える。
確かに勇者となれば人間界の意思の統制はスムーズに進むだろう。
そして魔王として魔界に戻ることが出来れば、魔界も同様だ。
――いける……のか?
今の俺は身体は人間……勇者になることも可能か……。
武力のない統一……。
俺が魔王としてではなく、人間として勇者になれば、恐らく人間は俺に従う。
もし魔王との戦いの末、魔族を理解し、手を取り合う道を見つけたと人間たちに新たな価値を示せば……!
今までできなかった、武力のない本当の統一が……!
「――面白い……なかなかに面白いぞ、ユーティミス!!」
「魔王様! 魔王様ならそうおっしゃると思っていました……!」
「勇者と魔王は表裏一体の存在……。人間界を勇者として、魔界を魔王としてそれぞれ治めることができれば、俺の宿願である世界の統一は叶ったも同然……! 転生後の肉体が人間であることには些か不満もあったが……その案気に入った! 俺が人間に転生した真の意味が分かった気がするぞ、ユーティミスよ!」
俺はユーティミスの頭にポンと手を乗せる。
するとユーティミスは恐縮するように地面に片膝を着く。
「さすがは"諜将"……"智将"に負けずとも劣らぬ発想力よ。俺が世界を征服した暁には重要なポストを任せると約束しよう」
「ありがたき幸せ……!」
ここしばらくの停滞していた空気に、急に光明が差し始めるのを感じはじめていた。




