魔界の門
人間に転生という奇妙な状態から、十四年もの月日が流れた。
俺の身体も立派に成長し、魔族だった頃の体つきとは変わりシュッとした成長を遂げていた。
十四年も経てば、俺の身体もある程度の魔術を使える程には成長した。
ただやはり、魔族の肉体とはかなり差はあるが……魔力や感覚は魔王の頃とあまり変わりがない。
この十四年間でわかったことは、どうやらここは二百年後の世界であるということ。
そして、しばらく魔界との戦いは起こっていないということだ。
「長い……実に長い年月だった……」
俺は拳を握り、噛みしめるようにそう口を零す。
――準備は整った。
魔術も一部の上位魔術を除き大抵のものは使えることは実証済みだ(もちろん、全力でやっては被害が出てしまうため、加減はしているが)。
この十四年間……特に六歳以降はこっそりと山へ籠っては魔術の確認や体の動作確認を行ってきた。抜かりはない。
もはや、この村で息を潜めて生活する必要はない。
まずは上位魔術"魔界門顕現"を使い、魔界への門を出現させる。
そこから魔界へ戻り、魔王城ディスアビスへ帰還する。
恐らく、十二魔将のうちの何人かは生き残っているかもしれない。
俺が勇者リディアと最終決戦を行った段階で生き残っていた魔将は四人。
"智将"、フェルディウス。
"闘将"、アヴォロディオ。
"色将"、リリス。
"諜将"、ユーティミス。
彼ら四将はもしかするとまだ魔界で息を潜め、静かに俺の復活の時を待っているかもしれない。
残りの八将も、俺が直接死を見たわけではない。
連絡が取れなくなっただけの将もいる。望みは捨てるべきではない。
十二魔将の三分の一でも生き残っていれば、魔界の再建は可能だ。
まずは門にて魔界へ戻り、生き残った魔族、魔将を集める。
おそらく、長い間の王の不在により魔界は荒廃しきっているだろう。
早く戻ってやらねばなるまい。
ではさっそく山へ――
「ゼノアちゃん! 夕食の時間よ! また一人でぶつぶつ言って……」
「か、母さん! 部屋に入ってくるなとあれ程……!」
「はいはい。まったく、十四歳になっても変わらないわね。小さい頃から一人でコソコソなにかしたがって……。夕食できたから、食べにいらっしゃい」
俺は苦い顔をしながら渋々返事をする。
「くっ……わかった、今行く」
タイミングが悪い。……仕方ない、時を改めよう。
母が起きている間は自由に動けないと思った方がいい。
まずは夕食を食べる。
そして……今宵だ。
今宵門を開き、魔界への帰還を果たす……!
◇ ◇ ◇
「どうなのゼノアちゃん」
「何が?」
夕食を食べながら、母が口を開く。
「進路よ。決めたの?」
「…………」
「まだなのね。村の守衛も立派な仕事よ? ゼノアちゃんでもそれなりにこなせる仕事を任せてくれるって、守衛長のマクスさんも言ってたわよ?」
またその話か。
俺は黙って食事を口に運ぶ。
俺は今宵魔界へと帰るのだ。
この先の仕事などに興味はない。
「……守衛が嫌なら、学校に通ってもいいのよ? 都の方まで出れば魔術学校も剣術学校もあるのよ? もちろん学費は私が出すわよ。それだけのお金は貯めてるもの」
「母さん……」
「ゼノアちゃんには苦労を掛けたから……お父さんもいないし、大変だったと思う。けど、これからは自分でやりたいことを決めていいのよ? 遠慮しないで何か言ってちょうだい?」
「……もう少し考えさせてくれ」
この村で俺は非力な少年と言うことになっている。
それもこれも、宿願を果たすため。完全復活の前に当代の勇者に見つかるのを避けるためだ。
だから母さんは心配なのだろう。
母さんは短くため息をつく。
「――わかったわ。自分の将来のことなんだから、じっくり考えなさい」
そう言って、母さんは食事の皿を下げる。
やれやれ。
魔王の転生体に向かって何を言っているのやら。
今日で最後だ、母さん。
悪いが俺は魔界へと帰る。
俺は人間は嫌いではない。
嫌いならば、世界を統一しようなどと思わないだろう。
ただ、この世界を暮らしやすくしたいだけなのだ。
魔界と人間界の間をつなぎ、世界を一つにする……。
多くの血が流れるだろう。二百年前と同じように、人間界からの反発は確実に起こる。
だが、関係ない。
それが俺の前世からの宿願であり、時を超えてまで成し遂げたい悲願……!!
わかってくれ。
生まれてきた我が子が、魔王などと信じたくないだろう。
悪いが、黙って行かせてもらう。
「今宵だな……」
「え?」
「いや、なんでもない」
◇ ◇ ◇
――夜、コウサ村の近くの森「イエローフォレスト」。
俺はこっそりと家を抜け出し、夜の闇に紛れて森を進む。
夜目が効くため、光など必要ない。
魔王のころの特性はかなり色濃く引き継いでいる。
すいすいと森を進み、人気のない場所まで深く潜る。
「この辺りか……」
綺麗な満月が照らす、森の一角。
木々の隙間から月明りが漏れ、ここだけほんのりと明るい。
魔力も十分蓄えられている。
門の開閉にはかなりの魔力を消費するため、一日に出せて一回限り。
魔界の門は、魔界の最南端に出現する。
魔界へ着いてからは、しばらく移動の旅になるだろう。
その間に、魔界の様子を見て回るのが効率的だな。
魔界の地理は頭の中に入っている。
ゆっくりと北上しながら、魔王復活の報せを広めれば、魔界再建はそう難しいことではないかもしれない。
――だが、再建前に魔王が戻ったことが知れ渡ると、人間界からまた勇者が送り込まれることになるかもしれない。
再建が間に合えばいいが、それも難しいだろう。再建は水面下で行う必要がある。
俺は顎に手をあて、少し考える。
まずは"智将"フェルディウス……やつの所在が知りたい。
奴と組めば、再建への道筋も見えるだろう。魔王であることは隠し、魔界で奴を探すのが先決か……。信頼できるものにだけ魔王であることを明かし、少しずつ勢力を拡大する。
「よし、それが良いな」
当面の目標は決まった。実に短い間だったが……人間界での生活も悪くはなかった。母さんも、とてもいい人間であった。この経験はきっと役に立つだろう。人間と共に暮らした経験が。
「さて、魔界へ帰るとするか」
俺は一気に魔力を集中させる。
ブワっと空気が逆巻き、魔力が満ちていくのを感じる。
地面に魔法陣が浮かび上がり、煌々と光り輝く。
「いでよ、"魔界門"――」
刹那、天空より激しい一本の光柱が降り注ぐ。
暗闇に神々しく立ち昇る怪しき光。
まるで天と地を繋ぐようなその光の柱は、眼前の魔法陣にぴったりと収まる。
そして、その光の中から、禍々しい巨大な門が姿を現す。
両開きの漆黒の門。
何人もの閉じ込められた罪人が、扉を開こうと必死に爪を立てた跡のような、無数の溝が刻まれた、不気味な門。
これが、魔界への扉――ヘルゲート。
俺はその門にそっと手を触れる。
さらばだ、人間界。
次来るときは、俺がこの世界を統一するときだ。
俺は門に触れた腕に、力を掛ける。
――がしかし、俺の希望に満ちた展望とは裏腹に、扉はピクリとも動かなかった。




