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混沌

 アンデッド特有の薄灰色の皮膚。


 ライガを彷彿とさせる鋭い牙、クリスタルベアーのような透き通る角。


 上半身の、特に腕や腰のあたりは羽毛に覆われ、両の手には鋭い爪が伸びる。


 青く光る眼は暗闇を見通し、臀部から伸びる尻尾が存在感を放つ。


 そして、サラサラとした茶色の髪、面影のある顔立ち。


 甘えたような表情で、《《サラ》》はメアリーの腕の中で頬をすりすりとする。


「サラ先輩……なのか?」


「サラ……さん……!?」


 シリカとアカネが、唖然とした表情で《《それ》》を見る。


 シリカは口を覆い、目を見開く。


 アカネの刀を握る手が強くなる。


「嘘……ですよね? サラさんがそんな……そんな姿……」


 シリカは目に涙を溜め、今にも戻しそうなのを必死に抑え、苦しそうに唇を噛む。


「いいでしょ、人間の頃とは違う、永遠の存在よ」


「下衆が! 何が永遠だ、それが人間のすることか! そんなのが、魔術の叡智だとでもいうのか!? 答えろ、メアリー・ウィットソン!!」


「そうよ。文句ある?」


 メアリーは、淡々と告げる。


「なっ……」


 メアリーは腕の中のサラを愛おしそうに撫でながら、口を開く。


「見て、この美しい姿」


 うっとりした様子で、サラの顔を掴み、口を人差し指と親指で開くと、ニッと覗く牙をなぞる。


 サラはすでに何かを食べてきたのか、赤い血のようなものをメアリーは指の腹で拭う。


「魔獣と一体化した究極の存在……アンデッドとして衰えることのない肉体。人なんて言う下等な種族を超越した、愛によって完成した存在。裏切りも、反逆も、悲哀もない……あるのはただ、生み出した私への絶対的な愛だけ。最高だと思わない?」


 その発言に絶句し、二人は言葉が出ない。


 サラの変貌っぷりにショックが隠せていない。


 それを見ながら、メアリーは不敵に笑みを浮かべる。


 2人のショックは想像を絶するだろう。

 俺なんかよりサラ深く関わってきた二人だ、当然だ。


 二人とも下を向き、わなわなと震えている。


 代わりに、俺が口を開く。


「究極? 笑わせるな。そんなものただの奴隷だ。さっきわんさかいた魔獣のキメラと何ら変わらん存在だ」


「ゼノア君はこの子をキメラだというの? 貴方も大概ね。――何とでも言うといいわ。サラと私にしか分からないことだもの。部外者のあなた達に期待はしていない。――けどそうね、サラは良い器だけど、最良の器ではなかったわ。私の魔術の本懐を遂げるにはより優秀な肉体が必要なの。そう、あなたみたいなね」


 そう言って、俺を指差す。


「サラはとても都合が良かった。第一号としては申し分ないほどに。次は貴方よ、ゼノア君。貴方ほどの男なら一体どんな子が生まれるからしらね」


「下らん、この俺がそんなことする訳がないだろう。悪いが俺は化物になるつもりはない」


「はぁ、つれないわね。サラの力を見てからでも遅くはないわ。あなたも力が欲しいでしょう?」


 自分の作品に自信満々か。


 サラ……人間と魔獣のキメラがそれほどの戦闘能力を秘めているとは思えないが……。


 だが、こればかりは未知数。

 実力の足し算となるか、掛け算となるか。


 それに懸念もある。


 あれはサラだ。元人間なのだ。アカネやシリカが攻撃できるわけがない。


「まったく、俺がいうのも何だがとんだ下衆だな。人間と魔獣を使った魔術……狂ってるよ、お前」


「何とでもいうがいいわ。これが私の追い求めた美。究極の形よ」


 メアリーは火照った顔でそう言い切る。


 話が通じんな。


 価値観が違いすぎる。

 これが魔術師というものなのか、それともこいつが異常なのか。


 魔王だった俺ですら、臣下を別のものにしようなどと考えたこともない。


 親友と呼べるほどの相手を魔に落とす……歪すぎる。


 憎悪があるならまだしも、メアリーがサラに対して抱いているのは少なくとも好意だ。理解に苦しむ。


 すると、そこでシリカが叫ぶ。


「理解できない……サラさんがどれほど苦しい思いをしたか……!! 何でこんなことを!」


「貴女にサラの何がわかるのかしらね」


「そんなの……魔獣と融合させられて嬉しいわけがない! あなたが攫って無理やり魔獣と掛け合わせたんでしょ!?」


「ふふ、そうね。あなた達が私に勝てたら教えてあげる。――サラを倒せたらの話だけれどね……。行きなさい、サラ。出番よ」


 メアリーの腕の中から離れたサラが、俺達の方へと近づく。


 既に魔獣……キメラと化しているのに、その面影が、サラさんだと言っている。


「うっ……サラさん……」


「ガァ…………!」


「下がれ、シリカ。お前じゃ倒せない。お前は優しすぎる」


「でも……知り合いの私が……」


「だからこそだ。お前が背負う必要はない」


 そう、これは見方によれば殺人だ。

 まだ、シリカは知らなくていい。


 俺にならできる、造作もなく。


 とその時、アカネの刀が、俺の前に振り下ろされる。


「何の真似ですかアカネさん」


「ゼノア、止めろ。それはお前も同じことだ。少し腑抜けていたが、もう大丈夫だ。心配をかけた。――サラ先輩はこんな私にも良くしてくれた唯一の先輩だ。シリカより、ゼノアより、私が一番付き合いが長い」


「アァ……」


 言葉が通じているのか、いないのか。


 もはやわかる者はいない。


「サラ先輩……」


 アカネは優しい声色で話しかける。


 サラはキョトンとした表情でアカネを見る。

 ただ音がする方を向いたかのように。


「もう通じていないかもしれないが……あえて言わせてもらう。私は好きでしたよあなたのことが。どんな理由で、なにがあって……真相はあの魔女しかわからない。たとえ同意の上だろうとそうじゃなかろうと、こんな非道を許すわけにはいかない。友として、この学院の治安を守る番人として!」


「自己満足は終わったかしら? 今更人語なんて話さないわよ、その子」


 しかし、アカネはすでにメアリーなど眼中にない。


 ただ目の前のサラだけを見ている。


「……人を誰よりも好きだったサラ先輩がそんな姿に耐えられるわけがない。魔術は素人の私でもわかる。きっともう元の姿に戻ることはないだろう。ならば……」


 アカネはゆっくりと刀を構える。


 その横顔は、覚悟が表れている。


「ならばせめて私がその首、苦しまずに絶ってあげましょう。――メアリーは任せたぞ、ゼノア、シリカ」


「あらあら、私を後輩に任せるのねあなたは」


「サラ先輩を安らかに眠らせるのは私の仕事だ。それに確信した。ゼノアは貴様より強い」


「うふ……一年風情に随分肩入れしてるわね。いいわ、二人がかりでいらっしゃい。単純な力なら負けるかもしれない。けれど、死線を潜り抜けた数は私には遠く及ばないわよ? 大人の戦い方見せてあげる」


「死線?」


 死線……この俺に向かってそれを言うか。


 俺はつい面白くなり、笑い声を上げる。


「ゼ、ゼノア君?」


「……何がおかしいのかしら」


「悪いな、あまりに状況が見えてないものでな、つい笑ってしまった。――冥府の魔女か……大層な二つ名だ。いいだろう。この俺が本当の冥府というものを見せてやる」


「あら素敵。是非本物を見てみたいものだわ」

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