髑髏
音もなく、斬撃だけが空を切る音が鳴る。
一太刀でサラの首を狩り取る居合。
一瞬にして間合いを詰め、鋭い刃で首を狙うその技は、見た目の静かさとは裏腹に非道の一撃だ。
意識外からの、完全に意表を突く攻撃。
食らえば、相手は自分が死んだことも気が付かないだろう。
アカネ……やはり只者ではないか。
さすがにこの速度の斬撃を食らえば、強化されたキメラの首とは言え一太刀で撥ねられるだろう。
――しかし、本来なるはずのない音がなる。
キンッ!! っと何かに当たり刃が弾ける音。
その違和感に、アカネの表情が変わる。
「なっ!?」
それは一瞬の出来事だった。
さっきまで無防備だったはずのサラの身体が、髑髏に覆われる。
黒く深い眼窩。
巨大な髑髏。
全方位を睨んだ広範囲の防御。
「この髑髏は……!」
「サラさんの魔術……ではないな」
「間に合った……わね……」
満身創痍で、服は焼け露わになった白い肌。
口から血を流し、綺麗だった髪は汚れ乱れている。
骨折した右腕と左足を引きずりながら、初めて見る必死の表情で身体に鞭を打つ。
ほう、あれを耐えたか。
「メアリー、貴様生きていたのか……!」
「ふふ……ふふふふ。死ね……ないわ。まだね」
そう言いながら、メアリーはサラに身体を預ける。
サラはメアリーを両腕に抱えると、勢いよく飛び上がり、後方へと下がる。
「ち……サラ先輩と逃げる気か!!」
「まだ時ではなかったわ。ゼノア君……いいえ、ゼノア様と呼んだ方がいいかしら。……また貴方の前に必ず現れるわ。その時まで、どうか……」
「何を訳の分からないことを! ハァッ!!」
アカネのクリスタルをも切り裂く斬撃が飛ぶ。
しかし、サラはその運動能力でそれを軽々と避ける。
「さようなら、二人とも。また、逢いましょう……」
そう言って、サラとメアリーは六層の奥深くへと姿を消した。
取り残されたのは、俺とアカネ、そして気を失ったシリカのみ。
アカネは強く地面に拳を叩きつける。
「くそ!! 私がもっと早くサラにトドメを刺していれば……!」
「仕方ないですよ、相手はサラさんだった。いくら覚悟があったとしても……」
「だが…………いや、そうだな。今はこっちに死傷者が居ないことを喜ぼう。……待っていろメアリー。必ず見つけ出し追い詰めてやる。サラ先輩への報いは必ず受けさせる」
アカネの瞳は、じっと六層の奥を見据えている。
「……帰りましょう、地上へ」
俺たちが地上へと出たのは、それから四時間後のことだった。
六層へと至った時は落下するだけだったからすぐだったが、上まで戻るとなるとその労力は計り知れなかった。
幸い魔獣の類にはそれほど遭遇することはなく、来てもアカネと俺で殆どを倒した。
外は既に夕暮れ時で、生徒たちは誰もおらず、外で待っていた居たのは教師のリードットだけだった。
「はあ、はあ、やっと着いたな、ゼノア」
「そうですね」
俺はそっとシリカを地面に横たわらせる。
すると、リードットが俺達の方へとやってくる。
「遅かったな。とっくにくたばったかと思ったぞ、アーウィン」
「リードット……先生」
「エルフローラは気絶か……甘いな。リーバスも医務室だ。何があったかは後ほど監督生であるオキタから聞くとしよう。今日はもう解散だ、大人しく帰れ」
リードットはそう捲し立てる。
アカネが俺に向かって頷く。
「ちゃんと説明するから安心して欲しい。評価は決して悪いようにはしない」
「ありがとうございます」
そしてアカネは少し迷った後、閉じていた口を再び開く。
「……今日はありがとう、ゼノア。君には随分助けられた。このお礼もまた後日」
「俺の魔術のことは出来れば口外はしないで欲しいです」
アカネは何かいぶかしむ様子で俺を見る。
「……わかった。何が目的かは知らないが、なるべく配慮しよう」
「そうしてくれると助かります」
ここで噂が広まるのはマズイ。
将来的に考えて、このタイミングで実力を大っぴらにするにはデメリットが大きすぎる。
黙っていてくれるかはアカネという人物を信頼するしかないが……。
恐らくは大丈夫だろう。
説明の機会は設けられるだろうが。
「詳しい話はまた後日話すとしよう。今日は疲れただろう。帰って休んでくれ」
「はい、アカネさんも」
そうして俺たちは別れた。
長い一日が終わった。
何も解決はしていない。
ただ、サラさんがキメラとして魔獣と融合させられた、その事実だけが分かっただけだ。
当のメアリーは六層の奥へと逃げおおせた。
恐らくはアカネが捜索隊を組織して追跡をするのだろう。
どういう結末を迎えるのかはまだわからない。
ただ収穫もある。
シリカ……あのエルフの力は予想外だった。
こんなに早く芽吹くとは。そこだけはあの魔女に感謝しなくてはな。
俺は押し殺すように口角を上げる。
今後が楽しみだ。




