騙るもの
門に触れる手に、ぐっと力を入れる。
「ふんっ……!!」
しかし、魔界の門はピクリともしない。
何故だ……おかしいな。
「ふんぬっ…………!!!」
眉間に皺が寄り、額に青筋が浮かぶ。
力を入れる腕は、青白い血管が浮かび上がる。
「はあ、はあ、はあ…………どういうことだ……!?」
肉体が人間基準になっているとはいえ、この俺の力で門が開かないなんてことが……。
この門は決して力任せに開ける物ではない。
何が起こっているんだ……?
一旦門から手を放し、息を整え、落ち着いて考える。
門が閉じる可能性があるのは三つ。
一、門の守り手の一族が封鎖しているとき。
二、門の顕現が不完全な形で行われたとき。
三、魔界と人間界の接続が失われているとき。
守り手の一族……奴らが魔王不在を理由に閉じている可能性があるが、その場合はまず"魔界門顕現"が失敗に終わるはずだからそれはない。
次に門の顕現が不完全……この場合は門に明らかな不備が見られる。
門の色、形状、大きさ、感触……基本的に魔力不足によって引き起こされるが、そのような不備は見当たらない。
となると消去法で答えは一つだ。
「魔界と人間界の接続が失われているのか……? 一体なぜだ?」
俺は、門の前で立ち尽くす。
おかしい……今頃魔界に帰り、"智将"の捜索を始めているはずだったのだが、まさか魔界へ帰る門が開かないというアクシデントに見舞われるとは。
魔界の門は次第に薄くなり、しばらくするとスッと完全にその姿を消す。
開門は失敗に終わった。
俺が転生するまでの間に一体何が――――。
刹那、視線を感じる。
ねっとりとした熱い視線を、首筋の辺りに感じる。
ちっ、見られていたか……。
他の魔術ならいざ知らず、門はマズイ。村の人間なら……。
悪いが――――消すか。
「――"魔王の閃光"」
瞬間、手のひらの上に現われた魔法陣から、黒い球体が現れる。
黒い球体の内部では赤と紫の光が、螺旋を描くように渦巻く。
最小限の大きさのイビルノヴァは、周りの空気を取り込むように回転し、うねりを上げる。
「悪いな、人間。この門を見られた以上、お前を生かしておくわけにはいかない」
「ま…………魔王様!?!?!?!?」
「ん?」
突然の思ってもみない発言に、俺は一度イビルノヴァを解除する。
なんだ……今魔王様と言ったか……?
俺の"イビルノヴァ"を見ての発言か、それとも、今までの動きを見ての発言か。
勇者の関係者か……?
俺の力について、ある程度の知識がある……。
――いや、"様"と言ったのだ。少なくとも敵意はないのか。
……たとえ敵意があろうとなかろうと、いざとなれば一撃で消し去れる。
話を聞いてみるか……。
「……出てこい。何者だ。俺の前に姿を現すことを許可する」
すると、木々の隙間から、一人の女が姿を現す。
薄い青色をしたセミロングの髪に、ピンクの唇。
ぴたっと身体のラインが出る衣服を身に纏うその体は、かなり発育している。
歳の頃は母さんより少し若いくらいだろうか。
その女はおずおずと俺の前にやってくると、視線を泳がせる。
そして意を決したのか、軽く唇を噛むと、ゆっくりと俺の方を見る。
「魔王様……ですよね?」
「……貴様、何者だ? 俺のこの姿を見て魔王だと理解できるものなどそうは居まい」
