地下牢獄
「メアリーは探すつもりだ。捜索隊を指揮して後日ダンジョンに潜る」
「そうですか」
ダンジョン六層での一件の翌日。
俺たちは改めて、昨日の話とこれからについてアカネさんと話し合いの席を設けた。
「お願いします……サラさんの分も……」
シリカは悲しそうな表情でそう懇願する。
「安心して欲しい。ラウール先輩にも協力を仰いだし、メアリーと戦えるだけの戦力は確保したつもりだ。なにより今メアリーは負傷している。ゼノアのおかげでな。今ならまず間違いなくとらえられる」
「捉えてどうするんですか? この学院は何でもありだと聞いてましたが」
そう、この学院は魔窟。
生徒の失踪や死なんて日常茶飯事と聞く。
確かに今回の件はメアリーの引き起こした魔術事件だが、捜索隊を出してまで捉えたとしてどうするつもりなのだろうか。
「なんでもありだが、もちろん限度というものがある。簡単に言えば尻尾を掴ませないかどうかだな。ロイドなんかは手先にやらせて本人は知らぬ顔だし、魔術会なんかも黒い噂は絶えないが、それを証明する証拠がない」
「なるほど……メアリーに関しては十分すぎる程証拠があると」
アカネは頷く。
「だがこの学院は治外法権だ、残念ながら法の捌きの埒外にある。騎士団による裁きなど期待できるものではない。――だからこの学院の地下にはもう一つ別の施設がある。ほとんどの生徒は存在すら知らないがな」
「別の……施設?」
「行方不明者、失踪者は毎年多くこの学院から出ているが、そのすべてが事件の被害者という訳ではない」
「え!?」
シリカが驚きの声を上げる。
「罪人たちを閉じ込める鉄壁の要塞。巨大地下牢獄、通称"アラド"。ダンジョンの中央を貫くように建てられたその施設は大量の魔獣に囲まれた牢獄だ。この学院で悪さをしでかした魔術師や剣士たちはこの牢獄に監禁される」
「そんなものが地下に……じゃあ表に出てないだけで極悪人の勇者候補生達が今も……」
アカネは頷く。
「去年とある事件を引き起こし、君たちの一つ上……二年生をこの学院で1番人数の少ない学年にした生徒もそこに収監されている」
「…………」
あまりの衝撃に、シリカは身震いする。
アラド……なるほど。
この学院自体が、勇者たち自身の抑止力として働く訳か。
「勇者になるような存在が集う学院だ、その力が有れば国が管理する牢獄など簡単に脱獄できる。ならば、この学院自体に閉じ込めてしまえば良い、という訳だな」
「その通り。囚人たちは枷を付けら牢獄に閉じ込められている。アラドの周りは魔獣が徘徊し、その更に外には勇者候補生が待ち構えていると言う訳だ。世界一脱獄が困難な地下牢獄だよ」
「そんな施設が地下に……」
アカネは肩を竦める。
「ラウール先輩はそこの監視を行う組織のメンバーだ。彼ももちろん序列上位者。彼を突破して脱獄なんてまず不可能だな」
「随分とかっているんですね、彼を」
「サラ先輩とラウール先輩は私を認めてくれた数少ない先輩だからな。……だからこそ私はメアリーを許せない。必ずアラドにぶち込んでやる」
アカネの目に炎が燃える。
「――おっと、話がそれてしまったが、そう言う訳だ。安心して欲しい。じゃあシリカはここまでだ、先に寮に戻っていてくれ」
「え、ゼノア君は?」
「俺は少し話がある。先に戻っていろ」
「う、うん……わかった」
そう言ってシリカは部屋を出ていく。
残されたのは俺とアカネだけ。
「さて、君の事情とやらを聞かせて貰おうか。大変だったぞ、リードット先生に辻褄を合わせる為に説明するのは。……なぜ、君はあのメアリーを凌駕するほどの力を隠すのかな?」
魔王だから。
――何て言う事は言う訳にはいかない。
「――この学院に派閥があるのはご存じですよね」
「それはもちろん」
「俺の考える勇者とは、弱い者を助け悪を許さないような聖の人物です。ですが、この学院にはそう思える人物は殆どいない」
「……今は古臭いと思われてしまうような勇者像だからな。少なくとも私はそうありたいと願っているが」
「はい。ですが、最初の事件……あなたが仲裁に入ってくれたディードの一件。それに、シリカが魔術会に勧誘された話。……俺は怖いんですよ。この力を利用されるのが」
アカネは真剣な眼差しで俺の話を聞く。
「確かに俺は魔術の力を隠しています。ですがそれは、俺の求める勇者となるため……目を付けられればシリカのように接触され、無駄な争いが起こる。今回の一件も、メアリーが俺の力を察していたから起こってしまったようなものです」
「それは違う。サラ先輩は彼女の研究に――」
「そこはそうですが。ダンジョン内で俺たちが彼女と戦ったのは俺の力を見るためだった。もちろんサラさんの実戦経験を積ませるという思惑もあったでしょうが。……ですから、俺はまだ目立つわけにはいかないんです。シリカを巻き込みたくない、他の皆も」
「……なるほど。確かに筋は通っている。実力がなければ早い段階からアピールをし、積極的に力を誇示していく必要があるが、今の段階でメアリー以上の力を持っているとなれば、その気になればすぐにでも序列を上げられる。だがそれは余計な争いを生みかねない……そう考えている訳だ」
俺は頷く。
「畏敬の念や強者として一目置かれる……そんな目先のちょっとしたメリットの為に、俺はより大きなデメリットを取りたくない。それだけです。もちろん、アカネさんみたいにその力を今から有効活用し、学院を良くしていこうという活動は尊敬できます。ですが俺には……」
そこまで行ったところで、アカネは手を伸ばし、俺の話を遮る。
「わかった。君の実力を隠したい真意は理解したよ。何も実力を大っぴらにしなければいけないなんて決まりはない。私としては問題を起こさない生徒ならば大歓迎だ。……それに、まだ言えないこともある、そう見える。あぁいや、言わなくていい。私はとりあえず君を信じるよ」
「アカネさん……」
「もし君がその力で何か良くないことをしでかした時は私がこの刀で斬る。それでいいだろう? 私も含め、この学院では秘密を持っている生徒の方が多い。あの時はたまたま私もシリカも命の危機だったんだ。実力を隠すつもりだった君が魔術を使ってくれたからこそ何とかなったと思っている。事故みたいなものだ、私が見た事は忘れることにしよう」
「ありがとうございます」
アカネは立ち上がると、ポンと俺の背中を叩く。
「ただ、何かあれば協力して欲しいがね。もちろん君の正体は隠してだが、その気になったら声を掛けて欲しい。どうやら君と私の目指すところは近いものがありそうだからね」
「そうですね……。何かあった時は、よろしくお願いします」
アカネはにっこりと笑うと、そのまま入口の方へと歩いていく。
「今日はこれくらいにしよう。本当に昨日はありがとう。また君と共闘出来る日を楽しみにしているよ」
そう言って、アカネは部屋を出ていく。
何とか言いくるめることは出来たか。
別に俺の言ったことに嘘はない。
目立ちたくない理由も、ほとんどはその通りだ。
魔王であることがバレないように、というのは言う必要のない事実と言うものだ。
ただ、メアリー……あいつだけは俺の正体に気付いてしまった。
何とかして口封じをしなければいけないが……さてどうしたものか。




