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転生

 なんだ……眩しい……。 

 どうなった……何が起きた……?


 ぽっかりと穴が空いたように直前の記憶がない。

 俺は……確か勇者と……。


「う、生まれた……! 私の子は……!?」

「男の子です……!」


 薄い膜に包まれているかのように、くぐもった女の声が聞こえる。

 続いて、泣き声。


「おぎゃああおぎゃああ!!」

「元気な声……!」


 なんだ、ここは何処だ……? 赤子?

 何がどうなっている。


「お父さんはいないけど……許してね……」

「サシャさん……。大丈夫ですよ、村の皆が手伝ってくれます……!」

「ありがとう……!」


 サシャと呼ばれる女の手が、俺の頬に触れる。


 なんだこいつ……なぜ俺に触れる!? 俺が怖くないのか!?

 そしてなぜ俺は身体を動かせないんだ……!?


 徐々に光に目が慣れ、視界が開けてくる。

 そして目に入ってきたのは、人間の姿だった。


 人間!? 何故ここに!? いやそれより、俺は今どうなって――と、その時、唐突に思い出す。


 頭を打ったように、衝撃が走る。


 ――そうだ、"リープスフィア"だ……!!

 転生……俺は、転生したんだ。


 ということは……。

 やっと合点が行く。


 そうだ……俺は転生を果たしたのだ……!

 新しい生……未来での生まれ変わり……!! 成功だッ!!


 今ベッドで汗まみれで俺を慈愛の目で見つめる女……恐らくこの人が俺の母体……母か。


 つまり、俺は魔族ではなく人間に転生してしまったということだ。

 まさか種族すら超越する宝玉だったとは。


 だが、とりあえず――。


「フフフフ……フハハハハハハハ!!! 俺は成し遂げたぞ!! 転生を!!」


 邪悪な笑い声が、小さな小屋に木霊する。


「俺は――」

「「「えっ!?」」」


 瞬間、部屋中の空気が凍り付く。


 視線が俺に集中する。


 それはそうだ、生まれたての赤子が言葉を操れば仰天しないわけがない。

 むしろ自分の耳を疑うだろう。


 ここで魔王であることを宣言し、さっそく統一へ向けて行動を――と、そこで俺は一旦思考を立ち止まらせる。


 いや、ちょっと待て……ここで魔王であることを暴露していいのか……?


 俺の身体はまだ生まれたて……完全に新生児だ……。


 もし魔王であることが知れ渡り、当代の(今がどれだけ未来かはわからないが)勇者が討伐しに来た場合、果たして全盛期の力で倒すことが出来るのか……? 身体も人間のものだ、全力が出せるとも限らない。


 俺は眉間に皺を寄せ、熟考する。

 それを、張り詰めた表情で見つめる医者と助産師、そして母。


 俺の最終目標はこの世界……魔界と人間界の統一統治。


 ここで殺される……あるいは俺の力が戻るまで逃げ回るのは愚策か……。


 理想はこの家で俺の力が戻るまで息を潜めること。


 魔族はほぼ全滅。

 俺の配下である十二魔将もどれだけ生き残っているか分からない。


 完全に一からのスタートだ……世界統一には体制を立て直す必要がある。


 ――今は耐える時期だ。


 俺は大きく息を吐き、落ち着いた様子で腕を組む。


 その様子を、相変わらず目を見開き、口を開けて眺める人間たち。

 もはや声すら出ないようだ。


 今は人間の新生児として息を潜め、身体が出来上がるまで耐える。

 よもや人間に転生するとは完全に予想外だが……。


 頃合いを見て魔界に戻り、生き残りの魔族を再統一。

 再び力を蓄え、もう一度人間に対し統一を宣言する……!!


 ふふ……勇者リディア。

 奴は俺が生きた六百年の生の中でも飛びぬけた力の持ち主だった。


 あのような特異存在がまた人間世界で生まれているとは信じがたいが……万全を期してこその覇道。


 しばらくはここで大人しく好機を待つのが得策か。


「ゼ、ゼノアちゃん……?」


 やっと息をした母が、恐る恐る何かを確認するように声を掛ける。


 ゼノア……?

 ふむ……それがこの身体の名か。


 ――いいだろう。


 そのままごと遊び、全力で乗ってやろうではないか!!


 すべては我が宿願の為に!!


 俺は大きく息を吸い込む。


 そして――。


「お……おぎゃあああああああ!!!」

「そ、そうよね! びっくりした、私てっきり喋りだしたのかと……」


 汗だくの顔で胸に手を当て、安堵の表情で母はそう口にする。


「そ、そうですよ! やだなあ、赤ちゃんが喋る訳ないじゃないですか! り、立派な男の子ですよ!」


 母たちはあやすように俺を揺すり、撫でる。


 ふん、精々今のうちに俺を可愛がっておくがいい。

 そうしていられるのも俺が力を取り戻すまでの間だ。


 母は俺を愛おしそうな眼で見つめ、髪を撫でる。


「あなたの名前はゼノア……ゼノア・アーウィンよ。綺麗な銀ぱ……銀髪……? あ、あら……誰に似たのかしら……?」


 母の髪は黒。

 反応からして恐らく父の髪も銀ではないのだろう。


 当然だ。この身体は魔王ディブロスの転生体。

 前世の特徴を受け継いでいても不思議ではない。


「――ま、まあいいわ。元気に生まれてきてくれただけで私は幸せよ。それに私に似た青いひとみ――……赤いわね……瞳が赤いわ……」


 またも絶句する母。

 いちいち反応が過剰だな。


 俺は転生体。常識の範囲で語れるものではない。


「お、おちついて、サシャさん……。きっとあれよ、先祖返りみたいなものよ。そう、そうに違いないわ」

「そ、そうね……。きっと遠い先祖がこんな見た目だったのね……」


 母は、また穏やかな表情で我を撫でる。


「――姿形なんて、何でもいいわ。これから健康に育って、立派な大人になってくれればそれで……ゼノアちゃん」


 ちゅっと頬にキスをされる。


「むっ」


 俺は目をぎゅっと瞑り、頬の冷たい感触にピクリと身体を震わす。


「あは、可愛い我が子……」


 こうして、俺――魔王ディブロスは無事転生を果たした。

 人間の身体という予想外の展開ではあるが、転生が成功したことに変わりはない。


 魔王ディブロスではなく、人間ゼノア・アーウィンとして――転生魔王として世界の統一をもう一度目指す……!!

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