邂逅
「ぜああああ!!!」
真円を描くように、アカネは足元へ向けて刀を高速で振り抜く。
その斬撃の衝撃波は、底知らぬ地面へとぶつかり、激しく甲高い音を響かせる。
落下による物とは違う風圧が、真下から突き上げてくる。
アカネの肩に捕まる俺たちの落下速度が、明らかに緩やかになる。
技の威力で落下速度を相殺したか……こいつの実力、口だけではないか。
魔術でも可能であるが、魔術ならばその破壊力で自身にもそれ相応のダメージが残ってしまう可能性がある。
剣術を極めたからこそできる芸当か。
そうして、俺たちは無事に地面に着地する。
「いったあぁ……」
一人尻餅をついたシリカが、不機嫌そうにそうこぼす。
「大丈夫か?」
俺がシリカに手を差し伸べると、シリカは平気、と言いながら自力で立ち上がる。
見上げると、遠く彼方にある穴から、二層の光が漏れているのが見える。
「あそこから……」
シリカが生唾を飲み込むのが分かる。
「ありがとうございます、アカネさん」
「気にするな、監督生の役目だ」
その言葉に、シリカは笑みを浮かべる。
「それにしても、だいぶ落とされちゃいましたね……」
「そうみたいだな。こんなことは本来ありえないんだが……」
アカネはぐるっと辺りを見回す。
さっきまでの緑とは打って変わり、紫色に禍々しく光る水晶たち。
どこかじめっとした空気は、湿地のそれにも似ている。
「ここどこだろう?」
「ここは六層…………最下層だ」
「最下層?!」
シリカが、あまりの驚きにまた後ろに倒れそうになる。
「最下層ということは、知らされていない魔獣も生息していそうだな。まずは周囲の安全を確保したいところだが……」
「ゼノア君……その落ち着きようが羨ましいよ……。私六層だなんて聞かされてもう何が何だか……」
「驚いてはいるさ。だが、これは事故ではなく、人為的なものだ。犯人を捕まえれば、帰り方も何もかもわかるだろう」
「じ、人為的……これが?」
「ですよね、アカネさん」
アカネはほうっと唸る。
「君は実に興味深いな、ゼノア。面白い男だ。私もそれには同意見だ。この落下は明らかに仕組まれたもの……自然発生的に起こるような落下ではない。なかなかの観察眼だな」
「……ただそんな気がしただけですよ」
「ふっ、まあいい。第六感でもなんでも構わんさ。問題はこのバカげた行為をした奴がどこにいるかだが――」
とその時、紫の光でぼんやりと照らされた先、暗く闇の中のような影の中から、カツンカツンとヒールの足音が聞こえてくる。
「――向こうからお出ましみたいですね」
「そのようだ。既にここは奴の腹の中らしい。都合がいい、目的も何もかも洗いざらい吐かせてやる」
アカネの刀の切っ先が、闇へ向く。
しばらくして、ヒールの音が止まる。
僅かに沈黙の時が流れる。
「私はアカネ・オキタ!! 真朧流正統後継者にして、この学院を守護するものだ!! 名を名乗れ、痴れ者が!!」
堂々たる名乗りに、闇の中から静かに笑い声が聞こえてくる。
「うふ……ふふっ……ふふふふふ」
闇から聞こえる笑い声は、女性だった。
「何がおかしい。私は本気だ。監督生としても、この重大な危険行為は見過ごせん。大人しく連行させてもらおう」
「あなたにできるのかしらね、番人さん」
「「!?」」
その声色は、実に艶やかで。
男の心の奥を擽るように蠱惑的で。
聞いているだけで耳が心地よくなる感覚を覚える。
それは両隣で聞く、同性であるはずの二人も同様のようであった。
しかし、俺とアカネが驚いたのは何もその色を帯びた声ではない。
その声そのもの。
その声を発している本人そのものに驚いたのだ。
俺は知っている、この声の主を。
嘆きの森で遭遇し、俺を操ろうとした女。
サラの親友にして、今何かの実験を行なっていると噂になっている、学院の話題の……そして恐怖の中心人物。
その名は――
「メアリー・ウィットソン……お前か」
「あら、覚えていてくれたなんて光栄だわ、ゼノア君。また会えるって少しは期待していたけど、本当にあの戦いから生きて帰るなんて、私驚いたのよ」
「俺はできれば会いたくなかったよ、冥府の魔女」
メアリーは僅かに見える瞳を寂しそうに細める。
「あなたまで冥府の魔女だなんて……悲しいわ。ただ魔獣が好きで、アンデッドが好きで、暗いところが好きで、実験が好きで――そして何より、色あせない永遠が好きなだけの普通の女の子なのに」
「耳を貸すなゼノア。……戯言を。貴様からは醜悪な臭いが漂ってくるわ。ここで何をしていた? 場合によっては……」
アカネの刀を握る手が強くなる。
「いやね、汚い言葉使って。可愛い顔が台無しよ、アカネちゃん」
そう言いながら、隣で涎を垂らし続ける四足歩行の獣を優しく撫でる。
「メアリー、貴様と討論するつもりは私達には毛頭ない。単刀直入にきこう。これは貴様の仕業か?」
カシャンと、刀が音を立てる。
「ふふふ、いやねえ物騒で。なんでも力で解決してきた貴女らしいわ。不純物の分際で」
「なに……?」
「不純物って言ったのよ、アカネ・オキタ。私の目的は後ろの彼。貴女はお呼びじゃないの。ただ力を誇示することでしか存在を許されない愚かな学院の駒」
アカネの顔が、険しく歪むのを感じる。
「ア、アカネさん……?」
「――大丈夫だ、下がっていろ。すぐけりをつけてやる」
「私が何をしたっていうのかしら? 自警団ゴッコさん。無実の人を斬り殺そうっていうの? ――あぁ、そういえば貴女の国には辻斬りっていうのがあるらしいわね。貴女もその類なのかしら?」
「だまれ、魔女!! それ以上私を愚弄するのなら、ただでは済まさんぞ!!」
今にも斬りかかりそうな自分の意思を、アカネはすんでのところで堪えている。
刀を握る手が、小刻みに震えている。
「貴女、誰に喧嘩を売ってるか分かっているの? お望みなら、私のペットたちの餌にしてあげるけれど?」
メアリーは不適に笑う。
まるでアカネなど意に介していないかのように。
「望むところだ。――下がっていろ、二人とも。この女は私の相手だ。……一つだけ問おう。サラ先輩をさらったのは貴様か?」
メアリーは微動だにしない。
ただ、ほんの少し。
ほんの少しだけ――口角を上げた。
「――細切れにしてやる、冥府の魔女!!! 理由はそれだけで十分だ!!」




