ルーク・リーバス
そうして、その後も何度かの魔獣との接敵を繰り返し、徐々に下へと降りていく。
辺りは至る所から水晶が突き出しており、ぼんやりと明るい。
それは本当に幻想的な景色で、シリカは思わず感嘆の声を漏らす。
「今更だけど綺麗なところだね、水晶洞窟」
「そうだな。洞窟というからには薄暗いのを想像しがちだが、水晶が発光しているおかげで明りには困らないな」
「ね。なんだかダンジョンだっていうこと忘れちゃうよ。まさか学院の地下にこんな空間があったなんて」
すると、後ろを歩くアカネが口を開く。
「ダンジョンは魔力的な要素で空間が捻じ曲げられているからな。実際に地上から真っすぐ地面を掘ったところでこのダンジョンにはたどり着けない。あの入口から入った時だけここに来られると言う訳だ。一種の異界だな」
「異界かあ……魔界みたいなものなのかな?」
魔界……ここが魔界だったらどれほど良かったことか。
今頃ユーティミスが更なる調査を続けている頃か。
「魔界とはまた違うな。あそこはもっと特殊だ。ここはそうだな、魔界と人間界の中間と言ったところだな。そのはざまに出来た淀みと言うべきか」
シリカは分かった風な顔で、へえっと呟く。
「物知りですね」
「受け売りみたいなものさ」
長めの坂に差し掛かり、しばらく進むと、二層らしき空間が見えてくる。
遠くにぼんやりと、緑色に発光する水晶が見える。
「色が変わった。恐らくここから先は二層だろうな」
「二層! ゼノア君もルーク君も、協力してさくっと終わらせちゃお」
すると、ルークは頭の後ろで腕を組み、呑気な声で言う。
「やる気満々だねえ、シリカちゃんは。これからあの化物と連戦だろ? いやんなるぜ俺は」
「忘れたいんだろう、今はいろんなことをな。身体を動かすのがそういうのには最適だ」
そう。サラのことが心配じゃない訳がない。
それに、つい先日アカネからダンジョンにいるかもしれないと話を聞かされたばかりだ。
もしかするとここに居るかもしれない、そういう期待もあるんだろう。
「そういうもんかねえ。よくわかってんじゃん、シリカちゃんのこと。まさかお前――」
「こっちに来るなシリカ!!!」
「「「!?」」」
刹那、二層の奥の方から、クロエらしき人物の叫び声が聞こえる。
二層の入口付近で、俺達は立ち止まる。
「何今の……クロエ!?」
「先行してたクロエ達のパーティだな。……おい、クロエ!! 何かあったのか?」
すると、奥の方から魔術の反応、それに剣戟の激しい音が響く。
「クリスタルベアーが……くっ!!」
「「ガアアアアアア!!!」」
クリスタルベアーの激しい怒声が、幾重にも重なる。
遠目からも感じられるほどの激しい地響き。一体どころの騒ぎではない。
「1、2……何この数……群れって言ってもこんなに居るもの!? 大丈夫、クロエ?!」
「まだなんとか……凌げてるけど……うらああ!! でも、流石にまずい――!!」
響く声は、必死の様相だった。
どうやらそこにいるのはクロエ達だけではなく、先行したパーティの殆どが集まっているようだった。
「これは、あまりに異常だな……」
アカネさんの手が、自然と刀に伸びる。
「来るなって言われたけど……放っておけないよ!」
「そうだな、加勢して乗り切ろう」
シリカが声を張り上げる。
「今行くからねクロエ!!」
「まずは状況を判断――」
と、俺の声を待たず、シリカが一気に駆け出す。
もう誰も失いたくないと、そんな思いを滲ませながら。
「待て、シリカ!」
「あ、おい、シリカちゃん――」
シリカは二層への入り口に足を踏み入れ、一気に駆け出す。
「シリカ!! そっちにもまだ――」
クロエの叫びが聞こえた刹那、何かが不意にシリカの横に影を落とす。
「クリスタルベアー……!! こっち側にも……まじいぞ!?」
水晶に陰に隠れていたクリスタルベアーが、全速力でシリカへと突進する。
角の数は二本……!
「きゃっ!!」
不意の突進に、完全にシリカの迎撃態勢が間に合っていない。
シリカの目は見開かれ、その瞳にクリスタルベアーの姿が映し出される。
俺の魔術で――いやこの距離じゃ威力が大きすぎてシリカを巻き込み――
「ガアアアアアア!!!」
ちっ、庇うしかないか。
ここでシリカに死なれる訳には――
とその時、俺の横を横切る一人の男の姿が。
赤い髪を靡かせ、走り抜ける。
――ルークだ。
「損な役回り過ぎるだろ……!!」
ルークは腰から剣を引き抜くと、下段に構え、一気にクリスタルベアーとの距離を詰める。
「おい、ルーク!」
「シリカちゃんには傷はつけさせねえ……!! 俺に気付いていない今なら……!!」
ルークは剣を振り上げ、一気にクリスタルベアーの首を狙う。
クリスタルベアーの視線は完全にシリカを捉えている。
今なら――――しかし、その希望は一瞬にして奪われる。
クリスタルベアーの首はぐるんとルークの方へと向きを変えると、攻撃対象を一瞬にしてルークへと切り替える。
ルークとクリスタルベアーの目が、空中であう。
「まずい、引け少年!! そいつ、誘ってる!」
「空中で止まれるわけな――」
ザン――!