「私は……元"諜将"ユーティミスです」
「…………何?」
余りの衝撃に、素っ頓狂な声が漏れる。
「待て待て待て待て。貴様があのユーティミスだと?」
「はい」
「フフフ……フハッハッハッハッハ!! 冗談も休み休み言え人間! ――ハッハッハ、だが面白い冗談だ。褒美をやろう、好きなだけそこら辺の草を持ち帰るが良い」
「冗談じゃないですよ魔王様!!」
本当に冗談を言っているようには見えないほどの、迫真の勢い。
自分をあの"諜将"ユーティミスだと名乗る女は、必死の形相で俺に訴えかける。
何がこの女をそこまでさせるのか……。
ユーティミスはもっとずんぐり――もとい小柄な体躯を持ち、背中に羽を生やしていた。
髪も黒く、一言で言えば地味な見た目だった。
こんなにいい女感を前面に出した格好はしていなかったはず。
ユーティミスには似ても似つかん。そもそもこいつは人間だ。ユーティミスは魔族だぞ。
――だが……俺が魔王である事実を見抜くだけでなく、俺の直属の部下である十二魔将を知っているとは……。
少なくとも、魔界に精通している人間であることは間違いない。
「冗談ではないと言うのか」
女はコクリと頷く。
「ハッ! 俺を魔王と知ってまだ自分がユーティミスだとのたまうか。いいだろう。ならばユーティミスと俺だけにしか分からぬ秘密を言ってみろ」
「秘密……わかりました」
やれやれ、何が分かったというのか。
どうせ下らない嘘に決まっているが……聞くだけ聞いてやろう。
殺すのはそれからでも遅くはない。
「あれは私が十二魔将の一角として抜擢されて間もない頃……」
「ふむ」
「"諜将"としての実力を測るため、魔王様の秘密を入手せよとの試験がありました」
「ほう……」
こいつ……そんなことまで知っているとは……。
何者だ……?
ユーティミスの知り合い……いや、もしかするとユーティミスを殺した人間……あるいはその近くに居た人間か。
「そこで私が得た秘密は――」
「言ってみろ」
「魔王様が子供の頃好きだった女せ――」
「やめろッッッ!!!」
咄嗟に怒号が飛び出る。
余りの大きさに、女も目を見開き、口をぱくぱくとしている。
「やめろ……貴様なぜその秘密を知っている」
「で、ですから、私がユーティミス本人だと……」
「そんな訳があるか!! 俺の部下である"諜将"ユーティミスは地味で根暗、物静かな女であったが、それでも俺は奴を信頼していた! 貴様のようなきゃぴきゃぴした見た目をした女など知らぬわ!! まだ"色将"リリスだとのたまう方が信憑性があるというものだ!!」
「魔王様……!」
目の前の女の目が、僅かに潤む。
さすがに強く言い過ぎたか――
「私をそんな……信頼していただいていたなんて……!! 感激です!!」
「お、おい論点がずれているんだが……」
嬉しそうな顔で迫る女に、何故だか俺は一歩退く。
なんだこいつ……本当にユーティミスだというのか……?
「――わかった。そこまで言うのなら……聞こうじゃないか。なにゆえ貴様はそんな姿をしているのだ。よもや、答えられぬとは言わせんぞ」
女は神妙な面持ちで口を開く。
「私は……私は転生したのです」
「何?」
転生だと?
俺以外にも転生した者がいたというのか?