振り下ろされたクリスタルベアーの鋭い爪が、ルークの革鎧を貫通し、鮮血を飛び散らせる。
「ガハッ……!」
「ルーク君!!」
「ルーク……!」
くそ、だが奇しくも今がチャンス……!
「一瞬の間……見直したぞルーク。――――潰れろ、"魔王の重圧"」
瞬間、クリスタルベアーの頭上から押し付ける不可避の重圧。
クリスタルベアーは立つこともままならず片膝をつき、ついには地面に伏せる。
圧力に屈し、その体を無様に震わせる。
そしてとうとうその肉体に限界が訪れ、ブシャ! っと音を響かせ、クリスタルベアーは肉塊と化す。
辺りに飛び散る肉片と血が、緑の水晶を真っ赤に塗り替える。
その勢いで弾き出た三本の角が、俺の足元に転がる。
――それより。
「おいルーク、大丈夫か? 似合わないことしたな」
「はは……調子、のりすぎたっぽい……」
「大丈夫ルーク君!?」
シリカの腕に抱かれ、ルークは口から血を零し、虚ろな瞳でシリカを見上げる。
「ははは、最後がシリカちゃんの……腕の中ってのは悪く……ねえ」
ルークは力を振り絞り、歪な笑顔を浮かべる。
「最後な訳ないよ! 傷だってそんな……」
確かに重症ではあるが、即死という訳ではない。
恐らく咄嗟に身体を逸らし致命傷を避けたのだ。
こいつも腐っても勇者学院に入学できたエリートという訳か。
「――まったく。臆病の癖に勇気を出し過ぎだ。……だが、今回ばかりは良くやったと言うしかないな」
「へへ……女の子には、傷をつける訳にはいかねえから……な」
俺は、そっとルークのカバンに二本の角を入れる。
「これを持って待ってろ。すぐに残りの一本を持っていく」
「はは、待ってろったって……こんなところで待ってたらいい餌だぜ……」
確かに、まだ周りにはクリスタルベアーがうろついている。
クロエ達の戦いもまだ依然として続いている。
「安心してください」
と、不意に後ろから声が駆けられる。
「あなたは……」
「救護班です。負傷者はこちらで地上に戻します。残りの方々は探索を続けてください」
「負傷者が出ても探索優先か。さすが噂に名高い勇者学院様だな」
「それが私達のやり方ですので」
僅かな皮肉を意にも返さず、その女性は淡々と答える。
女性はルークを担ぎ上げる。
「いてて……今日は良く、女の子に……抱き抱えられるな……」
「下らないこと言ってると死にますよ。……では、また地上で」
そういって、女性は地上へと戻って行く。
遠ざかっていく背中を見つめながら、シリカが言う。
「大丈夫かなルーク君……」
「まあ、心配ないだろう。それほど深い傷ではない、放っておいても直る傷さ」
「深い傷じゃないって……傷には変わりないよ……」
おっと、実戦経験が少ない学生にはあれでも重傷か。
「……まあ何にせよルークは心配しなくても大丈夫だ。残り一本、いけるか?」
「うん。次はちゃんと注意するよ。ルーク君の傷は私のせいだし……ルーク君の分までがんばらないと……!」
「理解しているようで安心したぞ。あれはうかつだった、反省してくれ。……よし、とりあえずクロエ達と合流しよう。向こうもかなりピンチみたいだしな。その中で残りの角は回収すれば良い」
「そうだね、よし、じゃあ――」
と、不意に地面が僅かに振動し始める。
それは徐々に大きくなり、地面が不安定になっていく。
「な、何!?」
「次から次へと……騒がしいな」
その振動に、アカネが声を張り上げる。
「私の元を離れるな、二人とも!!」
刹那、俺達の足元は文字通り《《消える》》。
ぽっかりと地面に空いた穴。
完全に身体を宙に放り出された俺たちは、ダンジョンを真っ逆さまに落下していく。
「きゃあああああ!!」
ダンジョンの性質……とは違うな。
意図的に開けられた穴だ。
誰かが誘い込んでいる……?
「二人とも落ち着け!! 私に近づけ、着地する!!!」
アカネは刀を抜くと、構える。
地面はもうすぐそこだ。
このまま叩きつけられれば俺はなんとかなっても、シリカの即死は免れないだろう。
「行くぞ……"真朧流二式"……円!!」
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