「どういうことだ。話せ」
「はい……。私はあの日……魔王様が勇者と一対一の最終決戦を行っていた時、魔王城に居たのです」
そうして、ユーティミスを語る女はぽつりぽつりと語りだした。
◇ ◇ ◇
「魔王城に……?」
「はい」
そうだ……思い出した。
あの日魔界に攻めてきた人間の一団を食い止めるため、魔将たちを各地の要所に配置していた。
その中で、"智将"と"諜将"だけは魔王城に残していたのだ。
ただ、勇者との闘いの最中に"智将"は他の将たちの指揮を執るために前線へと向かった。
――そうだ、確かにあの最後の時……"諜将"ユーティミスだけは魔王城に残っていたのだ。
それを知っている……。
徐々にこの女への疑いが薄れていく。
「魔王城が崩壊しかけ、魔王様の魔力が薄れたとき私は急いで玉座の間へと向かいました」
「勇者との死闘が終わった頃か」
女はゆっくりと頷く。
「すると、急に玉座の間から混沌とした《《影》》が現れ、私を包み込んだのです」
「影か…………」
恐らくリープスフィアの影……。
「そして気付いた時には、私は人間の新生児として人間界に生まれ落ちていたのです。神具であるリープスフィアは"智将"フェルディウス様から話だけは聞いていました。直感的に、魔王様が時を超えたのだと理解しました。……それ以来、私は魔王様も転生していると思い、ずっと探していたのです」
「なるほど……それなら納得がいく。あのリープスフィアの転生神具を見た者は俺の他には勇者しかいないからな。その場に居たのは"諜将"ユーティミスのみ……もはや疑う必要もあるまい」
「では……!!」
ユーティミスは満面の笑みで俺を見る。
疑う余地はない……か。
「――信じよう、ユーティミス。ご苦労だった。俺はこの通り転生し、魔界へと帰ろうとしていたところだ。いずれ十二魔将の生き残りも探そうと思っていた。こんなにも早く"諜将"を見つけられたのは幸運だった」
「魔王様……ありがたきお言葉……!!」
ユーティミスは感激のあまり目を潤ませ、頬を赤らめる。
だが……ユーティミスが魔王城に残り、近くに居たばっかりに俺と同じく転生したというのなら……。俺の最も近くにいたあの女も、もしかすると……。
「それにしても、ユーティミス。貴様は容姿が大分かけ離れているな」
「人間に生まれた際にこのような姿に……。魔王様はあの頃とかなり近く……さすがです!」
ユーティミスは目を輝かせる。
ふむ……俺はかなり前世の魔王の姿を踏襲した転生となっているが……恐らくは魔力の違いや、リープスフィアの効果範囲に依存しているのだろう。
離れた場所で効果を受けたユーティミスはあまり前世の容姿を受け継がなかったと言う訳か。
「それで魔界なのですが……」
「そうだ、それだ。何故門が開かない? 魔界との接続が切れているようだが……何があった?」
「そこまで把握していたとは……! さすが魔王様」
「下らぬ誉め言葉はいい。続けろ」
「はい。魔族は魔王様の戦いの際に一気に数を減らし、更にその後の争い……"智将"フェルディウス様が魔族を率いて行った魔王様の弔いの争いで、更に減りました。もちろん、フェルディウス様も……」
「フェルディウスが……そうか、俺が未来へ飛んだあと、意思を継いでくれていたか」
やはり信頼できる男だ、フェルディウス。
頭のキレる男だったが……惜しい男を失くした。
「はい、歴史にはそう残っています。その時に、魔界と人間界は断絶しました。今魔界の情報を知る術はありません……。魔界のゆがみが漏れ出て、人間界にダンジョンが生成されることは稀にあるようですが、基本的に向こうに行く術は今のところ見つかっていないようです……」
ユーティミスは短くため息を付き、暗い顔をする。
「ふむ……。魔界に行く術は今のところ見つかっていないか……。魔界の門が開かない以上、自力で向こうへ渡る手段はない」
「どうします、魔王様?」
「――俺の覇道は人間界と魔界の統一……その野望は変わらん。ならば、まずは人間界を調べ、知識を付けるのも悪くないだろう。魔界の状況はわからん……ならば、こちらの世界で魔界への渡り方を調べるのが得策だ」
「さすが魔王様……いつでも前向き……!! 尊敬致します!!」
ユーティミスの眩いほどの眼差しが俺に向けられる。
俺は腕を組み、不敵に笑みを浮かべる。
「フハハハ! 俺は魔王! 世界を統一するものだ! この世界で最初に出会えた同志が貴様で良かったぞ、ユーティミス」
「え……!?」
「"諜将"……それは情報収集に長けた諜報の達人が就ける役職。まさに今の状況にはうってつけの魔将……! 俺を見つけたからには、今日より俺の右腕として働いてもらうぞ!」
「はい……!! ありがたき幸せ!!」
こうして、ユーティミスが俺の元へと戻った。
魔界への門は閉ざされていたが、代わりに思わぬ収穫を得た。
まずはこの世界を調べるのが先決のようだ。
必ずや魔界への道を見つけ、我が覇道を突き進んで見せる……!




